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魔女の家

魔女の家(偶)

作者: 廿楽 亜久

魔女エリザの家に来てから、数週間が経った。

今はもういない母と妹のサーニャをもっとよく知るため、魔法を教えてもらうため、俺はエリザについてきたのだが、一向に魔法を教えてくれる様子はない。

というよりも、俺が驚くほど魔法の才能がないのだというが…

「あの人ほとんど寝てねぇか…?」

エリザは基本、森の中にある家で眠っているのだ。ディルさん曰く、これでもサーニャの為に前よりは長い間活動をしているらしい。そういっても、結局寝ていることには寝ているので、俺やディルさんは家事や畑の収穫、時には町に買い物に出ることもある。

俺の記憶が正しければ、村の近くの森を抜けたら、この小さな家が立っていた。生まれた時から住み、森もほとんどを把握していたつもりだったが、初めて見るエリザの家に驚いていたのだが、魔女は自身の城、つまり家とその周囲の空間を切り取った、独自の世界を持っているのだという。

エリザの場合、この家の周囲の森であり、迷いの森となっているらしい。エリザが許可した人間か、もしくは魔法に精通している者しか周囲の森を抜けられないという。

そして、これがまた便利なことで、この森は空間を歪めているおかげで世界中の森と繋がっているため、町に出る必要がある時もディルさんと一緒に森を抜ければ、それだけで目当ても町につくのだ。


寝ぼけた眼で、地下室から出てくれば、外で楽しげな声が聞こえる。

「サーニャは、随分と魔族に好かれる体質のようだな」

「おはよう。エリザ」

「おはよう。ディル」

「今、朝食用意するから、待ってて」

ディルがキッチンに入っていくのを見てから、窓に近づき、笑い声の主の様子でも見ようと窓を開けた瞬間、その眠気は覚めた。

オレンジ色の髪の少女サーニャと、その周りで彼女と遊ぶ黒い影のナイトメア、サーニャは彼をナイトと呼んでいる。その2人に加えて、妖精が一緒にいることがよくあることだ。どうやら妖精と仲良くなったようで、作物の育ちもいつにも増していい。

だが、今日はそれに加えて、一角の生えた馬がいた。

「………」

目にしたことはあるが、少なくともこの庭に迷い込んでくることはなかった。

「あ、エリザさん!おはようございます!」

「あ、あぁ…お、おはよう」

引きつった表情が全く気にならないのか、サーニャはそれの頭を撫でながら、いつもと変わらない眩しい笑顔でその名前を口にした。

「この子、“ユニコーン”の子供なんだって!」

その角が良薬とされてきたおかげで、その数が減ってしまったユニコーンは、最近では人どころか魔法使い、魔女にすら姿を現さなくなった。

そのユニコーンがこうして魔法使いであるサーニャと、警戒もなく遊んでいる姿は珍しい。

「エリザ。朝食…って、ユニコーン!?初めて見た…!!」

ディルは驚いた様子で、窓辺に来るとマジマジとその純白の姿を見つめた。

「そんなに珍しいんですか?」

事の大きさを分かっていないのはサーニャだけだった。ナイトもそれに笑っていて、ディルも大きく頷いた。

「珍しいよ。ユニコーンの角は、どんな病気も治せるから、昔の人たちはユニコーンを乱獲したんだ」

「乱獲?」

「ユニコーンのことを気にせず、捕まえ続けることかな。それで、数が減って、今じゃ魔法使いでも見たことがない人が多いんだよ」

「へぇ…そうだったんですか」

ユニコーンに軽くつつかれ、言葉の節々が途切れ、ついに背中に乗せられると、その小さな翼を広げて走っていく。

「うわっ!?誘拐!?」

「まぁ、元々、獰猛な魔族だからな。あいつらが一緒なら、森を出たとしても帰って来れるだろ」

「エリザはもう少し慌てて、心配したらどうだ?」

「ちゃんと考えた上でだ。あれがもし、妖精や鬼の類なら慌てるさ」

エリザは窓から離れ、テーブルに向かった。


食後のコーヒーを飲んでいると、ようやく帰ってきたらしいサーニャは、小さな白い花を髪につけていた。ユニコーンに連れていってもらった先で、その花を貰ったのだという。

「気に入られたな」

エリザが嬉しそうに言うが、サーニャは首をかしげるが気にするなと頭を撫でる。魔族に好かれるということは、とてもいいことであり、同時に悪いことでもある。知識がなければすぐに連れていかれ、餌とされてしまう。

