約束を胸に。
翌朝になり、彼女の父親が見舞いにやって来た。
組長である我が家の息子が怪我をしたとなれば、親戚や近所が見舞いに来る。
小さな街の大きな出来事であろう。
ほんの少し、彼女の父親と面会をした。
「いやいや、驚きました。 おかげんはどうですかな? うちの者達も心配しております。 早く良くなるといいですな」
客間に通された父親は、出されたお茶を飲みながら、建前の挨拶をした。
細身で神経質なうちの父とは違い、愛嬌がある。
近所を代表して様子を見に来たのだ。
見舞いの品である粗末な果物を自分の横に置き、まずは挨拶をする。
それから母に見舞いの品を手渡した。
「まあまあ、 申し訳ありません。 お気遣い頂いて。 大した怪我でないのに」
「いえ、 大事なお方です。 皆も心配しておりました。 お元気そうなお顔を拝見でき良かったです。 ですがくれぐれもご無理なさらぬ様に」
そういい残し帰って行った。
「物が不足しているのに。 悪い事させたわね。 早く治して安心させなさい」
「分かっています」
彼女も気にしてくれているだろうか。
そんな事を考えた。
怪我自体大した事はない。直ぐに治るだろう
。
しかし、気掛かりが一つあった。
先日我が家に届いた出征命令。
怪我を理由に避けてはいたが、医者の見たては問題ないとの事。
良くなれば春には出征になるだろう。
急に届いた運命の分かれ道。
名誉ある事だが、やはり呪うは己の身体。
実戦勤務ではなく、実務勤務になる。
問題なくとも使い物にならないとの判断らしい。
ならば出征などしたくはない。
やはり生まれた時代がと思ってしまう。
国の為に戦えなければ、家の名に傷がつく。
自分の意思さえも通らない。
やり切れなさや、迷いが頭を巡る。
約束果たせなくとも。彼女に想いを届けたい。
現実に出征命令を目の前にして、歯止めがきかなくなった。
眠れぬ夜。一人家を抜け出した。
様々な思いが自制心を効かなくする。
夜空の月の下、丘に向かった。
懐かしさ残る丘の上。一人心を落ち着かせる。
ふと。人影に気が付いた。
先客がいたのか。あまり人が来ない場所なのに。
そっと近付き驚いた。
星を見上げる彼女の姿がそこにあったのだ。
おもむろに声をかけた。
彼女は恥ずかしそうに俯いた。
「寝付けなくて……」
僕の問いかけにそっと答えた。
やはりこの人しかいない。
しかし……。躊躇いもある。戦地に向かうのに、何を言えば良いのか。
星空を二人眺め、他愛ない話しをしながらも
、心の中は複雑だった。
「お怪我をされたそうで」
心配そうに気遣う彼女がとても愛しくなる。
言ってしまおうか。
しかし彼女の人生を縛りたくはない。
結局何も言えぬままであった。
しかしその翌日の晩も、彼女は丘にいた。
「二日も続けて……」
僕の言葉に彼女は寂しげな顔をした。
ああ。出征すると聞いたのか。
「国の為です。 仕方ありません」
頷く彼女。
戻れるか分からない。戦地に赴けば、内地勤務にしろ確信などない。
外地の方が名誉になるが、内地はさほどの名誉にもならない。
しかし、国の為。それは同じである。
揺れ動く己の心。しかしやはり彼女を前にしたら、思わね言葉が口をついた。
「待っていて下さい」
不確かな約束だが、精一杯の想いを告げた。
瞳を見開き驚く彼女だが、待っているといってくれた。
曖昧で、守れないかも知れない約束。
懐かしいこの場所で、新たな決意をした。
そして春の訪れと共に、僕は汽車に乗り込んだ。
桜花びら散る中、叶わぬやも知れぬ約束を胸にしまい。
互いに堪えるもの。
涙だけではない。 時代を選べず生を受け、逃れる事のできぬ運命に従う。
待っていて下さい。あの場所で。
交わした約束をそっと思い出した。




