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大学のサークルでは不謹慎すぎると大バッシングを受けました。

でも、新聞や本を調べると、ありえないとも言えないんだよなあ。

海外でも……


 あなたの臓器は多くの人を救えるのです。


 女性のナレーションのあと、スクリーンに「終わり」の文字が写され、暗い部屋に蛍光灯の光が広がっていく。

 机に突っ伏して寝ていた生徒たちは伸びをして、姿勢をただした。


 担任の教師がスクリーンの前に立って生徒たちを見回した。

「みんな、今日配ったドナーカードとプリントを無くさないように。カードのどれに印をつけたか、またその理由を書いたプリントを明日提出だから忘れるなよ。では、今日の授業はこれまで!」


 ちなみにドナーカードには以下のことが書かれている。

『〈1、2、3、いずれかの番号を○で囲んでください。〉


1、私は脳死後および心臓が停止した死後のいずれでも、移植の為に臓器を提供します。

2、私は、心臓が停止した死後に限り、移植の為に臓器を提供します。

3、私は、臓器を提供しません。


〈1又は2を選んだ方で、提供したくない臓器があれば、×をつけてください。〉

    『心臓・肺・肝臓・腎臓・膵臓・小腸・眼球』

[特記欄:

署名年月日  :

本人署名(自筆):

家族署名(自筆):                                』


 こうして四限目の授業は終わった。


 高校。

 

 僕こと国枝言彦(くにえだことひこ)は幼馴染の久里夢白雪(ぐりむしらゆき)と食堂で昼食をとり終わり、雑談していた。


「面白いビデオだったな。息子は不治の病で人を救いたいからドナーカードを持とうとするのだけど、母親がそれを嫌がるところは興味深い場面だよな。強い望みであっても、死んだわが子の体にメスを入れられるのは嫌なのかな」

 僕の目の前にいる久里夢白雪は流れるような長い黒髪、整った顔立ちに雪のように白い肌と真っ赤な唇、まるで日本人形のように美しい女の子である。

 彼女は多くの男性に告白されるが、性格に問題があるのか長続きせず、告白してきた男のほうから振ることが多々あった。

 僕との関係はただの幼馴染であり、特に進展はしていない。


「そうかしら。すごく、一方的なビデオと私は感じたわ。母親を悪者のように映していたし、臓器移植そのものに反対する人たちの映像がひとつもないのよ」

 どうやら白雪はビデオが気に入らなかったようだ。

 しかし、息子の強い望みを拒絶する親は悪者とみられても仕方ないだろう。それを白雪は一方的な意見の押し付けに感じたのだろうか。


「臓器移植に反対する人たちってどんな人だ?」

「例えば、人の臓器を移植するのは神の意志に反すると考える宗教家。脳死とはいえ心臓が動いている状態の人から臓器を取るのは殺人であると考える人、意識がないとはいえ自分の体から臓器を取られるのを不快に感じると思う人もいるわ」


「ふーん、色んな考えがあるんだな。ところで、宿題のプリントはどう書く?」

「人に訊く時はまず自分からでしょ?」


「ああ、すまん。僕は一番に○をつけるよ。提供する臓器は全て。脳死の場合は命が助からないし、ほっとけば腐っちまってもったいないからな。それで多くの人の命が救われるなら救うべきだと僕は思う」

 なかなかカッコよく決まったと思った。

 白雪は卑しい人間が嫌いだ。彼女とはたまに地域清掃活動もするし、定期的に献血所にも行く。そして、彼女は学校はもちろん道端で困っている人がいれば必ず助ける。

 先ほどのセリフのように他人に親切なところをさりげなく見せておけば、彼女の僕に対する好感度も上がるだろう。


 だが、白雪は冷めた目で僕を見ていた。

(カッコつけすぎたか?)

