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第8話 楓のあこがれの人

富谷浩史の妹、楓の職場は市役所の市民課である。


市民課の職員は住民票、印鑑証明書、戸籍の変更など一般市民の生活に密接な仕事をしており、いわば市役所の顔のような存在と呼べるだろう。


老若男女、さまざまな人間がひっきりなしにやってくる。

仕事自体は難しくないが、変わった人間もいるので、対応は注意を要する。

気を使う仕事といって良いだろう。


特に月曜日は忙しい。

どこかに提出するための印鑑証明や住民票を求めて、一斉に市民がやってくる。


今日も忙しかった。

午後、なんとか人波が落ち着いてやっと余裕が出てきた時間に、

内線電話がかかってきた。


(わっ、電話だ。

苦情電話が回ってきたら嫌だなあ。

最近、時々いるからなあ。)


「はい、市民課の富谷です。」


楓が電話とると、


きれいな女性の声が耳に入ってきた。


「観光商業振興課の佐藤です。

今、よろしいですか?」


(観光商業振興課? 佐藤さん? 誰?)


「はっ?はあ。」


「あ、ごめんなさい。佐藤って名前の職員いっぱいいますよね。

佐藤優亜と申します。

はじめまして。」


「えっ、あっ、あの佐藤さん?」


「ご存知ですよね。

すみません。突然内線でお電話してしまって。

仕事中なので、手短にいいます。

今週、夕方にお時間いただきたいんです。

ちょっとお話があって・・・

できれば、いっしょに食事でもと思うんですが、空いている日はありますか?」


「えっ?あ、あの・・・

水曜日ならノー残業デーなので、大丈夫・・・です。」



「よかった。うちの課と同じですね。

では、水曜日の6時に駅前の書店の前で待ち合わせしませんか?

行く店は決めておきます。私の携帯の電話番号を伝えておきますので、

書き留めてください。」


「は、はいっ。」


楓は優亜の電話番号をメモする。


そして、突然の電話連絡は終了した。


(憧れの、ゆ、優亜さんから、電話があった・・・。

びっくり!

でも、何故?

わかんないっ!

そ、そういえば、おにいちゃんが、知り合いになったようなこと言ってた。

今日帰ったら、聴いてみようっ。

いったい、何の用かなっ。

気になる。

でも、嬉しいっ。

二人きりでお食事なんて、嘘みたいっ。

周りの人には秘密にしておこっ。)


優亜は市民課のOGであるし、市役所の中で、有名人である。

誘いがあったことを周りの人に言いたい気持ちはあったが、

理由がまったくわからない。

誰にも言わないほうがいいと思った。


それにしても、いつか知り合いになりたいと思っていた人から、直接電話があると思わなかった。

ドキドキがとまらなくなった。

(水曜日はどんな服を着てこようかな。

メイクもきちんとしなくっちゃ。)

楓は、美人で有名な優亜に少しでも近づけるよう努力しなければいけないと、

身だしなみに関心が移っていった。


そして、その夜、10時過ぎに楓は、帰宅してきた浩史に声をかけた。


「先輩だけど、面識のない佐藤優亜さんから、今日突然内線電話があったの。

いっしょに食事をしたいって。おにいちゃん、なんか知ってるでしょう?」


(来たか。じゃあ、打ち合わせのとおりにいくか。)


「まあ、前に言ったとおり、ちょっと知り合いで、メルアドを交換したことがあるんだ。

妹がファンで話をしたいって言ってるとメールを送ったんだよ。

それで、動いてくれたんじゃないか?」


「ええっ、メルアドを知ってるってどういう関係?」


「まあ、たいした関係じゃないよ。

ちょっとした会合でメルアドを交換したくらいかなあ。

あとは、本人から聴いてくれ。」


「ええーっ。

怪しいなあ。

わかった、本人から聞く。」


楓は、すぐにでも教えてもらった優亜の電話番号に電話してみたかったが、

がまんした。やはり、ちゃんと会っていろいろ話をしてからじゃないと失礼だと思った。


そして、水曜日がやってきて、

ふたりは無事に待ち合わせの場所で落ち合い、優亜オススメの南欧料理の店で食事をした。

奥のボックス席にはいり、他の人には気づかれない席であった。


優亜は役所でいつもつけているマスクとメガネを外していた。

しかも久々に髪を下ろしている。

楓が憧れる美人姿であった。


楓が食事をしながら、その顔をまじまじ見つめるので、ちょっと優亜は恥ずかしかったが、

気づかないふりをした。


「こんな、お店があったんですね。知らなかった。

ここ素敵です。」


「前にウチの課で、歓送迎会をここでやったことあるんです。

雰囲気いいし、お料理も美味しいでしょう?

