第16話 今度は優亜を問い詰める楓
さて、浩史と優亜が飲みに行ってから、1週間たった土曜日の午後である。
浩史が買い物で出かけたのを見計らって、楓は、自宅から優亜に電話した。
メールで、優亜も自宅でくつろいでいることを確認していたので、ゆっくり話せると
考えた上での行動だった。
「優亜さん、折り入って話があります。」
「ええっ。何?」
「私、どうしても、優亜さんにお兄ちゃんのお嫁さんになってほしいんです。
でも、お兄ちゃんは、優亜さんとは友達以上になれない事情があるっていうだけで、
それ以上のことは教えてくれないし、
優亜さんも、今は誰とも恋愛する気はないなんて言うし、
私、訳がわかんなくて。
だって、どう見ても、二人はお似合いだし、相性もいいし、
絶対付き合ったほうがいいと思います。
今日は、徹底的に電話でその話をしようと思って。
私納得いくまで、電話切りません。」
「ええっ!!(うわーっ、やっぱりきたーっ。)」
「優亜さんを責めるつもりはないんです。
でも、優亜さんが、私を納得できる理由を言ってくれないと、
私、落ち着かないんです。
まず、お聞きしたいのは、お兄ちゃんだけではなく、誰とも結婚したくないというか、
付き合いたくないってことです。
本当ですか?
恋愛したくないんですか?」
「うーん、やっぱりそこ聞くの?
今はその気持ちがないっていうんじゃ・・・納得しない?」
「ええっ。
優亜さんって、レズビアンとかじゃないでしょ?
男が気持ち悪いって人には見えません。
ふつうに恋愛できそうだもん。」
「確かに。
私、レズじゃないよ。男の人が好き。
セックスだって、相手は男性じゃないとダメ。」
「でしょう?。
となると、何なんですか?」
「ううっ・・・私、不治の病があるんだ。
誰にも言いたくない病気なの。
(性同一性障害だって、病気だもん。
うそじゃない。)」
「ええっ、不治の病って?
何の病気を抱えているんですか?
優亜さん、健康に見えますよ。
うーん、プライベートなことを聴くのは失礼だけど、
納得の行く範囲で教えて下さい。」
「そうね・・・・
ちょっと考えさせてくれる?
今日の夜、電話するから。
浩史や家族には聴こえないところで話をしてほしいの。」
「わかりました。待ってます。」
電話を切った優亜は、楓に本当のことを言うべきかどうか一週間前と同じように悩んだ。
一週間前に真実を教えるのは止むをえないと
思ったのだが、簡単には割り切れなかった。
でも、あいまいな表現やごまかしでは楓は納得しないだろう。
楓が信用できる人間ならば言うべきではないか。
彼女は本当に真剣に兄と優亜のことを考えてくれている。
真剣な気持ちには真剣な答えで答えるべきではないか?
そこまで考えて、急激な睡魔に襲われた、優亜はまだ昼間だというのに寝てしまった。
そして、夜。目覚めた優亜は考えがまとまっていた。
楓には本当のことを言うことにした。
しかし、楓に教えたことは浩史を始め、家族にも誰にも言わないことを約束させようと思った。
もし、楓が不特定多数に話した場合は自己責任で、その時は仕方がないと考えることにした。
そして、話す前に楓に、優亜のことを嫌いになる可能性があると説明し、
その上で聴く気持ちがあるか確認することにした。
さらに、なるべく直接的な表現を使わないようにしようと考えた。
元男性とか、性転換ということばはなるべく使いたくなかった。
悟ってもらいたかった。
覚悟した優亜は、夜9時頃、楓のスマホに電話する。
楓はすぐ電話にでた。
「優亜さん?
お待ちしてました♫
兄は飲み会に行ってるし、両親はリビングでテレビ見てます。
私は2階の自分の部屋なので、誰にも聞かれません。
教えてください。」
「うん、わかった。
直接的なことをあまり言いたくないな。
私の事情をヒントで説明する。
それで、理解してほしい。
それから、
私から教えられて知ったことは誰にも話さないで欲しい。
浩史にも言わないで。」
「はい、わかりました。
でも、
お兄ちゃんは知っているんでしょう?」
「そうなんだけど、浩史は
私の事情を誰にも言わないほうがいいと
思っているから…」
「そうなんですか…
わかりました。」
「それから、私の事情を知ると
私の事嫌いになっちゃうかも・・・
そのへん覚悟してね。」
「えっ?
そんなことにはなりません。
どんな事情があっても、私が優亜さんに
憧れる気持ちは変わらない……と
思います。」
「そう………かな?
うーん、どうなるかわからないけど
私も覚悟を決める。
じゃあ、まず、浩史・・・お兄さんの部屋に入ってほしいんだけど…
入れる?」
「えっ?
お兄ちゃんの部屋にヒントがあるんですか?
私は、お兄ちゃんの部屋にはマンガ借りる為に、よく無断で入っちゃいますけど、
何をするんですか?」
「高校の卒業アルバムをみてほしいの。」
「卒アル?