その点、サーニャは運がいい。幼い時からナイトがついていた。大抵の妖精なら、ナイトがついていれば近づいてくることもない。

「あの、それで俺は」

先程からずっといたシルヴァはようやく会話に入れば、エリザはシルヴァをじっと見ながらコーヒーをすすると

「どうしようか」

「ハァ!?」

「いや、見た時から気付いてはいたんだが、お前ホント魔力は微かにあるってくらいで…正直、本当に魔法使いの息子なのか疑いたくなる。ナイトのことも見えてないようだし」

「…前から思ってたんですけど、そのナイトってなんなんですか?」

サーニャと話しているとよく出てくるそのナイトという名前。どうやら、今も近くにいるらしいが、シルヴァには見えていないため、それがどこにいるのか、どんな姿なのか分かってはいなかった。

「ナイトは、ナイトメア、要は魔族だ」

魔族。それは、サーニャやエリザ、ディルのような魔女や魔法使いに見え、ほかの人間には見えないという生き物だという。魔力を持った動物という説明が一番近い。そして、言語を理解できる者も多い。

時折、魔力を持っていても魔族を見ることのできる目を持っていない人もいるが、ごく稀であり、大半の者は魔族の標的となる。そのため、生き残れる人はそういない。

「そういえば、ナイトってエリザさんたちのこと知ってたよね?」

何もない空間に問いかけるサーニャに、シルヴァ以外がそこに目を向ける。

「どうにか、ナイトを見たり、声を聞いたりってできませんか?」

「ん?あー…そうだな。確かにめんどうだな…」

エリザは席を立つと、地下に降りていく。そして、小瓶を持って帰ってきた。

「これ、使うか」

「それは?」

「タネだ」

「それは見ればわかります」

小瓶に入っていたのは、大きめの植物の種のようだった。エリザはそれを取り出すと、シルヴァの手に乗せる。そして、一言

「飲め」

「…はい?」

「噛まずに丸呑みしろ」

「……」

ディルに視線を向ければ、小さく頷いた。シルヴァはじっとそれを見たあと、飲み込んだ。大きかった割には、一度飲み込んでしまえば違和感はなくなった。

「あの、結局これなんなんですか?」

「だから、タネ」

「それは、目に作用して魔族を見えるようにできるタネなんだ。ただ、発芽するまでは見えないんだけどな」

エリザの代わりに、ディルが答えれば、シルヴァも辺りを見渡すが何も変わっていなかった。

「そのメを代わりにして、魔力を吸い取る魔女がいてな。そいつから分けてもらったものだ」

「え!?」

「安心しろ。目のない奴の目に直接埋め込んだ場合だけだ」

少し納得はいかないが、発芽するには一日程掛かるという。


いつものように、サーニャが魔法の練習を始めた頃、エリザに魔法について聞けば、めんどくさそうな顔をされた。

「お前、びっくりするほど魔法の才能ないからな…魔力は許容範囲ではあるんだが…サーニャに取られたのか、父親の血が強かったか…」

「それで、正直なところは」

「魔法が使えない奴に教えることほど面倒なことはない」

あまりにもはっきりとした答えに、しばらくシルヴァは冷たい視線をエリザに向けるが気にした様子はない。

「でも、シルヴァだけずっと家事ってのも、かわいそうじゃないか?」

「…そうか?」

短い期間だが、分かったことがある。エリザはディルやサーニャの頼み事には弱い。ただ、シルヴァの頼み事は基本的に無視、もしくは却下される。ひどい扱いの差だとも思ったが、二人が恋人、もしくは夫婦とを知ってからというもの、それもあまり気にしなくなった。

