第15話 もしかして好き?あいまいに答える兄
浩史が自宅に帰ってきたのは11時ごろだった。
まだ起きていた妹の楓は、不思議そうに声をかけた。
「お兄ちゃん、一度帰ってきて、また出かけたの?
朝、確か車で出かけたのに、私が午後出かけている間に、車が置いてあったっから、
あれっ?と思ってたんだよ。
どうしたの?」
「ああっ。一度帰って、夕方から飲みに行ったんだ。」
「変なの。
車で出かけてドライブするのかと思った。
で、有坂さんと飲みに行ったの?」
「違う。有坂は・・・
楓の言う通り、見かけと違った女だったよ。
男がいた!
映画を見たあと、彼氏らしい男が出てきて、文句を言われ、その場で別れた。
ちょっと、ショックだった。
彼氏がいるなんて、まったく思っていなかったんだから。
まあ、有坂とは付き合っていたわけじゃなくて、単に一緒に映画を見に行っただけだから、
出てきた男には堂々とすることはできた。
だから、
トラブルにはならなかったけど、もし、本格的に付き合っちゃってたら、
危なかった。
交際を申し込んで、オッケーとかもらっていたら、
ちょっと関係が進んじゃっていた可能性あったしな。
女って、怖いな。
あんなに真面目でおとなしそうなタイプの女の子なのに、
でてきた男はちょっと悪そうな強面タイプだった。
ああいう男がいるなら、俺に思わせぶりなことしないでほしかった。
まったく、彼氏なんていませんみたいな顔で、俺を誘惑する感じだったからな。
確かに俺の方も、彼氏がいるか?って質問はしてなかったんだよなー。
危ない危ない。
ちょっと女性不信になりそうだよ。」
「ええっ?
やっぱり!
あの人、高校時代の評判通りの人だったんだ。
複数の男子に手を出すくせ、未だにあるんだ。
お兄ちゃん、私がもっと調べていたら、嫌な気分にならなくて済んだのに。
ごめんね。」
「いやいや、これはしょうがないよ。
楓が責任を感じる話じゃない。
部活の同期のヤツも知らないことだと思うし。
普通の男だったら、気がつかないよ。」
「そっかなー。
で、誰と飲んでいたの?
高校時代のお友達?
嫌なことあったから、男同士でやけ酒でも飲んだの?
女性って信用ならないって話で盛り上がったの。」
「えっ!まあ、ちょっと・・・」
「怪しいっ?
変なお店とか行ったんじゃないの?
エッチなお店とか。
ダメだよ、そんな店に行っちゃ!」
「違うよ。実は・・・
優亜を呼び出して、飲んでた。
楓のいうとおり、やけ酒に付き合ってもらってた。」
「ええっ。優亜さんを呼び出したの?
女の人と会った直後に?
普通は男友達を呼び出すんじゃないの?
お兄ちゃんったら、何考えてるの!
優亜さん、いい迷惑だよ。
優亜さん、家に帰るの大変じゃない。」
(うっ、まさか、近くのビジネスホテルに泊まっているなんて言えないな。
それに、男友達と言っても、間違いないんだけど。
それも言えない。)
「うーん、そうかもしれないけど。
連絡ついたから。
それに、
趣味の話で盛り上がったんだぜ。
うん、有坂との話はちょっとだけしたけど、
話のほとんどは実は・・・
ラグビーの話だ。
こK市はラグビー場もあって、ラグビーの町だろう?
ラグビーをそのうち見に行こうって話が始まって、
そのあとは、大学ラグビーや社会人ラグビー、ワールドカップの
話になって、
優亜がわからないっていうルールの話とかして・・・
向こうも盛り上がっていたから、いいんだよ。」
「もう、お兄ちゃんったら!
女心わからないんだから。
いきなり、K市に呼び出されて来るなんて、優亜さん、人が良すぎる。
あーあ、優亜さんが、来てるのなら、私も行きたかった。」
「ああ、そうだな。一度帰ったときには、お前いなかったし・・・」
「でも・・・それにしても、お兄ちゃん。
優亜さんとは仲良いよね。
やっぱり、もしかして、優亜さんのこと好きなんじゃないの?
嫌なことがあって、すぐ会いたくなるなんて、
特別な感情がないとありえないよ。
もし、優亜さんのこと好きなら、男らしくアタックしてよ。
イライラしちゃう。
優亜さん、彼氏いないっていってたよ。
絶対お勧めの素敵な女性なんだから。ここで決心したら?
