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May Day

作者: 和心

それは些細であり、それでも忘れられない夏休みの記憶。



「夏休みに無人島へ行こう」


唐突にそう切り出したのは学校の友人である蓮だった。

「…ごめん。何言ってるか分からない」

そう応えるのは私、瑞希である。

「夏休みは色んなイベントでいっぱいなんだ。よしてくれ」

私の後に続いたのは私の妹である要。因みに要の言うイベントというのはゲームの中の話である。


今、私達のいる場所は学校からの帰り道。 家の近くのバス停から家に帰る途中である。

「…それで、どうしたの?いきなり…」

「あ、いや。叔父さんが一つ小さい島を持っててさ。それでどうかなって」

叔父さんすごいし。

「お金持ち?まさかの富豪さんで?」

当然のような質問をする。

「家内にずっと受け継がれてる島らしくって。で、どう?行く?」

悪くは無い話だ。

「…じゃあ一緒に行かせて貰おうかな。折角だし」

「か、かなめは行かな…」

「要も連れてくよ」

「…そんなっ!」

要の行かない宣言を断ち切る。夏休み中ずっと家に居るのも体に良くないだろう。だから無理やりにでも連れて行かなければいけない。

「あ、あと他に誰か誘うの?」

「あーうん。心音と風美も誘うつもりだよ」

「いつものメンバーね」

私達5人はいつも一緒にいる。言うなれば、親友のようなものだ。

「ん、じゃ私と要は行くってことで」

「分かった」

「じゃ家こっちだから」

「また明日ー」

こんなやり取りがあったのが6月中旬。



「あーもう!何でこうなっちゃうの!」


そしてこんなことになっているのは8月上旬。

無人島に遭難していた。

「いつもこのメンバーで出かけるとどうして大問題に…」

「か、かなめは悪くないね!!」

「要が一番の問題児だよ!?」

「え!?」

「心外そうな顔をするな!」

やれやれと頭を振る。


こんな事になったのはほんの数時間前に遡る。


数時間前、私たちは無事に無人島へ着いていた。

「…やっと着いた…」

船酔いに耐えていた私は島に着いた喜びなど感じる余裕は無かった。また、船で連れてきてくれた蓮の叔父さんにお礼を言う余裕もなかった。

「…ち、ちょっと…吐いてくる…」

「あまり遠くに行くなよ」

そう心音が注意してくれたのが聞こえたが、それどころでは無かった。


しばらくして戻ってくると、叔父さんは既に帰っていったようだった。

「おかえり。大丈夫か?」

「…うん。大丈夫…で、ねぇ、叔父さん何か言ってた?」

「無線渡してくれて、帰りたくなったらいつでも呼んでくれってよ」

「かっこいいし。あと何で叔父さん無線持ってるの?」

「さぁ…?蓮に聞いてみたらいいんじゃね?」

島と無線を持っている叔父さん。常人じゃない…

「…それで、その無線は?」

「あぁ、それなら」

心音は私の後ろにある海の方向を指して、


「要が持ってるぞ」


と。それを聞いた。その瞬間。

私はサッと後ろを向き全力で走り出す。

要は超重度のトラブルメーカーだ。そんな要が無線を持ち、しかも海の近くにいる。

それだけで嫌な予感しかしなかった。


「要!そこを動かないで!」

「ふぇ!?ちょ!かなめ何かした!?」


私に鬼気迫る表情で追いかけられ急いで逃げ出す要。

そして要は。砂に足を取られ。そのまま。

「うわぁ!」

盛大に転んで無線は海水に水没。


そして今に至る。

「要の所為でなかったら誰の所為なの…」

「かなめを鬼の形相で追いかけてきたバカのせいだよ!」

「だって、トラブルメーカーでしょ!?要ってさ!」

一触即発の状況で睨み合う私と要。

「……喧嘩はダメ。…落ち着こう…」

その状況を制したのは風美だった。

「…分かった。余分に体力使っても早死にするだけかもしれないし…」

「……分かればいい…」

そう言って、風美はこくんと頷く。

「…というか…風美が喧嘩を止めるなんて珍しいね。普段中立の立場で凛としてるのに」

「……死にたくないし…死んで欲しくない…から…」

優しいねと言葉を紡ごうとしたが、

「……非常食として…」

そう聞こえたため、やめておいた。

そして、意地でも死ぬもんかと再度思った。


「…さて、第1回無人島からどうやって脱出するか話し合うの会!何でも意見を言ってください!」


とりあえず話し合いを行う事にした。

「しばらく待ってれば叔父さん、来てくれるとかなめは思う」

「ごめん。僕の叔父さんマイペースですぐ忘れちゃうんだよね…」

要の顔が白くなった。

「はい、他にある人!」

「……ビン…紙入れて海に流す…」

「ごめん。独断で却下ね」

「……ひどい…」

何故それで助かれると思えたのだろうか。

「……非常食が…あるから…」

「はい!次!ある人!」

そんな風美の声を遮る。そんなことは絶対させない。

結局その日、まともな意見が出る事は無かった。


「人生初の野宿がこんな形になるとは思ってなかった…」

「というかかなめ、野宿を経験したくないんだけど…」

それはごもっともな言葉だけど…

「とりあえず寝たらダメだからな」

「心音、その知識は間違ってる」

普通、こういう時こそ寝なければいけないと思うが…

「心音は寂しいんだよ。そっとしておいてあげよう?」

「…おい」