エリザは考えるように顎に手を添えると

「なら、魔術師になるか?」

「魔術師?」

「よし。専門家に頼むべきだな。ディル。出かけるぞ」

「え…連絡は!?」

「あいつの家に行くのに、連絡などいらん。サーニャ」

「はーい!」

見事なまでに無視され、結局、何も聞かされないままシルヴァはその屋敷についた。エリザの家とは違い、町にある豪邸だ。

本来、鍵がかかっているであろう門は、エリザが触れるとすんなりと門が開く。すると、屋敷の扉が開き、中から現れた妙に整った顔のメイドは頭を下げるとエリザを見て

「ようこそいらっしゃいました。エリザ様」

「カラムを出せ」

「かしこまりました。応接室までご案内いたします」

豪華な部屋に案内され、カラムを待っていれば、ドアが勢いよく開いた。そこにいたのは、顔のよく似た双子だった。

「お客さんだヨ」

「ホントだネ!」

「「ようこそいらっしゃいましタ!!」」

双子は腕を広げ、笑顔で歓迎してくれた。同い年くらいだからか、サーニャは双子をじっと見ていた。双子もそれに気がつき、近づいてくると

「君、名前ハ?」

「サーニャ!」

「ボクは、ララ」

「リリだヨ!」

「サーニャはトランプは好キ?」

「うん」

「じゃあ、トランプしヨ!」

リリはトランプを取り出すと、向かいの席に座るとエリザ以外全員の前にトランプが配られた。


「いやー悪いな。待たせた」

ババ抜きが5回目行われた頃にようやく現れた、全く悪びれた様子のないメガネの男。先ほど言っていたカラムだろう。

カラムはシルヴァとサーニャを見ると、驚いたように目を見開きエリザの方を見ると

「誘拐か?犯罪だぞ。俺が警察に連絡しておいてやろう」

「残念だな。村とは話がついている」

「それは残念だ。お前が暴れれば仕事が増えると思ったんだけどな」

「こんな時まで金儲けの話か」

「金儲けは二の次だ。俺の仕事で、またアンバランスなものが消え、美しいものが増える!そして、いつか美しいものが世界を埋め尽くすのだ…!!」

「相変わらず、作り物しか愛さないようだな。アンバランス故の世界の美しさは、見飽きることなど断じてないというのに」

「魔女はこの世界の最も完璧に近い。俺が完璧にしてやろう。昔からのよしみだ。ディルも完璧にして愛を語り合えばいい」

「お前の言う完璧となった時、私はディルを愛するのはやめるだろう。人形は愛でる趣味はあろうと、愛する趣味はない」

「ほぉ…人形を愛でる趣味があったか。俺としては、服の美しさも捨てがたいが、やはりボディの曲線の美しさを――」


「あの、ディルさん。この話、いつまで続くんですか?」

話し出したと思えば、マシンガントークを続ける二人は、互いの意見を聞いているようでまったく聞かずに、自分の好みの話をしている。こればかりはディルも苦笑いになっていた。