優亜さんは・・・、
確かに、誰とも付き合う気持ちはないなんて言ってたけど、
優亜さんと仲がいい男子って、たぶんお兄ちゃんだけだと思う。
絶対チャンスだと思う!
頑張ってよ!
私、応援するから。
私、優亜さん大好きだから、お兄ちゃんが優亜さんと結婚して、妹になれたら、最高。
私の気持ちも組み入れて。」
「ははっ。
ちょっと、その、楓にはわからないよな。
俺と優亜の友情ってやつを。恋愛関係にはならないんだ。二人は。
結婚も絶対にない。
それは、お互いにわかっている。
詳しい事情については、
まあ、そのうち話すよ。今は話せない。
おやすみ。
おれ、風呂に入る。」
強引に、話を切って、楓から逃げる浩史だった。
(もおおっ。お兄ちゃんって、やっぱりヘタレ。
でも、わざわざ、電車にのって、K市まで来てくれる優亜さんって、
お兄ちゃんに親切にしすぎ。
優亜さんの気持ちも謎だ。
優亜さんも、お兄ちゃんのこと好きなんじゃないのかなあ。
いろいろ確かめてみなきゃ。)
楓は、二人が両思いなんじゃないかという仮説に至った。
(でも、それなら、二人の仲は進展しないのだろう?
二人とも、同い年だし、趣味は合う。
性格だって、考え方だって、けっこういい感じで理解しあってそう。
不思議。
さっきの友情ってことばは何?
なんかあるっ。
それを確かめなきゃ。
なんか秘密がありそう。
両思いだけど、大きな障害があるんだ。
もしかしたら、優亜さんの家庭事情?
親から、結婚相手を決められてるとか?
結婚しないで、将来愛知に帰って、親を介護しなければいけないとか?
うーん、どうなんだろう。
もしかしたら、優亜さん、秘密の病気を抱えているとか?
うーん、考えれば、いろいろ出てくるなあ。
今度は、優亜さんにいろいろ聴いてみよっ。
今日は遅いし、後日聴くかな。)
楓のお節介趣味に火がついた。
さて、そのころ、優亜は宿泊先のホテルでくしゃみをしていた。
「さては、楓ちゃんだなあ。
私のこと話したんだ。
たぶん、浩史が私と飲みにいったこと話しちゃったんだろうなあ。
私が、K市に泊まっていることは話さないだろうけど。
そのあと、楓ちゃんは浩史に、
私にアタックしなさいみたいなことを話しているんじゃないかなあ。
こりゃ、また、楓ちゃんに追求されるかも。
まいったなあ。
浩史はたぶん煙にまいているだろうから、私にまた質問来るなあ。」
優亜は浩史と楓の性格をわかってしまっているので、
ほぼ正確に二人の会話を想像することができた。
優亜の独り言はつづく。
ホテルのシングルルームでテレビもつけており、気兼ねなく、独り言で、
考えを巡らせることができた。
「楓ちゃんもいい子だからなあ。
あまり、一生懸命だったら、私の正体を明かすことも考えなきゃ。
同じ職場だし、彼女に正体を明かすというのはリスク高いんだけど、それでも
彼女だからこそ、真実を伝えたいような気もする。
私のこと本当に慕っているから、真実を伝えるべきよね。
彼女の私に対する憧れが変わってしまっても
それはそれで仕方がない。
もしかしたら、軽蔑されるというか、嫌われちゃう可能性もあるかな。
うそつきって言われるかも。
とにかく、私の正体を明かせば、浩史と結婚してほしいって言わなくなるのは
間違いないと思う。
ちょっと寂しい感じもするけど。
どういうタイミングでカミングアウトするかも難しいなあ。
ああ、考えるの面倒になってきた。
何で、結婚しようとしないんですか?って質問されたら、さっさと、
私は元男性だからって言っちゃおうかなあ。
ううっ。やっぱりその答え方は嫌だなあ。
そうだ、最初に、浩史にヒントを与えたのと同じ方法で、本人に考えさせて、
気がついてもらうのがいいかな。
それが、スマートかも。
でも、いずれにしろ、正体がばれたら、彼女との付き合いはおしまいかもしれない。
可愛い妹分みたいな友達だったから、残念だけど。
仲がよくなりすぎると、こういう風になっちゃうのかもね。
なるようにしかならないか?
楓ちゃん、浩史のことを真剣に考えているから、私がお嫁さんになれない理由は
きちんとしないといけない時期かも。
ちょっとつらい・・・。」
いつの間にか、優亜は涙を流していた。




