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この空から丘を見つめて  作者: 七草せり
2/7

約束を胸に。

翌朝になり、彼女の父親が見舞いにやって来た。

組長である我が家の息子が怪我をしたとなれば、親戚や近所が見舞いに来る。


小さな街の大きな出来事であろう。


ほんの少し、彼女の父親と面会をした。


「いやいや、驚きました。 おかげんはどうですかな? うちの者達も心配しております。 早く良くなるといいですな」


客間に通された父親は、出されたお茶を飲みながら、建前の挨拶をした。


細身で神経質なうちの父とは違い、愛嬌がある。

近所を代表して様子を見に来たのだ。

見舞いの品である粗末な果物を自分の横に置き、まずは挨拶をする。

それから母に見舞いの品を手渡した。


「まあまあ、 申し訳ありません。 お気遣い頂いて。 大した怪我でないのに」


「いえ、 大事なお方です。 皆も心配しておりました。 お元気そうなお顔を拝見でき良かったです。 ですがくれぐれもご無理なさらぬ様に」


そういい残し帰って行った。


「物が不足しているのに。 悪い事させたわね。 早く治して安心させなさい」


「分かっています」


彼女も気にしてくれているだろうか。

そんな事を考えた。



怪我自体大した事はない。直ぐに治るだろう

しかし、気掛かりが一つあった。


先日我が家に届いた出征命令。

怪我を理由に避けてはいたが、医者の見たては問題ないとの事。

良くなれば春には出征になるだろう。


急に届いた運命の分かれ道。

名誉ある事だが、やはり呪うは己の身体。


実戦勤務ではなく、実務勤務になる。

問題なくとも使い物にならないとの判断らしい。

ならば出征などしたくはない。


やはり生まれた時代がと思ってしまう。

国の為に戦えなければ、家の名に傷がつく。

自分の意思さえも通らない。


やり切れなさや、迷いが頭を巡る。

約束果たせなくとも。彼女に想いを届けたい。

現実に出征命令を目の前にして、歯止めがきかなくなった。


眠れぬ夜。一人家を抜け出した。

様々な思いが自制心を効かなくする。


夜空の月の下、丘に向かった。

懐かしさ残る丘の上。一人心を落ち着かせる。


ふと。人影に気が付いた。


先客がいたのか。あまり人が来ない場所なのに。


そっと近付き驚いた。


星を見上げる彼女の姿がそこにあったのだ。


おもむろに声をかけた。


彼女は恥ずかしそうに俯いた。


「寝付けなくて……」


僕の問いかけにそっと答えた。

やはりこの人しかいない。

しかし……。躊躇いもある。戦地に向かうのに、何を言えば良いのか。


星空を二人眺め、他愛ない話しをしながらも

、心の中は複雑だった。


「お怪我をされたそうで」


心配そうに気遣う彼女がとても愛しくなる。

言ってしまおうか。

しかし彼女の人生を縛りたくはない。


結局何も言えぬままであった。


しかしその翌日の晩も、彼女は丘にいた。


「二日も続けて……」


僕の言葉に彼女は寂しげな顔をした。


ああ。出征すると聞いたのか。


「国の為です。 仕方ありません」


頷く彼女。


戻れるか分からない。戦地に赴けば、内地勤務にしろ確信などない。


外地の方が名誉になるが、内地はさほどの名誉にもならない。

しかし、国の為。それは同じである。


揺れ動く己の心。しかしやはり彼女を前にしたら、思わね言葉が口をついた。


「待っていて下さい」


不確かな約束だが、精一杯の想いを告げた。


瞳を見開き驚く彼女だが、待っているといってくれた。

曖昧で、守れないかも知れない約束。

懐かしいこの場所で、新たな決意をした。



そして春の訪れと共に、僕は汽車に乗り込んだ。


桜花びら散る中、叶わぬやも知れぬ約束を胸にしまい。

互いに堪えるもの。

涙だけではない。 時代を選べず生を受け、逃れる事のできぬ運命に従う。


待っていて下さい。あの場所で。


交わした約束をそっと思い出した。

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