1.おとぎ話≒昔話
私はマールと呼ばれています。
私の魂が叫ぶ私の名は、違うのだけれど、その名は忌み名と同じなので誰にも呼ばれず、だから私はマールと呼ばれています。
かつてこの大陸に君臨した唯一の国、最早名前も忘れ去られ、一の国と仮に呼ばれる古代の王国。その最後の罪人の名と、同じ名前が私には刻まれているのです。
******************************************
一の国。それは王国で、一人の王が治めていました。大陸一つをたった一人で治めることは、それはそれは難しい事でしたので、諸侯も数多くありました。男爵位を持つ者は数多く、子爵もそれなりの数、侯爵・伯爵ともなれば指折り数えられる程度。そして、公爵位ともなれば、これは文献によって4とも6とも言われていますが、数人。それぞれの思惑を持って、国を治めておりました。
一の国。その最後の国王には、一人の娘がありました。その名も歴史のはざまに消えてしまったその姫は、比類ない美しさ。国中の男という男は、姫に懸想しました。
一の国。その最後の一の姫、彼女を得られた男には、次の王位が約束されました。今となっては果たされない約束の地位、けれど当時、国一番の美貌の姫と、国一番の位を得るためならば、何をも辞さない男たちが数多くいたのは確かなこと。
一の国。その最後の国王は、暗愚ではなかったでしょう。けれども凡庸に過ぎました、彼の国王には、姫を得んとする諸侯の争いを止められなかった。我を王にと求められても、彼には何も決められなかった。
一の国。その最後の一の姫、彼女が成人を迎える15の誕生日、その時には婚約者が発表されることとなっておりました。けれど最後の国王は、その前日までも決められなかった。そしてそれを姫も知ってしまっておりました。
一の国。その最後の一の姫、彼女は嘆きに嘆きました。王城の四隅に立つ尖塔、そこは本来ひとが立ち入る場ではありませんでした、けれど彼女は登り詰め、そこで己の無力を嘆いたと言います。
一の国。その最後の一の姫、彼女の成人の誕生日、けれどその日姫は姿を消しました。最後に目にされたのは、いつものように尖塔に登っていく姿。降りる姿はありませんでした。
一の国。その最後の一の姫、彼女が消えた同じその日に、人々の前から姿を消した者がありました。その者こそ宵闇のエンと呼ばれる、一の国最後の最大の罪人。宵闇のエンは魔法使いでありました。大陸一の魔を操り、その力で持って姫を奪ったのだろうと人々は噂しました。
一の国。けれど国は消えました。真実は歴史の彼方、現代の誰にも知ることはできないのです。
ただ、一の国の最後には一人の美しい姫がいて、姫と共に姿を消した魔法使いがあったことだけは確かだということ。そしてまた、魔法使いは呪いを残して消えたのだと言いますが、呪いの詳細も、今では知るひとはない。