サーニャは相変わらず、ララとリリと共にトランプをしていて、気にしている様子はない。

「失礼します」

ノックと共に現れた先程のメイドは、シルヴァたち四人の換えのお茶を注ぎ、カラムには新しいお茶を置いた。

「それで、今日は何のようだ?」

ようやく本題に入った。エリザはお茶を一口飲むと、シルヴァを見た。自分で説明しろというように。

「…あ、えっと」

「そういえば、お前らはなんだ?」

「最近、エリザさんたちと暮らしていて…シルヴァって言います。こっちが、妹のサーニャ」

「サーニャです」

「初めまして。ここの屋敷の主人のカラムだ。そうか…愛の巣に暮らしてるのか…度胸あるな」

ニヤニヤと笑うカラムに、シルヴァは視線をそらす。

「俺は、その…知らなかったというか、最近知ったというか…」

「私知ってたよ?」

「え…」

「ナイトが教えてくれたから」

「またナイトか…」

どこにいるのだろうかと周りを見るが、相変わらず見えない。その様子で気がついたのか、カラムは確認のためにそれを聞いた。

「お前は、見えてないのか」

「はい…」

「サーニャを見る限り、お前の親は魔法使いだと思ってたんだが…」

「サシャだよ」

「あぁ…サシャか。なるほど…面影はあるな」

二人の顔を見たあと、納得したように頷くとエリザの方を見た。

「まさか目を作れなんて言わないよな?」

「目は直に見えるようになる」

「そんな方法があるのか?」

「魔術師は知り得ない方法だがな」

ふーん…と、聞き流し、何をしにきたのか。ともう一度聞けば

「こいつに魔術を教えろ」

「命令かよ…」

エリザは頼む人の態度とは思えない態度で、カラムに言った。だが、カラムも慣れたもので、一言文句を垂れるとシルヴァの方を見た。

「いいのか?こいつ、こんなこと言ってるけど」

「え…教えていただけるんですか?」

「片手間でいいならな。あと、ディルのレシピで手を打とう」

こうして、カラムに魔術を教えてもらうことになったシルヴァだった。


今日は暇だからといって、カラムは書庫に案内してくれるという。ディル一人だけ、レシピを書き上げるため、メイドと共にキッチンに向かい、4人で向かう。

地下室の全てを書庫にしているらしく、その大きさは村にあったどの建物よりも大きい。エリザはサーニャの手を引くと、奥の方に進んでいった。

「で、魔術か…お前は、魔法使いじゃなくて魔術師になるのか?」

「え…あの、カラムさん」

「なんだ?」

奥に行ってしまい見えないエリザの方を一度見ると、小声でカラムにだけ聞こえるように言った。

「魔術師ってなんなんですか?魔法使いと同じ…じゃないんですか?」

その言葉にカラムはしばらく驚いて固まった後、頭をかいた。

「あぁ…あいつ、なんにも教えてないのか」

「…はい。いつも、無視されて」

「そうか…まぁ、なんだ。魔術師っていうのは、魔術を駆使し、魔法使いや魔女は魔法を駆使する…って、わからないよな」

「はい」

カラムは書庫の中のテーブルと椅子があるところまで来ると、椅子に座るようにシルヴァにいい、本棚から溢れ積み上がってる本の隣に屈んだ。

「魔法ってのは、森羅万象を司りそれらを起こす…世間で言う種も仕掛けもない手品だ。自らの魔力を使って、現象を引き起こす。

 対して、魔術っていうのは、種と仕掛けだらけの手品だ。ただし科学とは違って、魔力が動力になってる。お、あった。これだ」

立ち上がると、本をずらし薄い本を持ち上げた。

「魔法を使うのは、7割の才能と3割の努力だ。しかも、魔法使いは生まれ持った才能が全て。その点、魔術は1割しか才能は関わってこない。あとは、すべて努力で補える。

 ほら、これが俺の師匠からもらった魔術の基本だ。もう俺はいらないからやるよ」

「魔術の基本…」

それは手書きの本だった。

「その様子じゃ、魔女と魔法使いの差もわかってないな?」

「え、違うんですか?」

そこまで言ってから思い出したが、エリザもディルも確かに魔女と魔法使いを言い分けていた。

「確かに、魔法使いの延長線上に魔女はいるが、魔女は魔法使いがある大魔法を成功させた場合に名乗ることができようになる」

「大魔法?」

「自分の時を止めるんだ」

「時を止める…それって、不老不死…ってことですか?」

「いや、死にはするらしい。不老ってのは…まぁ、エリザを見てる限り本当だろうな。他にも、肉体を捨てて精神だけの奴とかもいるらしい」

カラムは向かいに座ると、本棚を指さした。

「魔法使いも魔術師も、根本は同じだ。だが魔術師に必要なのは、まず知識だ。お前の好きに書庫は使っていいから、勝手に読んで覚えろ」