愛知県出身の優亜さんと兄と私が通った高校に接点があるんですか?」
「とにかく、見てほしいの。」
「はい。」
楓は浩史の部屋に入り、浩氏の高校卒業アルバムを本棚で見つけた。
「優亜さん、見つけました。」
「そしたらね。3年1組のところを広げて。」
「はい、・・・・・・見つけました。」
「そこに写っている写真を見て、気がついたことない。」
「うーん、あ、お兄ちゃんがいた。
懐かしいなあ。
こんな感じだった。
お兄ちゃん、この時、結構モテたんだけど、好みじゃないって、
言い寄ってくる女の子はみんな拒否してたなあ。
うーん、あ、佐藤?佐藤裕太?
優亜さんに似ている名前の男の子、発見。
可愛いっ!
あっ、もしかして、この子、優亜さんの親戚?
兄弟?双子の一人?
ほかには・・・
うーん、わからないなあ〜。
もしかして、兄が、今でも好きな女の子がこの中にいたりして・・・」
しばらく考える様子の楓だったが、兄の浩史と違って、卒業アルバムからは
何も想像ができない様子であった。
「優亜さん、わかりません。」
「うーん、そうかあ。
わかった。じゃあ、アルバムは元に戻して自分の部屋に戻ってくれる?」
「はいっ。」
優亜はいよいよ直接的な説明をしなければいけないかなあと思い始めた。
「優亜さん、部屋に戻りました。」
「では、本当は私の口からは言いたくなかったんだんだけど、
カミングアウトする。
楓ちゃん、これから私の話を聴いて、私のこと嫌いになっちゃうかもしれないけど、
もう話すことにした。
実はね・・・私・・・GIDなの・・・」
「えっ?・・・G・・・I・・・D?」
「わからないの?」
「はい。」
「では、今すぐそこでパソコンで調べてみて。」
楓は自分のパソコンで検索し、そのことばを知る。
「性別違和?性同一性障害?
えっ、優亜さんって、体は女性なのに、心は男性なんですか?
うそっ?信じられない。体も心も女性にしかみえないですよ。
男になりたいんですか?
だから恋愛も結婚もしないんですか?
そんなのだめです。」
優亜は頭を抱えた。
うれしい誤解だが、楓の頭のなかに、優亜が男性であったという発想はまったくないようであった。
「うーん、だいぶ誤解があるようね。
もうはっきり言う。
さっき、浩史の卒業アルバムで、佐藤っていう男の子いたでしょ?
あれが、私なの。」
「えっ、優亜さんって、女の子なのに、男性として高校通ってたってことなんですか?
男のふりしてすごしていたの?」
「そうじゃなくて、うーん、まいった。
わかった・・・
具体的に言うね。
私、高校卒業までは男性だった。その後医療手術とホルモン投与で女性に性転換したの。
それからはずっと7年以上女性として過ごしている。
戸籍は20歳のときに、家庭裁判所に申請して、女性に変えた。
だから、肉体的にも法律的にも女性なんだけど、生まれたときの性別は男なの。
つまり、子供は産めないし、ホルモンを投与しつづけないと、体がおかしくなるし、
ふつうの女性とはちがうの。
浩史はこのことを知ってる。
あ、私、高校のときは、K市に住んでいて、浩の同級生だったんだ。」
優亜は一気にまくし立てた。
「えっ、優亜さん、何を言ってるの?
そんなSFみたいな話信じられません。
あまりにも・・・
話がすごすぎて、ついていけない。
物語をつくっているんですか?」
「えっとね、詳しく話すね。」
優亜は、こうしたことについて素人である楓に、一から十まで教えていった。
GIDがいかなるものか。
自分が子供のときから、どのような精神状態で過ごしたか?
大学から女性として生活を始め、女性として就職活動をして、女性として
今の市役所に就職を決め、
自分の過去をいかに語らないで過ごしてきたかを細かく教えた。
「子供が産めない。ホルモンの継続的供給だけじゃないの。
ダイレーションという訓練、生理がないから意識的な生理日の設定。
その他、いろいろ生きていくためにいろいろなハードルがある。
いっぱんに聴いて、わけわかんないかもしれないけれど、
そういう難しい存在なの。私。
だから、楓ちゃんが思っているような行動はとれないんだ。」
「えっ、えっ、私、頭混乱してきた。
なんて言っていいかわからない。」
「じゃあ、ゆっくり私の聴いたことを頭のなかで分析してみてね。
電話はこのへんでやめましょう。
もし、もっと聴きたいことがあったら、電話してね。じゃあ・・・」
優亜は電話を切った。
「これで、終わりかな。もう二度と楓ちゃんと話さないかもしれない・・・
でも、彼女には本当のことを話さざるを得なかった・・・」
そして・・・楓の方は、呆然としていた。
「優亜さんが、元男・・・えっ、そんなわけないっ。
でも、説明が具体的だった。えっえっえっ?私、どうすればいいの。
頭のなかが整理できない。」
楓は、しばらく動くことができなかった。