「分かった」

「おい!?」

少し皆のテンションが嫌な上がり方をしてる気がする。

寝なければヤバイ。そう本能が告げていた。

「よ、よし!寝よう!ここに寝袋あるし!」

そう言って寝袋を人数分カバンから出す。

「…仕方ない。寝るしかないか」

「それが一番だよ」

気がつけば、要と風美は既に寝ていた。

「でも寝袋は要らないぞ…暑いし…」

「だ、だよね…」

そう言って出しかけた寝袋をしまう。

「じゃあ、おやすみ」

「おやすみー」

「おう、おやすみ」

そうして私たち5人は1日目を終えたのだった。


さて、2日目。

「今日は…食料調達ね。食べ物が無いと始まらない」

「…一応少しはあるけどな」

少しも本当に少し。昨日食べたため残りは夕飯一食分しかない。これは確実にすぐ尽きる。

尽きたときのために食料調達源を見つけなければいけない。

どのように食料を確保するか悩んでいると風美がさっと何かを取り出して言った。

「……釣り竿あるよ…?…ルアーも…」

「グッジョブ!風美!」

釣り竿一本あるだけでだいぶ状況が変わる。

「釣りはできる?」

「……もちのろん…」

「今日のMVPは風美!」

ここまで完璧な娘だっけ?風美って。そう思えるほどの用意の周到さだった。

これで私達が非常食にならなくて済む。そう安心することもできた。

「じゃあ私と心音、要で島の中心の方を調べに行こうか」

「嫌だ!かなめは行きたくない!」

「拒否権はない!じゃ、心音。行くよ」

「嫌だぁ!心音!その手を離せ!」

「ごめんな要。こいつに逆らうと後々面倒だからな」

服の襟を掴まれ、ぐいと持ち上げられている要には抵抗する余地もなく。

「ギャー!!」

という叫び声だけが虚しく響くのだった。


「かなめ、もう帰りたい…せめて海岸まで…」

「ほら、いつまでもぐちぐち言わない。食べられそうな物を探す!」

ここまで要がぐちぐち言うのにも訳がある。島の中心の方は森のようになっている。そして明らかに何か虫などがいる雰囲気である。

要は虫がこの世で一番嫌いなのだ。

だから帰りたいと喚くのである。

「…そ、そうだ!風美の釣りの手伝いしてくるから!許して!」

「要は方向音痴でしょ」

要を私から離れさせるのはかなり危険である。ここは意地でも連れて行かないと…

「要、今ついて来たら助かった後でゲーム買ってあげるよ?」

「お姉はかなめに嘘をつくとき絶対笑顔を見せるんだ!だから嘘だ!」

「何だって!?」

私はそんな小悪な性格してるのかという疑問が浮かぶ。

というか、それだと嘘つくとき以外私は要に笑顔見せてないことになる。

「…いや、今回ばかりは嘘じゃないよ…?」

「そして、しおらしく言うときも嘘をつくときだ!」

「もう私どうやって要に接したらいいのか分からないよ!」

要の中での私は嘘で構成されているみたいだ。


その後、島の探索を続けたが特に何という成果も得られなかった。

なお、要が虫の攻撃に遭ったのは云うまでもない。


海岸へ戻ってくると風美と蓮はまだ釣りを勤しんでいた。

既に日は暮れかかっていた。

「どう?釣れた?」

と、蓮に聴いてみる。

「……釣れたってレベルじゃないよ…」

そう言いながら蓮は寝袋の置いてある方向を指差す。

その方向を見てみると、

「これって釣りだよね?」

釣りっていうレベルを超えているという蓮の言葉は正しかった。

パッと見ただけでゆうに30匹は釣れている。普通1日釣っただけではこうはならないだろう。それも市販の釣竿と餌では。

そこに、

「……瑞希、おかえり…何か見つかった…?」

「それが全然見つからなくて…で、風美もお疲れ〜」

そう言った私の言葉に対して、

「……まだ……お疲れじゃない…」

そう風美は返した。

始めその言葉の意味を理解できなかったが、風美がカバンの中からダイビングスーツを取り出したところでその意図に気づく。

「次は素潜り⁉︎」

風美はこくり、と頷きながら次は恐らく銛であろう短い棒を取り出した。

「……夜は魚が寝る…絶好の素潜りチャンス…」

「…え、あ、そうなんだ」

ここまで風美が魚に執着してるとは思わなかった。意外な風美の一面に驚いていると、再び風美がカバンを漁りだした。

そして少しして、何枚かの"ダイビングスーツ"が出てきた。

「…まさか?…私たちにもやれというの…?」

「……もちのろん…皆でやった方が効率がいい…」

「か、かなめは眠たいからパス…」

「……逃げちゃだめ…」

「………はい」

要は風美に、何故か滅法弱い。

要が風美に下ったところで聞こえないフリをしているであろう心音と蓮に、

「ほら〜2人とも。今から素潜りだよ!さっさと来る!」

私に呼ばれ、心ここに在らずといった表情で2人がこっちへ歩いてくる。

「マジでやるのか…?」

「……もちのろん…ニートは…少しも食べさせない…」

「「全力でやらしてもらおう」」

2人が思い切り風美に食いついた。まるで魚の如く。

風美は人の心情操作も上手いようだ。


そのまま何故かしばらくグダグダしたためかだいぶ時間が経ってしまったようで、

「……早く…着替える…」

焦れったいという態度を全面に出して風美が言った。

「じゃあ、もうそろそろ行こう。着替えは男子は向こう岸の方、女子は少し離れた森の近くで」

「行くか」

そう言って心音と蓮、風美が向こう岸へ歩き始めた。


……風美?


