想いびと。
昭和二十年夏。戦争は終わった。
昭和十五年。二十歳を迎えた僕は、出征に向かう為の徴兵検査に合格。
後は命令を待つだけだった。
小さな田舎街に生まれ育った僕。七人兄妹の次男、瀬田強
商店を営む我が家。それなりに家柄も良い。
自分は馬力屋、馬を扱う商売をしている。
戦争下にあるが、至って平和の街。
二十歳の僕は、幼い頃よく遊んだ近所の娘に少なからず想いを寄せている。
しかし、家柄の違いや戦争があったりと何かと上手くいかない想いである。
もしも、違う時代に生まれていたら。
度々思ってはため息をついた。
もし終戦を迎えたら、この想いを伝えたい。
周りに何を言われようとも……。
「強さん? 貴方まだ馬力屋などやっているのですか? お兄さんはきちんと店を継ぎ、 立派に跡取りとして采配しているのに」
母の口癖である。
十以上歳の離れた兄は、 戦争から戻ると店を継いだ。
次男三男は、肩身が狭い。
だから商売を大きくして家を早く出たかった。
母の小言をするりとかわし、僕は外に出た。
田んぼ道ををふらふら歩いていると、向こう側から誰か歩いて来た。
「あっ」
すれ違い様発しられた声。
僕の思う人、今岡京子さんが恥ずかしそうに俯いた。
「久しぶりだね。 何処か行くの?」
久しぶりに見る幼馴染。僕の想う人に声をかけた。
幼い頃はよく遊んでいたが、最近めっきり会わなくなった。
美しい女性になっていたその人は、たどたどしい口調で 「ちょっと、 お使いに」 そう言った。
小さなな声で、呟く様に……。
勘違いならお笑いだが、見るからに僕を嫌がっていない。
頬を染め、俯くその人。意識しているのだろうか……。
自信過剰なのか。
少し立ち話をし、去って行った。
今すぐ走り、彼女の手を取りたい。
胸の奥に宿るやるせなさ。
時代さえ。それが突き刺さる。
「さて。 仕事に行かなくては」
振り切る様に歩き出した。
幼い頃は近所の丘でよく遊んだ。
活発なあの子は、柿の木に登ったりと、ともかく今とは違って元気な娘だった。
「懐かしいなぁ。 本当に」
夏の終わりの空は青く、懐かしさがこみ上げる。
「強。 徴兵検査を合格したのだから、 無理せず出征を待ちなさい。 国の為に戦う身体だ。 大切にしないとダメだぞ」
夕食のサンマを箸でつまむ僕に、父が酒を呑みながら言った。
「分かっています。 商売とは言え馬の扱いには気を付けます」
箸を茶碗に置いた。
家族で囲む平和な食卓。それさえも叶わなくなるのであろうか。
夕食後、部屋で本を読んでいた。月の綺麗な晩。
想うのはあの娘さん。
居た堪れなくなった僕は、馬に乗りたくなった。
月の綺麗な晩は、馬を走らせると気持ちがいい。嫌な事を忘れられる。
僕は馬小屋に行き、愛馬の手綱を取った。
土手沿いを駆け抜ける。早く早く。
風が頬を切る。
月夜の晩、丘まで走った。
戦争に行けばこんな気持ちで馬には乗れないだろう。
きっとやり切れない思いの中馬に乗るに違いない。
愛馬を撫でる手が震えた。
「生まれる時代は選べない……」
芝生に寝そべり星を眺める。
平和な夜。平和な日々。だけど確実に押し寄せる逆らえない運命。
抗っても、無駄な事だ。ならばせめてあの娘さんを……。
反対されたとしても、嫁に来て欲しいと。 唯一言。そう言いたい。
しかし戦争に行く僕に、そんな言葉を言う資格などない。
彼女の人生を巻き込んでしまう。
しかし彼女のあの顔が脳裏に浮かぶ。
恥ずかしそうに俯いたあの顔が。
僕と同じでいてくれているのか。
ふとそう思うのは、間違いではない。
確信めいた物が、僕には何故かあった。
「そろそろ戻ろう。 母君に叱られる」
再び馬を走らせた僕は、帰り道あやまって馬から落ちてしまった。
ほんの一瞬の気の緩みが、大変な結果を招く。
考え事をしながら馬を走らせる。そし体制を崩した僕の身体が宙を舞う。
気が付いたら地面に叩きつけられていた。
目を覚ますと、僕は病院にいた。
診察台に寝かされ、身動きが取れない。
「強! 気が付いたの? 良かった……。 お母さんを心配させないでくれよ。 でも無事で良かった……」
僕にすがり、泣く母。
家族も心配そうにしていた。
嫁に行った姉達も、駆け付けていて心配そうに声をかける。
「全く。 お母さんにご心労かけないで。 貴方一人の身ではないのだから」
この時代、若い男子の身体は大事にされる。
国の為の身体だから。
「すいません。 ご心配おかけして」
「暫くは家で安静にしていなさい。 今後馬はダメだ」
厳しい父の言葉に何も返せない。
己が悪いのだ。
自宅に帰った僕は、自室での静養を余儀無くされた。
戦火激しくなるにつれ、早い出征が求められたが、怪我をしてしまったら仕方ない。
近所にも話が行き渡り、家の周りは人が沢山いた。
彼女にも話が伝わったのだろうか。
無性に会いたくなる。
しかし、当面は無理だろう。これでは外にも出られない。
怪我自体大した事はないが、家の者の目がある。
ここは堪えるしかないな。
布団に潜り、彼女を思った。
ほんの少しの感情は、日に日に増していく。
だが、自分の運命がこの想いに蓋をする。
たった一言。
それを告げてもいいものか。
自問自答しながらの日々を過ごした。