そういえば、好き嫌いとかありますか?」


「まったくありません。なんでも食べます。

ここの料理みたいに美味しければ、いくらでも入ります。

だから、そんなに細くはないんですよ。

9号サイズはオッケーなんですけど。」


「そういえば、私と身長とか体型とか大体同じですよね。」


「そうですか?優亜さんのほうが、全然スタイル良さそうっ。」


「そこは、着こなしのマジックだと思いますよ。私、けっこう肩幅とかあるし、ウエストもそんなに細くないんです。

でも、着こなしでなんとかごまかしているんですよ。

9号サイズはピッタリですけど。」


「そうそう、いろいろファッションのこと教えてください。

実は、私、優亜さんのファッションを真似しようとしてるんですけど、うまくいかなくて。

優亜さんの着てる服と同じブランドの服を探してたんですが、それもわからなくて。」


「そうなんですか?

私の服の趣味でよかったら教えます。

ちょっとうれしいなあ。

いろいろ教えますね。」


ふたりは、会ってあっという間に意気投合した。


食べ物の好き嫌いがないことがまず、ポイントだった。

また、服の趣味とかメイクの方法について、楓が優亜の信奉者だったので、そこも肝だった。

あと、優亜が新人の時に市民課であったこともあり、共通する話題もあった。

アルコールも飲みながら、あっという間に話は弾み時間が経過した。


ですます調であった優亜は、

くだけた口調に変えたくなり、

「楓さん、友だちみたいに喋っていいですか?」

と許しを請う。


「もちろんいいです。

むしろその方が嬉しい。

でも、私は後輩なので、

敬語を使わせてください。」


「うん、わかった。」

早速、

優亜は口調を変えた。




「あの、ところで、お兄ちゃん、いや兄とはどうして知り合いなんですか。

兄は、教えてくれないんです。

まさか、合コンじゃないですよね?」


「やっぱり、聴きたくなった?

うーん、

説明しなきゃね。」


優亜は、カバンから一冊の文庫本を取り出した。

優亜と浩史が大好きな、高校生たちの青春の葛藤と前向きに取り組む姿を描いた知る人ぞ知るアニメの原作である。


「ええっ、これ知ってます。兄が高校生の頃から夢中だった小説です。私も読めって言われたけど、

何となく面倒くさくて読まなかったのを覚えてます。」


「実は、私って、隠れオタクなの。このアニメと原作が好きで、東京で開催された

ファンのミーティングに参加しちゃったんだ。

楓さんのお兄さんも参加したんだよ。」


「もしかして、そこで、兄と知り合ったんですか?

うわーっ、意外!

優亜さんがアニメ好きなんて!

それにしても、

よく、兄とメルアド交換しましたよね。」


「そこでは、メルアドは交換しなかったんだけど、帰りに駅で一緒になったの。

その時に、なんとなく交換したんだ。

アニメのことで盛り上がっちゃって。」


「そ、そうなんですか。趣味のつながり・・・だったんですね。

あ、ところで肝心なこと聴かなきゃ。

優亜さんは彼氏いるんですか?

地元にいるって聞きましたけど。」


「ははっ、その話知ってるんだね。

それは、まだ教えられない。

いろいろ事情があるから。

そのうち、仲良くなってしばらくたったら、少しづつ教えてあげてもいいかな。」


「そうですか。

もし、優亜さんに彼氏がいなければ、兄なんてどうかなって思ったんですけど。」


「お兄さんおもいなんだね。

ちょっと、いろんな事情があって、それは無理かな。

ごめんなさい。」


「いえ、こちらこそすみません。

初めて会ったばかりなのに、ずうずうしくいろいろ聴いちゃって。


私のことを話すと、私は彼氏いるんです。結婚も決めてるんです。ただし、働きはじめたばかりだから、

実際の入籍と同居は3年くらいあとにしようって話をしてます。」


「そうなの!それはおめでとう。

いろいろ楽しみね。」


「ありがとうございます。

それで、兄に相手がいないことが気になってるんです。

いい人がいたら紹介してください。」


「ふふっ。お兄さんなら、素敵な人だから大丈夫だと思うよ。

まあ、いい人がいたら気にかけとく。」


「はい、お願いします。」


「ところで、私が着る服が大好きだって言ってたよね。

私のアパートすぐ近くなんだけど、寄ってみる?」


「ええっ、いいんですか?

行きますっ。

ぜひ、見せてください。」


「着なくなった服もあるから、あげてもいいし。」


話をしながら、優亜は、浩史との関係についてうまくごまかしたことに安堵した。

本当のことは言えないから、苦しい言い訳だったのだが、なんとか通用したようだ。

オタクであることについても、楓がそれほど嫌がっていないことがわかり、

これなら、仲良くできると確信した。





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