「ストップ!!何で風美が着いて行くの!?」

「うお!?何でこっちに!?」

私と心音が焦る。それに対して風美は、

「?」

と、はてなマークを浮かべ首を傾ける。

対する私は『いや、理解してよ…』と顔に出す。

しかしそれでも理解出来ないのか、首を傾げたままの風美。

仕方無く説明する。

「風美は女子でしょ!だからこっちで着替える!」

「……ボクは男子…だけど…」

嘘をつくんじゃなくて。

「どこからどう見ても女子でしょ。逆に風美の何処が男子なのさ」

「……酷い…」

そう落ち込む風美。

「酷いも何も無いよ…」

そう落胆していると、


「風美は本当に男子だよ?」


と、声がかかった。

その声は蓮のもの。

「え?まさか……もしかして、蓮と風美で結託でもしてるの?」

「そんな事しないって。本当だって」

「え?本当の話なの?」

「そう言ってるじゃん」

「……ボクもさっきから言ってる…」

風美がムスッとした顔をする。

いつも女子の制服を着てて、女子っぽい持ち物で容姿はもちろん、声まで女子っぽいのに…

「え?本当の話なの?」

信じられない一心で2度同じ質問を繰り返してしまった。

「……そう言ってる…」

もはや、風美も呆れ顔のようだ。

だって体育とか男女合同で分からないし、とか言い訳のようなものしか風美の前では出てこなかった。


こんな事実を知った後、風美に急かされながら皆が着替え終わり、

「よし、用意完了!あとは潜るのみ」

「……ライト…忘れたら死ぬよ?」

そう言いながら風美は皆にライトを配る。

「…そういえば、要が静かだけど…」

と、一応要の様子を確かめておく。

「…」

要は無心モードのようだ。

このままでは要がやる気がないまま見ているだけという事になる。

何か要が興味を持ってくれることは無いだろうか…


そう悩み始め、2分少々。一つの案が閃いた。要だからこそ興味を持ってくれること。それは、


「ゲームをしよう!」


ゲームだった。というかそれしか方法が無い。


「…っ!ゲーム⁉︎どういう⁉︎」


見事に要が食いついた。単純な事極まりない。はっきり言えば将来が心配になるレベルで。

「…んーまぁ、獲れた魚の数を競うみたいな…ね」

海だからこそできるこんなゲーム。

いつもの要だったら「めんどくさい」の一言で片付けてしまうが今は違う。

「皆集合!ゲームやるよ!」

とりあえず第一段階として皆を集合させ、ルール説明をした。


『ゲームルール

その1、使うものは銛でも素手でも何でも可。しかしカサゴとかの毒持ちの魚には気をつける。

その2、他人の獲った魚を奪ってはいけない。

その3、食べられる魚のみとする。食べられればサイズは不問とする。

その4、これは個人戦だが、誰かと結託してもよい。

その5、景品は500円までのものなら何でも。』


ルールを説明し終わり、皆の準備が終わる。

ルールを説明したとき、要がニヤッとしたのが気になったが…。

そして、

「500円って小学生の遠足のおやつ代?」

という心音の言葉も無視する。

そんなやり取りをしていたせいか、また遅くなってしまったようで。


「……本当に…いつ…行くの…っ!」


こんな強い口調で風美が言葉吐くという事は殆ど無い。

つまりそれだけ風美はお怒りのようだ。

「…よし!始めよう!終わりはまぁ全員戻ってきたら!とりあえず始めぇ!」

誰にも何も言わせないこのマシンガントーク。私の持ち味と言っていいだろうか。


皆が海の中に入っていったのを見届けて私も海へ入っていく。足を海水に付けるとヒヤッとした感覚が全身に伝わった。これが春とかなら寒いだろうが、今は真夏日。その水の冷たさは心地よいものだった。

