19.封印は開かなかった
素手ではいくら叩いてもひっかいても撫でさすっても、鍵板は外れませんでした。兄が情けないほどに必死になってまいりましたので、はしたないとは思いながらも、服の下から取り出したナイフでこじ開けて、なんとか外すことができました。
ナイフは常備です。流石にドレスに長剣はありえないので、隠すことのできる投げナイフくらいは持たせておいていただきたいのです。淑女のたしなみからは程遠いことくらい分かっています。
「それでは帰りますよ兄殿下」
「えぇー」
すかさず不平を口にした兄を睥睨します。
「子供ですか貴方は。開かなかったら帰るのでしょう、また外れなくなったらどうするのです?」
もう一度、と、兄が鍵板を壁面に近付けるのを阻止したのは私ではなく、彼の騎士でした。そのまま鍵板は私が預かりました。
「あ、こういうのどうだろう」
遊び足りないのか、まぁ確かに鍵板をはめてしまったのも外したのも私ですしそれ以外に何事も起こりませんでしたし、はしゃぎ足りないのでしょうけれども、思いついたような兄の言葉など、真面目に聞く価値はありません。
「今ので鍵穴が開いたんだから、次は合う鍵を捜すんだとか」
「‥‥鍵穴が開いたんだったらその鍵が合うのではないのですか」
真面目に聞く価値はないのですが、ついつい相手をしてしまう私は甘いのでしょうね。たとえ応えが冷たくても。兄のようなひとには無視されることのほうが堪えるというのは、なんとなく分かるのですが、放ってはおけない私はやはり甘いのでしょう。
「えーっと、それなら――」
「もういいから帰りますよ。これ、返さなければならないのでしょう?」
「えぇー。一晩くらい大丈夫だって!多分!」
「明日は休みじゃないのでしょう?」
それに大丈夫な根拠はどこにあるというのでしょうねまったく。
それ以降もなんだかんだと言っては足の鈍い兄を急き立てて、その日は城に帰りました。自室に戻り夕食前に着替えをしようとして、鍵板を私が持って来てしまっていることに気付き、何やら脱力しました。これ、私が戻さなければならないのでしょうか‥‥でしょうね‥‥
何故私が兄の尻拭いなどしているのでしょうね。
はなはだ疑問ですが、今更兄に任せるほうが余程不安なので、まぁ、動くことにいたしましょうか。




