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宵闇の騎士  作者:
第2部
21/59

20.秘め事

 夜半。


 結論を言えば、私はまだ鍵板(かぎばん)を手にしたままです。


 普段使いのドレスは、細かな収納が私の手によって作られていますので、手のひら大の板くらい、持ち歩くのは簡単です。もちろん夕食の際もその後も、機会があれば父の部屋に忍び込んで返して来ようとは思っていたのですが、生憎とそのような機会には恵まれず。というより、そういえば私、この鍵板を父がどこに仕舞っていたのか知らないことを今思い出しましたよ。忍び込む前でよかったです。今度兄に訊いておきましょう。あるいは、素直に父に謝り出るか、ですね。


 いつも通り夕食を皆で摂り、自室へ戻る前に鍛錬をしようと、私は歩いておりました。


「‥‥」


「‥‥――‥‥」


 夜というのは存外音が通るものです。それはひそめられた声であっても、思うよりも届きます。まして私は普段から、魔力を併用して身の周りに注意していますし、だから多分、気付いたのは私だけかもしれません。


「‥‥迂闊な」


 ぼそりと呟きました。そして、中庭へ歩を進めます。


 明りの落とされた中庭は、確かに忍ぶには好都合でしょうね。そういえばはじめて二人の並びを見たのもこの場所でした、ここまでくると、ほかの人間も分かっていて見逃しているのではないかと邪推します。


 私はいらいらと、それでも常日頃からの鍛錬のおかげで足音を立てず、近付いていきました。


 ふと、何故出歯亀のようなことをしているのだろうと思いました。だって私は声から、それがどの二人なのか分かっているのです。そしてそれをまた目にしてしまえば、平静を乱されることも分かっているのです。すでに冷静ではありませんが、何も、より嫌な思いをしに行くことはないではありませんか。


 脚が鈍りました。何を確かめに行くというのでしょう。分かり切っているのに。


 そのまま(きびす)を返せばよかった。立ち止まってしまった私の耳に、存外はっきりと会話が聞こえました。


「‥‥いけません、――‥‥」


「‥‥クエント‥‥今だけでいいの、今だけで‥‥」


 今だけじゃないでしょう!


「‥‥っ」


 一拍遅れて、駆け出しました。


 どうしてこれほど心が苦くなるのか分からない。だって私は昔から分かっていたはず。知っているはずのことを眼前にさらされただけ、なのにどうしてこんなに乱れるのか。


 千々に乱れた心を持て余し、それでも私は静かに走りました。気付かれても気まずいのはあちらだと思いますが、おそらく気付かれてはいないと思います。


 中庭で忍んでいたのは、母と母の騎士と呼ばれる男でした。

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