とりあえず、奥の方へ行こうかと考える。

流石に海岸近くに銛で突ける魚はそうそういないだろう。

方角を確認して少し奥へ進んでいくことにした。


数分後…

「何してんだか私…」

その結果が"これ"である。

とある芸人の方みたいには銛突きは上手くいかないことを身をもって体験できたと思える。

あの後、奥まで行った私は素潜りをしようとした。が、どれだけ足をバタつかせても潜水できなかった。

つまり、銛突きどころかその初歩段階でつまづいたのだった。


現在は諦めて砂浜に戻ってきている。しかし、早く切り上げすぎたためか誰も戻ってきていないようで。

「…暇すぎて死にそ…」

話す相手がいない中の一人言。虚しいにも程がある。

何か出来ないか…そう思考して、辺りを見回す。

少し見回したところで手元に平べったい石を見つけた。

石というよりは珊瑚だろうか…

平べったい石と水といえば、まぁ察している方も多いと思うが、水切りである。

暇つぶしには丁度いい遊びではないだろうか。

すっと立ち上がると、海に向かって構えて、横向きに回転させて投げた。

完璧な角度で水に当たった。

「よしっ!」

そう思ったが、ここは海。

波に飲み込まれた。

「…」

完璧だと思っていた私は呆然としてしまう。

こういうの要は得意なんだろうな…と思う。

多分、要だったら容易に水切りをやってみせるだろう。

今は要の頭の良さが羨ましい。


「…よく考えてみれば風呂にも入ってないし…」

色々あって完全に忘れていたが、1日目も2日目もまともな暮らしが出来ていない。遭難状態なのだからしょうがないのだが。


そんなふうに呆けていると、少し地平線が明るくなってきたのが見えた。

「…まさかの徹夜…ね…」

ははっと1人で笑う。それはとても落ち着いた環境に久し振りにいる気ができて。

そして、気がつけば遭難3日目である。

これからどうなるのだろうか…

何と無く考えてみる。


「お姉、何黄昏てるの?」

「…っ!ぅわぁ!」


そんなところで背後からのいきなりの声。これを驚かずにいられるはずもない。

「か、要か…びっくりしたぁ…」

「お姉はかなめが頑張ってる時にくつろいでたんだ…」

そう言って要がジト目で見てくる。

「ち、違うって!ただ、素潜りが出来なくて…っ!」

他人が聞いたらもはや言い訳にしか聞こえないよう言葉だなぁ…と自分でも自覚できた。

こくりと頷いた要は、


「…脂肪のせいだね」


「そんな余分な脂肪付いてないし!」


バッサリと失礼な事を言い放つ要。

説教でもしてやろうと思ったところで、

「あれ?お前らだけか?戻ってきたのは」

「あ、心音おかえりー。多分私たちだけ」

心音の帰還。これであと2人。

「それにしても遅いよな。あの2人」


「……ボクなら…もう帰ってきてるよ…」

「うわぁ!びっくりしたぁ!」

「脅かそうとするんじゃねぇよ…」

「……勝手に気づかなかったのそっち…ボクの方が傷ついてる…」

気づいてもらえなかった本人は相当傷ついたらしかった。しょぼんとしている。

「ぁ…ごめんごめん。話に集中しちゃってて気づかなかったんだよね」

「ごめんな。風美」

「ごめん風美」

皆が口々に謝罪の言葉を出す。それを聞いて風美は、

「……よろ…しい…」

と、満足気な様子でこっくりと深く頷いた。



「ちょ、ちょっとこれ本気でやばいんじゃない!?」

あれから恐らく1時間程経つ。すっかりと日が昇り、朝という感じの雰囲気だ。また、海の波もだんだんと強くなってきている。


しかし、"蓮が未だ帰ってきていない"。