さすがはエリザの友人なだけある。会って間もない人に、あっさりと書庫を使ってもいいと言い出した。そして、恐らく魔術を本格的に教える気はあまりないのだろう。

貰った本を開いてみれば、まず最初に魔術の元素について書かれていた。シルヴァにとって、それは初めて魔法の末端に触れた瞬間だった。


夕方になった頃、「屋敷に人間を止める気はねぇ!」と言われ、家に帰ろうとした時だ。魚のようなものが飛んでいた。

「…?」

その魚には手が生えており、何かと目で追っていればカラムが驚いたように目を見開いた。

「お前、さっきまで見えなかったよな?」

「え…」

「魔族だよ」

「…あれが、魔族なんですか」

「あぁ。あいつは何もしないから、ほっといてるんだ。それにしても、いきなりだな…何したわけでもねぇのに」

「あ、タネを――」

「あー言わなくていい。あいつが、魔術師に知り得ないっていうなら、魔術師(俺たち)じゃなんともならない部分なんだろ」

努力ではなんともならない部分がある。それが、魔法使いと魔術師を決定的に分ける部分だった。

「なんか、魔術師と魔女って仲悪そうですよね…」

どうにもならない壁というものは、確執を生みそうなものだが、カラムは笑うと

「悪いのは魔女と教会の連中だろ。魔術師と魔女はそう簡単に喧嘩はしないさ」

「そうなんですか?」

「お互い、理解できないことをわかってるからな」

吹っ切れたような笑顔を横切る、手足の生えた魚。自然とそれを二人で目で追えば

「まぁ、見えるようになったら、あれだな。狂うなよ?」

「え?」

「魔女の家には魔族の類はよく集まる。ここの比じゃない位にな。俺たちの世界は、しっかりと境界を見分けないと簡単に堕ちる。

 …ま!その境界を覚えるためにも、とにかくいろいろ学べ」


帰り道に、エリザに魔術師のことを聞けば、エリザもカラムと同じように理解できないと答えた。

「そもそも、根本が違うんだ。理解できるわけないだろ」

「サーニャちゃん。魔力ってなんて習った?」

「え?え、エネルギー…ですよね?」

間違っていないか不安気にエリザを見上げるが、頷いて頭を撫でると安心したように笑みをこぼした。ディルは次にシルヴァに質問した。

「シルヴァ君は?」

「え…と」

口ごもるシルヴァに首をかしげるサーニャと、大丈夫だから言ってみてと言われ、ようやく口を開いた。

「回路…」

「え?」

違う答えにサーニャが首をかしげたが、ディルは笑顔だった。

「つまり、魔力の使い方が全く違うんだ。普通は、どちらも習得に一生掛かるからどっちも出来る人はいな――」

「私は魔術もできるからな!普段は面倒なだけで!」

何故かエリザが関わってきたが、おそらくたまにはできるということをディルにアピールしたいのだろう。ただそれを素直にすごい!と喜んでくれたのは、サーニャ1人だったが。

「別に、魔術が使えなくても、エリザのことはすごいと思ってるよ」

「そうか?それならいいんだ。愛はいつまで経っても変わらねば、マンネリ化するというからな」

「何か少し違くない?ていうか、いきなり惚気けますね…」

夫婦だと分かっていても、普段どうみてもお世話係となっているディルを見ると、違和感がある。

「あれ?でも、一生掛かるなら、どうしてエリザさん魔術できるの?」

「もう何百年と生きてるからな。人の一生で言えば、下手すれば十何回か分生きてるからな。その内、サーニャにもそのことは教えてやるからな」

「はーい」

「まーサーニャは素質ありそうだし、もしかしたら魔女になれるかもなー?」

黒い影、つまりナイトメアが笑う。サーニャとも楽しげに会話をしている様子が、今ではハッキリ見えているため、違和感はない。

そして、いつもの森の抜けた先にあったのは、いつも見ていた屋敷と畑など以外には全く何もない場所…ではなく、見たこともない物がたくさんそこにいた。これが、今までサーニャが見てきた世界なのだろう。

「驚いたか?」

「は、はい。俺、今までここにいたんですよね?今日だけ、いっぱいいるとかじゃないですよね?」

「いつもと変わらないよ。すごいよね!」

「うん…すごい」

動物でもないほのかに光るそれらは、月明かりに照らされ美しかった。


それから数日、毎日通っていたのだが、その日、カラムの屋敷の前に男が立っていた。一瞬、村のことを思い出し足を止めたが、男はシルヴァに気がつくと、笑顔で手を振ってきた。それを見て、止まりそうになった足を進め、男に近づけば、男は変わらない笑顔で

