プロローグ
例え何を敵に回そうとも、守ろうと決めていたのだ。
「わが姫」
空高くそびえる尖塔の頂上、見渡す限り青空しか見えないその場所で、闇色のその人は己の姫と向き合っていた。
頭髪も瞳も、まとうものも全て、宵闇の色を宿していた。
対する姫は、黄金の長い髪と、今日の空を映したかのような瞳を持っていた。姫、と聞いて大方のひとが想像するようなきらびやかさとは無縁だが、仕立ての良いドレスをまとっていた。
荒れ狂う風の音、けれど尖塔の上に立つ2人の周りは穏やかなものだった。
「わが姫、願ってください」
「‥‥分かっているの」
美しい、よりは可愛らしいと表現されることのほうが多い、そんな姫の表情はけれど悲痛で、鈴のようなと表現される声は、か細く絞り出すかのようだった。
「分かっているの‥‥エン、分かっているの、わたしにだって‥‥」
「私は貴女の騎士です、わが姫」
だから願って。
例え何を敵に回そうと、貴女の願いを叶えるから。
誰の怒りも怖くない。貴女の涙ほどには、闇色のエンにとって痛手とはなりえない。
かつて飽きるほど繰り返したそれは、事実。
「わたしは‥‥
争いの元になるのなら、災いの元となるのなら、こんなわたしなんて――」
それがただ逃げることだとしても。
全ての責任から逃れることだとしても。
「‥‥分かっています、わが姫‥‥」
貴女の憂いはこの私が、絶ってみせましょう。
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その日、大陸唯一の国の、唯一の姫が、消えた。
同時に、常にその傍に控えた、闇色の魔法使いもその姿を見せなくなった。
国は分裂し、新たに建ち、争い、併合し、消えては生まれ――
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それから数百年後、かつての首都だったところに興った小国から、物語は動き始める。