皆がソワソワし始める。『もしかしたら…』そんな悪い思考まで働き始める。

「わ、私のせいだ…私がゲームなんてやろうって言ったから…」

私は後悔の渦に巻かれる。あんな事言わなければという気持ちが後を絶たない。何も考えられなくなってくる。

「おい。よせ。瑞希は何も悪くない」

そんな私を励ましてくれる心音。でもその心音も不安な気持ちに駆られているのだろう。

「だ、大丈夫…かな…かなめ、すごく心配なんだけど…」

要が大きな動揺を見せる。そして心音は、

「俺、あいつを探しに行ってくるぞ!」

そう言って再び海へ潜ろうとする。

「ちょっと、心音!?やめた方がいいよ!!」

夜のような海の波ならまだいい。しかし今はかなり強い波が立ち上がっている。そんな海に入るのは自殺行為だ。

しかし心音は私の言葉に耳も貸さず先へ進んでいく。

『このままじゃ…』と思ったその時、


「……やめ…て!……ミイラ取り…が!ミイラになる…なんて…海ではよく起こる…!」


そんな風美の精一杯の叫びに心音が止まる。

「風美…?どうしたんだ…?」

ハッとして、風美が口を閉ざす。その様子に、

「…昔に何かあったんだな。じゃあ、尚更だ。俺があいつを助ける。そして、2人で戻ってくる。誰も死なないし、誰も悲しまない。万事解決だ」

そう言って、海の方を向いて心音が走り出す。

「ま、待って!風美が…!風美が言いたいのはその逆だと思うよ!?私は!」

私はその風美の精一杯の叫びをただの言葉に留まらせたくなかった。

だから、その思いを汲んで必死に心音に伝えようとする。

それでも立ち止まらない。心音はそのまま海に入って…


「言うこと聞けよッ!このクズがッ!」


「!?」

誰もが驚愕したその叫び声。それは。

「かなめが怒鳴ってやってんだ。止まれ、心音」

要によるものだった。

「要、年上には年上への態度を見せろ」

「あァ?ろくに考えて行動できねぇクズに言い返す権利はねぇよ」

要の見たことのない一面。でも、その真意は分かってしまって。そして、それもまた言葉のままではいけないと思えて。

「要は心音よりも人の命の重みを知ってる。風美も多分…だから、心音は」

「俺は、そんなこと分かんねぇよ…だから、今俺が最善だと思える行動をとらせてもらう」

私の言葉を遮って心音がそう告げる。

「心音はまだ…っ!」

「まだ分かんねぇのか!!かなめ達は心音に危険な目にあって欲しくねぇんだよッ!!」

「…!」

その言葉を聞いて心音が目を見開く。

荒い息遣いの要。叫ぶ事も激昂することも殆ど無い要だ。私たちから見たらあり得ない事。でも、これだけは譲れない理由がある事を私だけは知ってる。そして、これから"それ"を話そうとしている事も察しがついた。

止めようとはしない。話すということは要がした決断なのだから。

それを悟った心音は口を閉じた。

そして、その心音の姿を見て要は気持ちを落ち着けて、口を再び開いた。


「…かなめは2年前友達を死なせて…間接的とはいえ殺してしまった…あの時は気付いてあげられなかった。まさかいじめにあってたなんてさ。あいつはいつも笑っていて、でも何処かでサインを出してたと思う。それに気付いてあげられなかった。それだけが心残りで…何度も後悔した。何度も自分を責めた。でも、それじゃダメだと気付いて。そんな人がもう居て欲しくない。そう思ったんだ。だから今、誰にも死んで欲しくない。誰にも酷い目に…危険な目にあって欲しくない。それを…かなめの…皆の気持ちを心音に分かってほしい…そして…そこで立ち止まって欲しいんだ…信じて…待っていようよ…」


