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どうしても聴きたくて

作者: 高橋拓郎

重いドアの取っ手に手をかける。

2重になっているドア。

その一つ目を開け、少し歩みを進める。

「バタン」

閉まった音がする。

前のドアの向こうから、かすかにピアノを演奏する音が聞こえる。

その音が止んだかと思うと、すぐに大きな拍手が襲った。

その拍手も終わり、アナウンスが入る。

『次の奏者は村上李奈さんです。曲はフォーレでシチリアーノ』

それを聞いて、俺はもう1つのドアを開けた。


そのホールはかなり広く、音響もよさそうだった。俺もドラムをやっているので何度かこういうところで演奏している。だからなんとなくだけれど分かるのだ。

1000人は入りそうな大ホールの席はほぼ満席だった。なんだかすごい発表会だ。

俺は一番後ろの通路の端に移動し、壁にもたりかかる。

下手から、彼女が姿を現した。

学校でいつも見る李奈とは別人のようだった。薄く化粧をして普段は絶対に着ないような洋服だけど、本当に綺麗だった。こんなに遠くても、その表情から強い緊張が読み取れる。ステージの真ん中へと進み、そこで軽く礼をする。その仕草も、なんだか俺には懐かしかった。

ステージ上は李奈1人だけ。

ピアノのイスを引く音が、静まり返ったホールに響く。

シチリアーノ。1年とちょっと前、別れる2ヶ月前くらいに始めた曲だ。


『最近はどんな曲やってるの?』

『今は選曲してるところだよ。なかなか決められなくて』

『そうなの?なら丁度良かった』

『え?』

『この曲。やって欲しいの』

俺はそう言ってipodを李奈に渡した。

『誰の何て曲??』

耳にイヤホンを入れながら、聞いてきた。その仕草までなんだかかわいらしい。思わず目線を反らしたくなる。

『フォーレのシチリアーノ』

『シチリアーノ?フォーレは知ってるけどシチリアーノなんて曲あったんだ』

『俺が好きなんだ。李奈が弾くシチリアーノを聴いてみたくて』

『そっかぁ☆』

そう言って、曲を再生する。すぐに李奈の表情が引き締まった。曲の雰囲気や音の奏で方、それらを考えているようだった。俺には到底できない。なんてったって両手で弾けないもん。

『難しいね…私が今までやった曲よりも全然難しい…』

『そっかぁ…無理かな』

『ううん』

『…ん?』

『私、頑張る』

『えっ…』

『絶対にこの曲やってみせるよ!いつになるかは分からないけどよりも、その時は見に来てね?』

『もちろん!ありがとう』


それからすぐに別れてしまった。その約束を李奈が覚えているかは分からないけど、俺はこの時をずっと待っていた。実は、李奈が通っている音楽教室の先生は、俺が通ってる教室も掛け持ちしているのだ。だから、いつこの曲をやるか毎回聞くことができた。

イスに座り、李奈が下を向いた。多分、目を閉じて集中しているのだろう。

それが10秒程。

そして。

ゆっくり、そして優しくその曲は始まった。

始めはのんびりと、そこからリズミカルになっていく。思わず聴き入ってしまった。よっぽど練習したのだろう。いつもipodで聞く曲の雰囲気とはまた違った感じがする。より滑らかな、ホール全体を包み込むような。どんなに有名なピアニストでも、こんな雰囲気は作り出せないだろう。

それは弾いているのが自分が好きな人だからなのか、それとも今このホールにいる人すべてが感じているのか。それは分からないけれど、すくなくとも弾いている本人が楽しんでいるのは誰でも分かった。李奈は優しい笑顔で、本当に楽しそうなのだ。

