4.祭りの前の日
結局兄は、作法の先生が呼びに来たので連れて行かれました。お式の前に覚えることがまだまだあります、だそうです。
おそらくは、いらっときてつい口にした暴言に、あの兄が食いついたというだけのことでしょう。殊更冷静に考えなくても、普通に考えて、式の主役が前日に油を売っていて良い訳はないのです。
「マール様。
陛下が、夕食後になら時間が取られるとおっしゃっておいででしたよ」
作法の先生は本当に物腰が美しく、そんなかたの口から自分への敬意が表明されると、少し困ってしまいます。立場としては確かに王位継承権第二位、その地位に対して敬意が表されるのだと理解はできます。理解はできますが、どうにも、私には納得ができないのです。
「分かりました。ありがとうございます、先生」
兄はあの先生の爪の垢でも煎じて飲ませていただけばよいのです。
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兄が去れば、私の読書の邪魔をするものはありません。
私には騎士はいません。本来ならば、王族が名を見出すということはそれだけで、ひとつのお祭りになるくらいのことなのですが、何せ私は見出した名前が名前でした。祝福するにできないまま、その名をどのように扱えばよいのか、ということに結論が出るまで、足掛け5年が経ちました。常ならば、王族は名を見出すと、それを祝福して騎士が付きます。私はその時期を逸してしまい、この年まで来てしまいました。ごまかしのように、本名と呼び名を並び立たせてお茶を濁すことになりましたが、それにしたって万人の理解を得られたわけではないのです。
そんなわけで、私の周りには誰もいません。このまま読書を続けてもよかったのですが、何となく気が削がれてしまったため、私は修練場に向かうことにしました。作法の先生のあの様子では、おそらく兄の機嫌を取りながらの授業になるはずですから、今の時間ですし、修練場は無人のはずです。
中庭をあとに、私は歩き出しました。もちろん本は胸に抱いたまま。
城内はどこもかしこも忙しそうでしたので、城のぐるりを周ることにします。小柄な私ですから、道なき道も行くことができます。きっと、誰かに見られたら大目玉を食らうでしょうけれども、慣れた道です。ましてや今日は忙しい、祭りの前の日。誰にも見咎められることもなく、修練場に辿り着きました。
するとそこには先客がありました。