要の経験。要の後悔。要の本当の気持ち。

それを受け取った私たちはただ黙った。黙るしかなかった。その気持ちを弄ぶ事など出来るはずもなかった。

心音もただ、その場で俯いた。ただ、静かに佇んでいた。それが、要に対しての最良の態度だと思ったのだろう。

「心音は確かに、正しい気持ちを持っていると思う。かなめも出来たなら助けに行きたいんだ。けど…」

その言葉に心音は。

「分かった。十分に伝わった。俺も…静かに蓮の帰りを待つ」

そう言ってくれた。というより、そう言うしかなかったのだろう。心音はその場に座った。

「…ありがとう」

そう言って要もその場に座る。

これで…そう安堵する。しかし、これで蓮が、私達が助かった訳では無い。現状維持が出来ただけだ。

「じゃあ皆、とりあえず何か食べよう。しばらく食べてないし、倒れたら元も子もないから」


食事を適当に終わらせてかなめは一人思考する。

(蓮の捜索に動きたい。だけど海が荒れてるから下手に動いたら…)

ずっと同じ事を繰り返して考えてしまう。

あまりにも使える手段が少なすぎる。

(いや、もしくは先にかなめ達が助けてもらって…でも助けてもらう手段も…)

はっきり言えば"詰んでいる"。

どうしようもないレベルで。

海は360度広がっている。しかも何処に流されているかも分からない。

少なくともここに留まるという事しか今のところ出来ない…

どれもこれも全て自分のせい…そう思うと心が押し潰されそうになる。だからせめて何か考えて助けられたら…そう思えた。

ここに来た時の逃避したい。そんな気持ちはもう既にかなめの頭には無かった。


要が珍しく考え事をしている。それだけ深刻な状況なんだと改めて感じる。

「要、水飲む?」

「…」

返事の返してこない。多分声をかけた事に気がついてないのだろう。

「かーなーめー」

「…!…お姉か…」

「ほら、水。風美が上手い事やってくれてるからとりあえずは安心」

「…でもいつまで続くか…」

要が暗い顔をする。恐らく自責の念に駆られているのだろう。

それを励ますのが姉としての責務だ。

「…要も上手い事やってくれてるでしょ?例えば、さっきだって心音を止めてくれたし、今だって色々考えてくれてる。それだけで充分、助かってるよ」

「で、でも…かなめのせいで皆が遭難して…結局はかなめが悪い訳だし…」

「…それは私が悪かった…急に追いかけたりしたから…」

「か、かなめは…」

「もういいの。一人で何もかもを抱え込まなくて。本当に辛かったら誰かに相談する。それが大事だよ?」

それを聴いてホッとしたのか、それとも色々思い出したのか。複雑な表情をしてそして、目に涙を浮かべていた。

「お…姉…」

そっと胸を貸す。

「か…なめは…絶対迷惑をかける…絶対何か問題を…起こしてしまう…」

「いいの。人は失敗して成長するんだから。私が言うのも何だけどね」

「…他人を傷つけ…て…それで自分も傷つい…て…」

「自分のやってしまった事に気づいてる。それだけで充分じゃない。要はそれに気づける素晴らしい性格の持ち主だよ」

「か…なめ…は…」

それきり何も言わなかった。要はただただ泣いていた。自分の気持ちを吐き出して、でもそれで少しは要の気持ちは軽くなったのかもしれない。これで、要が元の明るい要に戻ってくれたら嬉しい。そう思えた。



「やってやるぞ!おらぁ!」

要は完全に復活し、やる気に満ち溢れていた。

「さっきのあれが嘘みたいだね…」

「何か言った?」

明後日の方向を見る。

「でも何をやるの?」

「…」

要が黙った。やる気の空回りだ。

そんな時、

「……日陰が…欲しい…海岸に…」

と、風美から声がかかった。

その声に対しての要の反応は早かった。

「寝袋2つと何か紐用意して!出来るだけ長いのを!あとある程度大きい石!」

集めてさっと行動に移る。私達はそれをただ見ているだけだった。


それから1時間くらい経っただろうか。

「要の頭の良さには負けるよ…」

風美から受け取った釣り糸を寝袋に貫通させ、その先の一方を森の方の木に括り付ける。そして反対の一方を石に括り付けて海岸に埋めて固定しただけの簡易的なもの。それを2つ。