「君、確か、最近よくここに入っていくよね?」

「は、はい」

「なら、カラムさんに腕の調子がとてもいいって伝えてくれるかな?本当の腕みたいで、生活が楽しいよ!って」

「…はい!ちゃんと伝えます!」

本当に嬉しそうな男に、シルヴァも笑顔で答え門をくぐる。すると、今日はメイドではなく、双子が現れた。

「今日も来ると思ったヨ!」

「なんだか、元気だネ!」

「私たちも楽しいヨ!」

笑いながら、二人で腕を組み踊りだしたリリのスカートが少しめくれ、膝が見えた。そこには、人間の関節とは違う、球体の何かが埋め込まれていた。

「シルヴァ様。ようこそいらっしゃいました」

メイドが遅れながらもやってくると、恭しく頭を下げた。

「書庫にご案内――」

「あ!あの!カラムさんに会いたいんですけど、大丈夫ですか?」

「今、主人は作業をしてらっしゃいます。工房へご案内いたしましょうか?」

「邪魔にならないんでしたら…できれば、すぐに言いたいことがあるので」

「かしこまりました。こちらです」

メイドは工房と呼ばれた部屋まで来ると、部屋をノックし、しばらく経ってから返事もないがドアを開けた。

「どうぞ。主人は奥にいらっしゃいます」

「え…大丈夫なんですか?」

「はい」

即答されるほどなのだ。大丈夫なのだろうと、部屋に入り、すぐに目に入った所狭しと並ぶそれら。

「うわぁあああああ!!!」

何かのオブジェかとも思ったそれは、手足だった。

「おう。何かようか?書庫なら勝手に入っていいっていったろ?」

先程の叫びは全く気にしてないのか、奥の方で、腕の形を整えているカラムが聞いてくる。

「い、いや、あの…さっき、男の人がカラムさんにお礼を言っておいて欲しいって…本物の腕みたいだって」

「あぁ…そうか。魔女に頼めば、本物の腕をくっつけてくれたぞって、今度会ったら言い返しておいてくれ」

今度会うことなどない気がするし、会ってもそんなこと断じて言わないが、頷いておき、気になっていた周りのそれのことを聞いた。

「…あの、これって」

「美しいだろ?」

愛しい我が子を見るように、義手や義足を見るカラムに従い、それらを見れば、確かに関節を除けば美しい本物の腕や足のようではあった。

「完璧な美しさだ。これこそ、究極の美!中身なんていらない。フォルムこそが、至上だ」

なんとも言えないカミングアウトに、何も言わずにいればカラムは少し困ったように笑い

「黙秘は悲しいな。遠慮するな。シルヴァは外見派か中身派か。どっちだ?」

「え゛…」

「ほら、言ってみろ。黙ってたら、話を全く聞かない話し合いでもつまらないだろ」

「話聞かないんですか!?」

「エリザとは根本的に好みが合わん!外見さえ美しければ、中身などどうでもいい!!」

「それは最低です!」

「じゃあ、お前は中身か?」

「え…うーん…平均的な感じが…」

「両方の完璧な美しさか!」

「完璧じゃなくて…!!普通に優しければ…」

「ただの願いだ。そんなさみしいことを言うな。どうせ、願いなど2割も叶わないからな。どうせなら、でかい夢で大きな割合にしてしおうじゃないか」

不敵な笑みを漏らすカラムに、シルヴァは先程のリリの足のことを思い出した。

「あの」

「ん?」

「リリの足って…」

今まで義手の調整をしていたカラムは突然顔を上げると、とても嬉しそうな笑顔で

「美しいだろ!?」

その大きな反応に、困ったように視線を逸らすと、目に入った義足。

「これなんですか?」

「あぁ。そうだ」

「…こんなに平和なのに」

義足や義足が必要になる人が、これほどいるとは思えない。もちろんストックもあるのだろうが、それでも多い。リリの足もそうだと思っていたのだが、カラムは驚いたようにシルヴァを見た後、顎に手を当てるとなんとも言えない表情をした。

「そうか…お前には教えてなかったか」

「?」

「この家にいる人間は俺だけだ」

「…え?」

ララ、リリにメイドもこの家には確かに人はいる。だというのに、カラムはいないと言い切ったのだ。

「だから、人間は俺だけなんだよ。あとは全員、人形だ」

「…う、嘘ですよね?」

「本当だよ。俺は、完璧な美しい世界を作るために人形師になったんだ」

シルヴァの視線はようやくそれを捉えた。カラムの座っている場所から、ほど近くに腕や足がない、胴だけの人形。だが、その胴の上には、とてもリアルな人間の眠った顔。

「人形たちだけが、この世に存在すれば、息をするのも億劫なくらいに美しいんだろうな」

愛おしそうにその人形に触れた。

「…でも、人形に心はありません」

その言葉に手を止めると、シルヴァの方をじっと見た。それには、怒りも批判もなくただただ納得したような目で

「確かにお前はエリザと同じだな」

そういうと、とても美しい心から笑った笑みで、


「俺には、心は必要ない。必要なのは、完璧な美しさをもった形だけだよ」


そう言い切った。

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