第10話 声優イベントのあと
楓が優亜のところにお泊まりして
しばらくたった。
「乾杯!」
優亜と浩史は、優亜が一緒に行きたがっていた声優のアニメイベントに参加し、
イベントで知り合ったカップルのアニメファンと仲良くなり、東京の居酒屋で祝杯をあげていた。
イベントに出演した声優は若い女性声優主体であり、
女性ファンはいないかもしれないと二人は思っていたのだが、彼氏に連れてこられて来た
女性や女性だけで来たファンもいて、
意外にも優亜は過ごしやすかった。
優亜は、開放感からか、偶然近くにいたアニメファンカップルになんとなく声をかける。
そのカップルは20才台半ばで、同世代だった。
話が合い、すぐに意気投合。
浩史も話に入り、ちょっとした仲良し四人組となった。
イベント終了後、そのカップルに
「一緒に打ち上げをしませんか?
せっかく趣味が一緒なんだから、盛り上がりましょう!」と誘われ、
居酒屋のボックス席に座ることになった。
優亜の前に座った小坂雅という女性は
「私、声優のライブって初めてなんです。アニメは確かに好きなんですけど、女性がいなかったらどうしようって思ってました。
そしたら、女の子もけっこういたし、優亜さんみたいな人にも会えたし、ラッキーです。」
と嬉しそうに話す。
本日の優亜はいつもの美人スタイルではない。
髪は役所で働く時のように束ねていた。
大きなセル縁のメガネをかけ、キャップをかぶり、可愛さを抑えたデザインのキュロットを履き、
イメージはいつもと違う。
ちょっと子供っぽい印象だ。
待ち合わせ場所で、浩史が、ちょっと驚いたくらいだった。
アニメイベントの会場には、フェミニンなファッションはやめたほうがいいと考えた
末の服装だった。
結果的には正解だった。
ライブの時は総立ちで、観客も動くことになる。
動きやすい服装でいることに越したことはなかった。
そんあ優亜だったが、雅は、優亜が美人であることを見抜いた。
そして、こんな美人とは仲良くなっておいたほうが絶対楽しい。しかも
同じオタクだなんて最高!と考えた。
「優亜さん、電話番号とアドレス早速交換しましょう。」
「うん、雅さん。いいですよ。アニメと声優の話ができる女の子の友達欲しかったから、
嬉しい。」
「やっぱりそうですか?やったー!」
一方男性陣のほうも、話が弾む。
カップルの男性の方である片桐達人が、叫ぶ。
「ええっ、まじですか?
富谷さんも優亜さんもあの名作ライトノベルの
“間違いだらけの青春はけっこう楽しいっ“、略称『まちがせっ』が好きなんですか?
そりゃ、うれしいなあっ。
実は・・・」
達人は雅の方を向いて、
「彼女も、大好きなんです。
最初教えようとして嫌がってたんだけど、強引にアニメのDVDを貸したらはまっちゃったんです。
そのうち、原作なんて、俺より詳しくなって・・・。
二人で、アニメの舞台になった場所、つまり聖地を巡ったりしたなあ。
一緒にいる時間が増えて、付き合うようになって、
先日ついに、婚約しちゃいました。」
「えっ?
そ、そうなんだ!
それはおめでとうございます!
趣味が一緒で、結婚するなんてすごいっ。
しかも“まちがせっ“が縁なんて!
(俺と優亜も『まちがせっ!』の作者 志村たつや先生の新作がきっかけで出会っているけど、
同じようなことがあるんだなあ。」
浩史の祝福の声はさすがに、優亜との話に夢中になっていた雅の耳に入った。
「達人、話したの?私たちの結婚のこと?」
「うん、言っちゃった。だって、富谷さんも優亜さんも“まちがせっ“が
好きなんだって。
もううれしくってさ。」
「そうなの?
すごい偶然っ!
優亜さんもなんだ!
優亜さん、原作も読んでる?」
「えっ、全巻持ってるし、コミック化されたのも持ってます。
テレビアニメのブルーレイは買っちゃったし、
あと、映画も劇場に見に行っちゃいました。
えっ、それより、お二人、結婚するんですか?」
優亜は二人が自分たちと同じように“間違いだらけの青春はけっこう楽しいっ“のファンであることに驚くとともに、婚約していることにも、驚きを通り越し、呆然としてしまった。
もう、雅は大喜びだった。
「まさか女性で”まちがせっ“が好きな人がいるなんて思わなかった。
青春モノだけでど、若い男性向けのラノベだもん。
今日は本当にラッキー!
優亜さん、また乾杯しようっ。」
雅は優亜と強引に乾杯をした。そして、
「そうだ、二人とも、私たちの結婚式に来てくれる?
