3.兄というひと
「マール」
呼ばれ、私は読んでいた本から顔をあげました。
「‥‥兄君」
兄が駆けて来るところでした。その後ろから、さりげなく着いてくるのは兄の騎士をやっている壮年の男性です。兄が名を見出した6歳のころから付き従っている彼は、今日も無表情で存在感を覚えさせません。
「今日も勉強か?偉いな」
そう言って、本を取り上げようとするので、私はその手を避けました。おそらくまた時間つぶしに付き合ってほしいのでしょう、兄は感情表現が素直です。こんなままで王を継いでいいのか、たまに真剣に悩みます。本人はそのようなことは感じていないようですが。
案の定、つまらなそうに唇を尖らせました。
「マールは優秀なんだから、そこまで頑張らなくてもいいだろう?」
溜息が出ます。この国は大丈夫なのでしょうか。
「優秀とか優秀じゃないとか、」
言いながら立ち上がります。下にハンカチーフを敷いていたので服は汚れていませんが、なんとなく払います。
「そういう問題じゃないのですよ、兄君」
流石に、兄が子供だと言っても私も10歳の小娘、どうしたって見上げることになりますが、それでも座り込んでいるのを見下ろされるよりはましです。兄に威圧感は皆無ですし。
「それにしてもどうしたのですか?明日は15歳の誕生日、成人の儀の準備があるのではないのですか?」
本を腕に抱えて首を傾げて見せました。
「‥‥準備は、あとはやっておいてくれるってさ。僕は明日転ばなきゃいいだけだ、と言われた」
「つまり邪魔にされたのですね」
ずばりと言ったところでこの兄はへこたれない。その打たれ強さだけは認めてもいい、と思います。単に鈍いだけとも言いますが。
「立太子の儀の演武も、グリエタが合わせてくれるって言うし」
無表情のグリエタ、兄の騎士が、無表情のままちょっと首をひきました。頷いたようです。
「‥‥兄君はもう少し、向上心を持つべきだと思いますね」
本当に、こんなのが皇太子となりいずれ国王になって、この国は立ち行くのでしょうかね?