空の上から。
「京子さんにきちんとお渡ししましたよ」
見舞いに来た母から報告を受けた。
「そうですか。 ありがとうございます」
起きあがれず、横になったまま返事をした。
「今日はおかげん悪いの? 顔色が……」
「胸の痛みが取れなくて……。 呼吸もやっとです……」
急に胸の痛みが酷くなり、息もしずらく、人との会話も億劫になってきた。
「いよいよ。 でしょうか……」
「何を! そんな事言わないで下さい……」
涙はないが、掠れた声で母が言った。
「薬も意味を成しません。 この苦しみから解放されたい……」
僕の言葉に母が息を飲む。
この苦しみから逃れたい。母としても楽にしてあげたいと思うのだろう。
「皆をよびましょう……」
小さな声で言った。
今生の別れの為に、家族を呼ぶと言うのだ。
僕の覚悟はもうできている。後は天に任せるのみ。
櫛は彼女の手に渡った。ならば早くその姿を見たい。
死にゆく者の言葉ではないか……。
何だか可笑しくなってしまった。
「お母さん帰りますね……。 また来ますよ。 気を確かに持って……」
病室を去る母を見送った。
今度で恐らく最期であろう。いや、それまでもつか。
医者から薬を出され、それを飲む。
しかし、胸の痛みは増すばかりであり、効果等ない。
眠っているのか、起きているのかさえ分からなくなりつつあり、家族が呼ばれたらしい。
「強さん! 気を確かに! 逝っては駄目よ」
「しっかりしろ! おい!」
家族が僕を呼声が、病室に響き渡る。
手を伸ばせば誰かが僕の手を掴む。
「父さん……。 母さん……」
呼吸が荒くなり、上手く言葉が出ない。
京子さん……。名前を呼んで手に触れたい。
最期まで触れる事はできなかった。
約束を守れなかった。
けれど今から会いに行きます。
貴女の姿をこの目でみたい。例え触れる事ができなくとも。
空の上から見守りたい……。
「ありがとう……ございました……」
薄れゆく意識の中、皆が名前を呼ぶ。
泣き崩れ、僕にすがる……。
どうか悲しまないで下さい。幸せな日々でした。
ありがとう。この世に生まれた事に感謝します。
不思議と身体が軽くなり、胸の痛みも取れていた。
見上げれば、眩い光が見える。温かそうな優しい光。
僕は上へ上へと泳ぐ様に登って行った。
皆の呼ぶ声が微かに聴こえる。しかしもう苦しむのは嫌だ。
この光の中に安らぎがあるのだろうか。
この光の先に彼女が居るのだろうか。
柔らかな光に包まれ、心地よい。
空の上から丘を見下ろす。
空の上から彼女を見守る。
自由な僕の細やかな願いが叶った。