たぶん、1年後か2年後になっちゃうけど。
同じアニメのファンなんだから、今日から二人とも親友だよ。
ねっ、約束だよ。
住所はあとで、教えてね。
それで、二人も付き合ってるんでしょ?」
浩史も優亜も困ってしまった。
「いや、その友達なんだけど。付き合っているって感じじゃないと思うけど。」
浩史が歯切れ悪く答える。
そこに突っ込む達人だった。
「照れちゃってるね富谷さん!
友達って言ったって、二人の仲のよさは、出会った時からすごく伝わってきたよ。
すごい信頼し合ってるって感じがした。
確かに、男と女としてはこれからかもしれないけど、
いいカップルになると思う。
俺は応援する。」
「うん、私も応援したい。
二人に私たちみたいになってほしいと強制はできないけど、
素敵なカップルだと思う。
それに私たちと同じ趣味だし、ぜひ、同じような道を辿ってほしいなあ。」
浩史と優亜は、
「はあ・・・」と答えるしかなかった。
二人だけの秘密はとても言うわけにはいかず、自分たちと同じように恋を成就させてほしいみたいな
誘いを、がまんしながら聴くしかなかった。
はっきり否定をすることはできなかった。
とにかく、同じアニメのファンということもあり、そのあとも話は盛り上がった。
居酒屋で3時間ほど飲み、かなり酔っぱらったところで解散することになった。
「結婚式に二人とも来てね。
その時に、二人がいい感じになっていること願ってる。」
雅は別れ際に優亜に囁いてきた。
「えっ、なるようになるとは思うけど・・・」
「ふふふっ。なるほど。
でも、優亜さん、私は二人が幸せになるって、信じてるよ。」
「あ、ありがとう。(私は結婚しませんなんてここでは言えないよ。)」
そして、4人は結婚式のときと言わず、たまには集まって“まちがせっ"の話を肴に飲もうという約束をして、二手に分かれた。連絡先はばっちり交換した。
優亜と浩史は予約していた近くのビジネスホテルに入った。
東京でゆっくりするために、日帰りではなく、一泊の旅行にしていた。
もちろん、同じ部屋には宿泊しない。
シングルの別の部屋だ。
チェックインのあと、二人は部屋にはいってそれぞれくつろぐ。
優亜はシャワーを浴びてくつろぎながら、雅のことばを噛みしめる。
(そりゃ、事情を知らない人からみたら、私と浩史はお似合いかもしれないけど・・・
私は、浩史のお嫁さんにはなれない。
本物の女性ではないんだもん。
あんまり、浩史と仲良くしたらまずいかなあ。
でも、趣味が一緒だから楽しいし・・・
あー、とりあえず浩史に彼女ができるまではいいよね。
こうやって一緒に遊んでも・・・)
一方、浩史のほうは、
シャワーのあと、ビールを飲みながら、横になって考えていた。
(“まちがせっ“が縁で結婚か!
俺たちにも当てはまりそうで、当てはまらない。
ああ、優亜が本物の女性だったらなあ〜。
いや、手術してるし、戸籍も女性なんだから、本物といえば本物なんだけど。
うーん、結婚はできないか。
いい女なんだけどなあ。
これから、優亜の部屋に言って、抱きしめて、キスしたいって思っちゃうけど。
そんなこと考えるってだめなのかな?
そういえば、優亜は男性経験あるのかな?
機能的にはセックスできるよな。
社会人になってからは男と付き合っていないみたいだけど、
大学の時とかはどうだったんだろう。
彼氏とかいたのかな?
それにしても、結婚は別として、キスしたり、セックスしたりするのはいいんじゃないか?
セフレになってもらうっていうのはどうだ?
いや、だめだだめだ!
優亜の人格を軽視するようなことを考えちゃ。
やっぱ、俺、ちゃんと恋人つくらないとだめかなあ。)
そして、同じ頃、優亜も寝ながらちょっとエッチなことを考えていた。
(結婚はできないけど、浩史だったら、体を許してもいいなあ。
キスしてもらって、ゆっくりセックスするってちょっといいかも。
私って男性経験ないし。ちょっとやってみたい。
気持ちいいんだろうなあ。
私、男性に正体ばれるのが嫌だったから、付き合った男性にはキスまでしか許さなかったもん。
本物の女性とは違うって言われるのが怖かったから。
一回くらい、男性とセックスしてみたいなあ。
でも、その1回でいろいろドロドロが始まったら厄介だしなあ。
やっぱ、友達ってことで我慢するかなあ。)
いろいろ考えながら、二人は眠りに落ちていった。