第4話 実力
お久しぶりです。
万条院らしき女の勝負が決まったあと、ついに悪い意味で待ち望んだヴァールの出る決勝が巡ってきた。
俺とレイは控え室で並んでイスに腰掛け、万条院(?)は特に興味もなさげに水を飲んでいる。ウィンストンは柱にもたれかかって俺たち同じくモニターをじっと見ている……んだと思う。目深に被ったフードのせいで目線が見えないのだ。
『始』
エルの合図とともにヴァールが相手へと突撃をかけた。
ヴァールの得物はモーニングスター――トゲのついた鉄球で、鎖をもって振り回す――、に対し相手の得物は拳銃。これは相手の方が圧倒的に不利だ。現に銃士の男は押されている。
飛来したモーニングスターの軌道を銃弾で逸らそうとしているようだが、あれでは無理だ。せめてショウの持つバズーカあたりならできただろうが、拳銃ならいくら撃っても弾の無駄にしかならない。
苦労の甲斐なくモーニングスターは男の腹に直撃。吐血してやがる……大丈夫か?
腹を押さえて蹲っている銃士の男を、ヴァールは意地の悪い顔で見下ろしている。完全にありゃあ弄ぼうとしているな。やがてヴァールはモーニングスターを勢いよく頭上に振り上げてぐるぐる回し始めた。……おそらく、横殴りに叩きつけるつもりだろう。
「おいっ……流石にアレは死ぬだろ……!?」
レイが険しい顔で呟く。どうやら同じことを考えていたらしい。
あの状態でかなり中身の詰まったモーニングスターをぶつけたら、ただでは済まない。しかもまわしていることから遠心力も効いているだろう。流血沙汰どころではない。
俺とレイでハラハラしつつ見ていると、不意にエルの凛とした声が響いた。
『実習生昇格試験、勝者ヴァール・ヴァテット。早々に武器を退け』
「「『!!』」」
いつも通りのどこか気だるそうな声。司会は理解したのかすかさず先程までのテンションで宣言を放った。
『実習生、エガー・ロンの気絶によりヴァール・ヴァテットの勝利ぃーー!!』
司会の声ではっと我に返った俺たちは、モニターを改めて凝視した。
ロンはヴァールの足元で意識を失って倒れている。振り下ろそうとした時には既に意識をなくしていたらしい、それでもヴァールはやろうとしたのか……?
そして肝心のヴァールはというと、モーニングスターを振り上げて静止したまま驚愕の表情を浮かべている。
そう思った瞬間、ウィンストンが俺たちの前で初めて喋った。
「……最っ低」
男の声にしては高く、女の声にしては低い。どちらといわれても納得してしまうような声だった。
だが、どちらであったとしても、この声にこめられた嫌悪は微塵も揺らがなかっただろうと思う。
『……おい。さっさとそれ退けっつってんだよ。あたしの言うことが、きけねーのか?』
乱暴だが幼子を諭すような言葉。だが同時に冷ややかで、ウィンストン以上の嫌悪がその言葉には潜んでいた。思わず今まで熱く語っていた司会者も黙って傍らの創造神を見ている。
に対し、エルは一瞬にしてしんと静まった会場の雰囲気に気圧されることなく、前に向けていた右の掌をぐっと握りこんだ。そして、捻る。
『さっさとおろさねーと、その武器……破壊しちまうぜ?』
声のみならず視線までもが氷のようで、納得のできる傲慢さが見え隠れしていたエルを、俺はこの場で初めて心の底から、本能で『怖い』と思った。生きとし生ける者の中で、死して霊魂の身となった者の中で、神として永劫に君臨し続ける者の中で。エリシエという名の創造神を倒すことができる者は、絶対に存在し得ないであろうということも――同時に、悟った。
ピシッ……
幸か不幸か、その音で場の空気が氷解した。
音源は、探すまでも無い。――ヴァールの振り上げたモーニングスターだ。
彼がロンを嬲るために振り上げたモーニングスターには、一筋の小さな亀裂が入っていた。先ほどの音はコイツだ。
流石に武器を失うのはヤバいと思ったか、今度こそヴァールは腕を下ろした。そしてその顔は、屈辱と恥辱に塗れていた。
控え室に戻ってきた彼を、俺たち合格組は嫌悪の視線で、それ以外の者は畏怖の視線で見ていた。
「(せっかく勝ったってのに、な。……あんな顔じゃエルも気分悪いだろうに)」
そして時は経ち――閉会式だ。
俺、レイ、万条院(?)、ウィンストン、そしてヴァールは、他ランクの合格者と共に"魂の祭壇"――俺が一番最初にエルの声を聞いた場所――という広間にきていた。当のエルの姿は壇上にある。カメラが回り、エルをレンズの中に映す。
「えー諸君。よくぞ激戦を勝ち抜きここまできた。お疲れと言いたいところだが、上ランクに昇っても精進を怠らぬように。神界の神々(バカ)共みてーに、己の力量と身分を過信することなかれ。お前たちのその強さはたゆまぬ努力の上に成り立っているということを忘れないこと。――そして、創造神たるあたしには絶対誰も勝てないことを覚えておけ。たかが一級上がったくらいで調子乗んなよ? あたしブッ倒せば創聖蘭になれるからって、あたしに闇討ちしかけたとしても0,1秒でノックアウトしてやっからな。
あたしに認めてほしけりゃ、あたし直々の命で第六級から五聖蘭の筆頭くらいに大昇進してみなよ。そったら創聖蘭にでも何でもしてやらァ」
エルの激励1割と警句9割。だがこの"1:9"という比率も、俺たちを慮ってのことだということを、俺は知っている。
「そして今回昇格できなかった奴、お前らも次へ向かって精進すべし。今回負けたことは確実に力になる。今のままで満足するな、常に高みを望め。高嶺の花をその手に頂くことを目指して己が力量を磨き上げ、そしてあたしに見せてくれ」
不思議と人の中の何かを奮わす声だ。
「等しき生と死の巡りを以って、理を守護せし者としての責を全うせよ。それが我ら死神の務めとせん。四つの勢力が集う世界の中、理・邪・聖・光その全てを尊むべし。そして、己が力を生命ある限り高めて行かん」
理……? つまり、人が生まれ死んでいくその流れのことだろうか。傍らのレイもさっぱり分からなかったようで、他の面子も似たり寄ったりだった。だが、ウィンストンだけは、エルの言葉にフードの奥からかすかに見える口元を少しだけ綻ばせていた。
「ではここに、死神昇格試験を閉幕とする。次回を楽しみにしている」
そういうと、エルはいつもは着ない純白のマントを翻して壇上の奥へと消えた。
エルの言葉とともに、俺の初めての昇格試験は幕を閉じた。