「一応強度にも問題はあまりないと思う」

要はくいっと釣り糸を引っ張って言った。

「サンキューな、要」

その素直な心音の言葉にビクッと反応して、

「…もっと…感謝してくれてもいいぞ」

そう大きい態度をとる要。

要の態度には何も言わず心音は、

「本当に要には感謝だな」

と、感謝の気持ちを示した。

心音の言葉を聞いて、

「もちろん!」

と、要は胸を張って答えた。

要と心音の会話を聞きながら私は、

「珍しい会話…」

そうボソッと言うだけだった。


気がつけば夜。もう日が沈みかけていた。

「遭難3日目…もうすぐ終わるんだ…」

「そう…だな…結局蓮が帰って来ることは無かったな…」

「そうだね…」

「……明日…多分…海が静かになると…思う…」

「…風美って結構海について詳しいよね」

少し思っていた事を言ってみる。

「……元々…親が漁師だった…から…」

その語感に違和感がある。

「…昨日も気になったけど…前に何かあったの…?海で…」

気になった事を率直に聞いてみる。しかし、言いたくない事かもしれないと思い返して、

「あ、別に言わなくてもいいよ!…誰にでも思い出したくない事の1つや2つ…」

そう付け加える。要の話も出来れば『封印』しておくべき事だった。家族以外の本当の他人に言ったのは今回が初めてだったりする。

しばらく悩んで、

「……3年くらい前…」

風美はその口を開けた。

「……ボクの父さんは漁師で…漁に出てた…だけど…その日は大シケで…1人の船員が…海に投げ出された……そして…父さんが助けようとして…」

「もういいよ、風美。無理しなくても…」

止めようとしたが、これだけは言いたいといった顔で、

「……2人共死んだ…」

そう言った。

暫くの沈黙。そして、私は思った事を告げる。

「…だから…風美も心音を止めようとしてたんだよね…?」

風美がこくりと頷く。

「ありがとう…思い出したくない話だったかもしれないけど…話してくれて…」

「……誰かに…話しておきたかった…から…これは…忘れてはいけない…教訓…」

風美はそう言った。要と同じ、『同じような目に会う人がいて欲しくない』という気持ち。それが充分伝わってきた。

そんなところで、

「おーい!瑞希と風美!魚焼けたぞ!」

と、今の状況だと完全に空気を読めていない心音の言葉が聞こえてきた。こちらの話は聞こえていないのだからしょうがないが…

しかし、魚を焼いていてくれた事には感謝して、

「風美、行くよ」

「……うん」

小走りで心音と要の居る方へ向かった。


遭難4日目…

「…」

いつの間にか寝ていた体を起こす。昨日は色々あり過ぎて熟睡してしまったようだ。

日の高さを見ると丁度真上。昼頃だろう。

少し遠くに要と風美、心音の姿が確認できた。何かをジッと見ているように見えるが…

とりあえず起き上がって、要達の方へ行ってみる。

すると皆が急にパッと喜びだした。不思議に思えて少し走って向かう。

「何を見てるの?」


「あ、お姉!船だよ!船!この島に直接向かってるから救助船だと思う!」


「船!?やっと私達助かるの!?」

遭難4日目にして、やっと見えた助かる糸口。思い切り手を振って船に生存を知らせる。今はただこの喜びに浸った。


そして数分後、船が到着した。この島に来た時と同じ船。多分蓮のおじさんだ。しかし、蓮が遭難した事はしっかり伝えなければ…

そして、降りてくる人影。覚悟して見たそれは。


「れ、蓮!?なんで船から!?」

「……蓮…生きてた…よかった…」


降りてきた人物は蓮だった。それを見た皆は驚愕し、安堵した。遭難していたはずの蓮が助かっていた事がただ嬉しく思えた。

「いやぁ、ごめんごめん…実は…」


蓮の話によれば、海で銛突きをしていた時、集中していたためか遠くに出過ぎてしまったらしい。気づいてどうしようと迷っていた時、たまたま通りかかった船に助けられたのだそうだ。


「それで助けに来てくれた…と?」

「本当は僕が助けられてそのまま行くことが出来ればよかったんだけど…暗かったし、ここら辺島が多いから何処の島か分からなかったりですぐに行けなかった…心配かけてごめんね…」

「蓮が戻って来てくれただけで充分だよ…」

本当によかったと。ありがとうと。それだけを蓮に伝えた。


ここからは後日談。

船で無事に家に戻って来られた私達は、とりあえず心配していた親に出来事を報告した。そして無事に元の生活に戻る事ができた。夏休み中だったので長期休暇の課題に追われていたのは言うまでもない。