「で、白雪はどう書くの?」


 実際、僕は白雪への好感度とは関係なく臓器を譲る気でいる。

 生きている間に譲れと言われれば、もしものことを考えて断る。

 二個ある臓器の片方を譲れば残りは一つになり、それが不調になれば僕の命が危うくなるし、家族や大切な人が必要になったときに譲ることができなくなるからだ。


 しかし、死後(脳死の場合は数日後に必ず死ぬ)であれば話は別だ。

 自分の命の心配をする意味がないし、いずれ臓器が機能しなくなってしまうから大切な人のためにと気を病む必要もない。誰かに譲ってそれで命が救われるならそれでいいと、僕は考えていた。


「実は私すでにドナーカードを持ってるのよ、言彦」

 白雪は財布から一枚のカードを取り出して僕に渡した。

 僕なんてドナーカードが十五歳から持てるなんて知らなかったのに、白雪は行動が早いな。

「へえ。臓器移植問題に関心があるなんて偉……」

 僕はそこで言葉を切った。

 白雪のカードは、三番の『私は、臓器を提供しません』に○がついていたのだ。

 ご丁寧に彼女の母親の署名まで付いている。


 あれ――?

 過去に、白雪は困っている人を助けないのは弱い人間である、と言い放ったことがある。

 その白雪が三番を選ぶのはすごく意外であった。

 ひょっとしたら変な宗教に入っているのかもしれない。


 僕にとって、輸血禁止、手術禁止、臓器を譲って火葬されれば来世で障害者になるなどといった『人を救うことで不幸になる』ことを教えるものは全て変な宗教である。

 近年では幼児が輸血しなければ死にいたるという状況で、宗教的理由でそれを拒否した母親がいた。結局は国が虐待であると認定して、親権が一時的に奪われて手術され幼児の命は助かった。


 成人した者が自らの意思で手術を拒否するならまだしも、自我が確立していない幼児に死を押し付けるのは酷である、と僕は感じた。

 生きるために宗教があり、宗教のために生きるのではない、と僕は思っている。


「言彦。私を卑しい人間だと思ってる?」

「……別にそんなこと思ってないよ。どんな意志を持とうが人の自由だろ。ただ、他人に親切な白雪が三番を選んだのはすごく驚いたよ。理由は宗教的か精神的のどっちだい?」

 できれば精神的であってほしかった。


「どちらでもないわ。これは自己防衛よ。殺されないための」

 僕と白雪の間の空気が凍る。


 周りの声がうるさくてよかった。こんな話聞かれたら僕まで変なやつのレッテルを張られてしまう。

 長年の付き合いでわかるが、これは冗談ではなさそうだ。

 こういうところがあるから、白雪と男は長続きしないのだろう。

 なぜか、僕と白雪の関係は長いが。


「白雪は脳死状態で心臓が動いているときに臓器をとるのを殺人と考えているのか?」

「そんな意味で言ったのじゃないわ」

 確かにそんな意味で言ったのなら、二番の心肺停止後に臓器を提供するに○をつけるだろう。

「じゃあ、あれか、『モラルハザード』ってやつか? 自分が死んでも他人が助かるといった安心感から殺されやすくなるのか?」


 モラルハザード。危険回避のための手段や仕組みを整備することにより、かえって人々の注意が散漫になり、危険や事故の発生確率が高まって規律が失われることを指す保険用語。

 火災保険に加入した人は未加入の人より、火事にあいやすいなどといった意味で使われる。


「精神的な理由ではないと言ったはずよ。殺される確率が上がるの」

「……確かに世の中には臓器を狙うやつがいる。ブローカーってやつだな。主に発展途上国の貧しい人から臓器を買い叩いて、他国の金持ちに高く売っている。日本にもそいつらがいて、臓器のために人を殺すかもしれない。けど、ドナーカードに何を記入したかが殺される確率に関係はしないだろう」


「殺すのはブローカーじゃない、医者よ」

「……意味がわからん。どうして医者のような勝ち組が人を殺すリスクを負わなければならないのだ」


「例をあげるわ、言彦。ある医者の愛する妻は腎臓が二つとも機能しなくなり近いうちに死ぬ。そんなときに急患が運ばれてきた。身元確認のために財布を覗いたらドナーカードが出てきて臓器はすべて譲ってくれるようだ。患者の状態は悪く医者が奮闘しなければ死ぬ、逆にいえば少し手を抜いて死んでしまっても誰も疑問に思わない状況。

 言彦、あなたなら愛する人と赤の他人、どちらを助ける?」

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