9.父と娘③
言いたいことを言い、退出しようと礼をした私は、けれど父に呼び止められました。呟かれた他人の名でもって。
「――アデランテ・カミノ」
「‥‥隣国カミナンドの皇太子様が、どうしました?」
そういえば、招待客の中にその名があったかもしれません。と思い、その意味を考えて、予感はしたのです。
「‥‥お前が将来嫁ぐ相手だ」
成程。それを告げねばならないから、この忙しい日に時間を取ってくださったのですね。私は深く納得しました。納得しましたが、ひとつだけ、これだけは訊いておかなければなりません。
「‥‥それは、いつなのですか」
これが明日だと言われてしまえば、私は絶望したことでしょう。隣国の皇太子に嫁ぐということは、つまり、この国を去らねばならないことだから。流石に成人前の娘を人質に出さねばならないほど困窮はしていないと思いますが、だから約束だけなのでしょうけれど。
だから、父が告げた言葉に、安堵しました。深く深く安堵しました。
「‥‥あれが、妃を迎えてからになろうな」
「‥‥兄君が‥‥そうですか‥‥」
兄の婚約者は確か私より1つ2つ年上だったはず、そして彼女は同盟国の姫君ですから、やはり成人前に連れてくるわけにはいかず、ということは、最短3年最長でもあと10年、この国にいられることになる。
それだけあれば、私は目的を果たすでしょう。
果たさなければならないのです。
「嫁いだ先では勝手なことは許されんぞ」
それは遠回しな甘やかしですね。
「仰せのままに、父陛下」
だから私は笑顔で父に礼をしました。
最短であと3年。それがタイムリミット。それが分かったのは僥倖でしょう。
そして私は決意を新たにしたのです。父は相変わらず、苦み走った表情でしたが。