自分の過去を大暴露して、やる気の空回りを何度も見せた要はすっかり体調を崩して帰宅後すぐに寝込んでいた。しかし、今は元の要だ。憎たらしいだけの妹である。

というより、本当に何も変わらない生活に戻る事が出来たのだった。

いや、実際大きく変わった人が1人だけいる。それは、

「おはよう…か?この時間帯だが…」

「その話し方、すごい違和感しかないんだけど…"風美"…」

風美の口調が大きく変わった。

「しょうがないだろう?ボクの一つの楽しみなんだ。邪魔はしないでくれ」

1年に2回口調を変えるのが風美の趣味らしい。そして変えるのがこの夏休み後からだそうだ。

「はぁ…可愛い顔でこの口調は無い…絶対無いと思う…」

「ボクは一応男なんだ。そこだけは間違えないでくれ」

何だかウザいキャラに変わっただけのような気がしてきた。話を振る人を変えよう。と言っても要しかいないが。

「で、要は何を歩きながらやってるの?」

「オンラインゲーム」

要は誕生日プレゼントのゲームを今攻略中なのだそうだ。

「でも歩きながらは危険だし」

「前も見えてる」

「それは事故フラグだよ…」

私も最近言葉の感染にかかっているようだ。すらっとインターネットの言葉が出てくるようになった。

と、そこで前方に2つの人影が見えた。

「あ。おーい蓮と心音ー」

「瑞希と風美、要もおはようー」

「おはようー」

今日はこの5人で市内の図書館へ向かうのだった。

「だけど、何で図書館なんかに行くの?」

「少し目的があってね。どうせならと思って」

「へー、どういう?」

「この町に都市伝説があると聞いて、調べたくなったんだよ」

「心霊系の?」

要がビクッとする。

「そうそう。心霊系の」

要がビクッとする。

「そういえば、私の家の近くの墓地でね?何か白いものが浮いてる事が…」

「何それ!?かなめに対する嫌がらせ!?」

要がゲームの画面から顔をあげて睨みつけてくる。

「いやぁ?違うよ?」

「その嫌らしい笑顔をやめろ!」

要が襲いかかってくる。それをひらりひらりと躱す。

当たらない事に更に激昂して、

「うがぁー!」

と掴みかかってきた。

しかし、要は小柄な体躯。叩かれたところでそんなに痛みは無い。

一発だけ食らってやろうと思ってその場に立ってやる。

案の定、殴ってきた。

鳩尾を。

「…っ!ちょっ…!殴っ!…場所…を…!」

痛みに悶絶する私とそれを見下だす要。

「かなめの力じゃ勝てないからな!人体の急所狙えばいいだけだ!」

要を舐めていた私が馬鹿だったと後悔した。


「2人共、バス来たけど…?」

そんな蓮の声が聞こえた。

「ぅあ!立てな…い…!誰…かっ!手伝っ…て!」

「あぁもう、何やってんだ!ほら立て!」

心音が肩を貸してくれてやっと立てた。

それをすごい険悪な顔で睨む要。

「な、何が…不満なの…要…?」

「…知る!かっ!」

そう言って要が脛を蹴ってきた。

「…ごめん…私…立てない…」

何がそんなに気が立つのか、今日の要は何処かおかしかった。

その後、心音に背負ってもらって何とかバスに間に合った。


バスに乗って落ち着いた後、

「少し思うのだが、また帰ることができないとか、そういうことはないだろうな?」

と、風美が言った。

「まさか、図書館行くだけでそうはならないよね」

笑いながら蓮がそう返した。

この会話を聞いてて、嫌な予感しかしないのは私だけだろうか。

しかし、そんなことは無いと信じて、

「まぁ大丈夫でしょ?」

とりあえずそう言った。

「しかし、こうやって皆で集まって出かけるのも夏休み以来だな」

「あぁ…かなめの嫌な思い出…」

心音の言葉を聞いて、自分の叫びを思い出しグロッキーになる要。

「いいんじゃない?あんな経験も」

「……いや…帰って来られたから…あっ!」

蓮の言葉に返答をしようとした風美。口調が治ってなかったことを咳払いして誤魔化そうとする。

それに対して皆が含み笑いをする。

全く静かになることのない5人組である。退屈もしないし、飽きることもない。

と、そんな事をしている間にバスが自分達の住んでいる町を抜けた事に気がつく。

とりあえず町を抜けたのだから。

様式美として言っておこう。


『行ってきます』と。

この作品、『May Day』を読んでいただきありがとうございます。

処女作のようなもので、昨年文芸部で書いたものをそのまま持ってきたものです。

今回、投稿するにあたって読み直してみたのですが、やっぱり今とは全くと言っていいほど作風が違いました。本当に1年で人は変わるんですね。身に染みて感じました。

途中、迷走してて話が飛んで飛んでって感じだと思いますが、可哀想な子を見る目で見てくれて結構です。

今回はこんなところで。次回作を投稿した時には、また読んでくださるとありがたいです。ではでは。

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