俺はずっと李奈を見つめていた。

1年間。ほとんど口を利いてくれなかった。

廊下ですれ違った時、一瞬だけど目が合ったように思った。

でもそれはきっと俺の勘違いで、約束のことなんてもうすっかり忘れてしまっているんだと思っていた。

でも。

李奈は、約束を覚えていてくれた。

俺がリクエストした、シチリアーノ。

俺と別れたなら止めてもいいものを。

いや、普通なら止めるのに。

1年間も、ずっと練習していた。

あれだけ難しいと言っていたシチリアーノを。

李奈…

ありがとう。

丁度そう心の中で言った時、李奈の演奏が終わった。

ミスをすることなく、すべてを順調に演奏し切った。

1年間の練習の成果だな。

またステージの真ん中に立つ。

すこしざわついた会場がまた静まる。

そこで李奈はふと誰かを探すような動きをした。

客席全体を見回すような。

まさか・・・

俺はそこから少しだけ動いてみた。

一番後ろの真ん中へ。

動いている人がいれば、目立つはずだ。

そして、案の定。

李奈は、こちらを見て動きを止めた。

遠くて分かりづらいが、目と目が合ったように見えた。

そこで、さっきよりも深く深く、お辞儀をした。

会場から盛大な拍手が李奈へと送られる。

拍手をする中、俺の頬に一粒の涙が流れた。

俺自身も知らない間に。

そしてそれは止めることができずに、次々に流れてゆく。

声だけは出さないように、必死でこらえた。

李奈が上手へと消えていった。

誰もいなくなったステージ。

俺はその時、心に決めた。

俺はまだ、李奈が好きだ。

それも前以上に。どうしようもないくらい。

でも、それは絶対に李奈には伝えられない。

あいつにはあいつの人生があって。

もう1度でも俺がそれに入ってしまえば、また李奈を苦しめてしまうだろう。

そんなことは絶対にしたくない。そして俺の知らない間に傷付けてしまいそうで怖い。

そんな色んな思いが交錯した。

李奈には伝えられない。

ずっと。

俺は俺の人生を進んでいくしかないしね。

でも、影から応援しているから。

なんども心の中でそう言って、俺はホールを出た。

その瞬間、思わず足を止めてしまった。

『も、もう出てきたの・・・?』

さっき演奏を終えたばかりの李奈がいたのだ。

『走ってきたから、ね』

確かに李奈は息を荒げていた。肩で息をしている。

『なんでわざわざ?』

『覚えてくれてたんだ。あの約束のこと』

もちろん。1年間、一度も忘れたことは無かった。

そう言いたかったけれど、出来たのは首を縦に振ることだけだった。

『あたし、いくら練習しても最後まで出来なくて・・・悔しかったけど、1年間ずっと頑張ってきたの』

『いつか発表会でやろうって。絶対にやり遂げて見せるって。今日、一回も間違えずに出来て本当によかった』

1年振りの李奈の笑顔。何かが吹っ切れたような表情が読み取れた。

『見に来てくれて・・・本当にありがとう』

『ううん。俺が頼んだ曲だもん。ここで会うのは計算外だったけどね』

『そっか・・・(笑)』

『・・・』

そのまま、気まずい雰囲気が漂った。

李奈は手を下げたところでもじもじしている。

『あのさ』

2人の声が重なった。

『・・・いいよ』

これも、重なった。

『また今度にしよう。まだ忙しいだろうし』

『・・・うん。じゃぁ、また今度ね』

『うん。じゃあね』

そう言い残して、李奈は楽屋へと降りていった。

くっそ・・・。

なぜだかは分からないけれど、そう言いたくなった。

李奈が誰を好きなのかは知らないし、それに俺のことをどう思っているかは知る由もない。

でも、どう思っていようと俺は李奈が好きだ。

心から。

伝えられなくてもいいや。

その気持ちを再確認して、会場を出た。

しばらく大通り沿いを歩いていく。

そして横断歩道の信号が青になったことを確認して、渡り始める。

しかし、すぐに何かがおかしいことに気が付いた。

右側で、トラックのエンジン音が聞こえる。

その音はどんどん近付いてきていて、その回転数もどんどん上がっている。

右側から、光りが迫ってくる。

俺の周りを明るく照らした。

右側を向く。


その顔の目の前に、トラックの頭にあるメーカーのマークが見えた。


こんにちは。高橋拓郎です。


今回の作品も、ぱっと書いてしまったものです。

ですが、今回は詳しく書きません。


どんなことがあったのか、

みなさん自身によって様々なストーリーを

描いて欲しいと思います。


では。

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