第1話 第一歩
第2章 照らされた道辿る者
ついに、死神昇級試験当日がやってきた。
愛用の刀であり、エルからの初めての贈り物である神刀・紅蝶蘭を帯刀し、俺は舞台となる修練場で最後のウォーミングアップを終えた。
「結構様になってるわね、光。……その、格好いいじゃない」
そこに、レオ・エル・ショウの三人がやってきた。レオの激励と顔は背けつつだがこちらに視線はやっている言葉(正直かなりグッとくる)に俺のモチベーションは上がる一方だ。
「……まぁでも、気は抜くなよ」
ショウの警告――これはむしろ訓戒か――に、俺は表情を引き締めて頷く。
「までも、あんまし緊張しないで。……あ、ここで負けたらあとでシメるよん?」
ニッコリ顔ににつかわしくない叱咤に一瞬慄いたものの、俺はまあその通りかと思い紅蝶蘭の柄をいっそう強く握り締めた。
そう、俺は創造神の名を背負ってるに等しい人材だ。ここで躓くようでは紅など到底たどり着けない――例えソレが"あくまで目標"という類のものだとしても、エルが俺にかけてくれた時間と行為を無駄にはしたくなかった。
とかなんとか自分でもご立派だと思えることを自然に思いつつ、俺は俺の中にさして緊張していない自分を見つけた。
おそらくやはり、エルたちのお陰だと思う。今まで施してくれたことにも、今の呼びかけにも。
この一ヶ月、俺はエルだけでなく時折魔術を行使するレオとの戦いも織り交ぜつつ、特別訓練を受けた。そのおかげか、今までになく身体能力も向上したし、刀を扱う技量、更にマジもんの対人戦における度胸なども身につけることが出来た。こうまでして落ちるつもりは毛頭なかった。
「じゃ、私たちは五聖蘭の試験を担当しないといけないから、応援はできないけれど……頑張ってね」
「ああ。アイルたちにもよろしく」
「わかった。ガンバレよー」
「おう」
こちらに手を振る二人に軽く手を振り返し、俺はまだ俺の傍にいたエルを振り返る。
「じゃっ、あたしも。そろそろ上の観覧席戻るね。キミの出番になったら即刻中継やるからさ。ま、頑張ってねん」
「じゃなー」
「じゃにーん」
手を頭の後ろで組みつつ、その観覧席とやらに通ずるのであろう階段へ向かっていったエルに声をかけると、エルは振り返らずに片手をひょいとあげて階段をひょいひょい上っていった。エルの姿が消えると、俺も実習生控え室へと戻った。
控え室。そこには、さまざまな容姿の現実習生がいた。
男から女まで。平均して歳は17、18くらいの奴らが、約25から30人ほど。正確な人数はわからないが、ショウの説明から推測してソレくらいだろう。
と、そこで。「どんっ」誰かとぶつかった。
「あ、すまん」
ぶつかった相手を見、意識するより先に謝る。そいつは、ぶつかったのはお互い様だろうになんだかニヤァという、キモチワルイ笑みを浮かべていた。うわヤベ、また厄介なことに巻き込まれる。
「……てめぇか、創聖蘭様のお気に入りってのは」
途端、周囲からのいくらかさめた視線が俺に突き刺さる。不機嫌そうになるのは当然俺で、「……お気に入り?」と怪訝そうに眉をひそめたのも俺だった。
「なにやら、創聖蘭様の身内らしいな。だからか、大層な特訓とやらをつけてもらったのは」
……ふむ。分析完了。嫉妬か。
俺にわざと突っかかってきたらしい赤髪の大柄な男は、おそらくエルの特訓を嗅ぎ付けてきたのだろう、それが『ズルい』といっているのだ。
「……それが何んだ? 用があるならさっさとしろ」
ぎら、と身長差にもめげず睨みあげる。
「創聖蘭様のことを、五聖蘭様方と秘書にしか呼ばせていない愛称でよぶことを許され、限りない愛籠をうけているそうだが――」
俺の言には耳も貸さず、男はそうエルをなじった。エルはそこまで心が狭いわけじゃない。レオたち五聖蘭とアイルだけにしか呼ばせていないっていうのはランクを示すための態度ってもんだろうが、と思うものの、そんなことを言ったらコイツにまたエルをなじる機会を与えてしまうだけだと思い、代わりに俺は別のことを口にした。
「用がないなら突っかかってくるんじゃねぇ。こちとら本番前で気が立ってんだ、てめぇみてーな奴の言葉に耳貸す余裕なんざねーんだよ」
俺が真っ向から男を睨みあげた途端、部屋の隅におかれたスピーカーから能天気なエルの声がした。
『はいはぁい、なにやら実習生控え室でアツくなってるみたいだけどー、そろそろ開会式始めるから黙ってくれるかなァ。続きは本番でヨロシクー」
「「!!」」
自分が侮辱されていると知りながらなんと温和な――いや、平坦な声だろう。声より遅れて、控え室に各1台ずつ安置されているモニターに、マイク片手にイスにふんぞり返り机の上にブーツで足を組んで乗せるエルの姿と、司会者らしき男の姿が映った。
『っつーか、なんで毎年毎年あたしが開会式と閉会式の挨拶やんなきゃいけないわけ。たまには委員会の委員長でてこいやコラ。毎ッ年毎ッ年演説役やらされてもうとっくに飽きてんだよコッチはァ! こちとら50億も前からやってんだぞこの仕事っ』
まるでヤクザのような言いようだ。に対し、司会者は焦りつつも『ですから、何度も申し上げましたように受験者の士気向上のためですっ! てか、ワタクシめに言われましても困るんですよ委員長に直接言ってくださいそういうことは!』と答えた。
ぶー、とむくれながらもエルは『チッ、しゃーねーなー』と渋々納得し、イスに立ち上がった。つか、いいのかそれ。
『オイコラ今年の受験者共ォオ!! 今年一番エリシエ様の(もう飽きた)演説だァよぉく聞けェ!!』
ダンッ、と目の前の机に片足を乗せて、エルは声を張り上げた。
『ルーキーから上級者まで、最後の一瞬まで気ィ抜くんじゃないよ!! 参加者全員が勝とうと、のしあがろうと来てんだ!! 最初に気を抜いた奴が負ける!!
相手に勝ちたきゃ、最後の最後まで踏ん張って、醜態さらしてでも勝ちやがれッ!!』
モニター越しに、エルの気迫が伝わってくる。それは全ての控え室の空気をビリビリと揺さぶり、また全死神の心に大きな打撃を与えた。特に俺。
『戦場では最後まで立っていた奴が勝ちだっ!! それはこの場でも変わらねェ!! 美しさだァ? そんなもん守るくれぇなら捨てちまえッ!!そんなもん守る余裕がある奴ってぇのは、かなりの手練れなんだよ!! あたし相手に善戦できねェ雑魚がんなナマイキほざくんじゃねぇぞ!!
あたしら死神が求めるべきは、見栄えだけの軟弱な強さじゃないっ!! 無骨で顕著な、頑強たる強さだっ!!』
エルの"強さ"に対する理念は、つまりはそこなのかもしれなかった。外見より中身。まるで人間だ。
エルの言葉に、――おそらく別ランク控え室もだろう――実習生の男共は沸き立った。俺も思わず、ニヤリと笑む。
――エルを師にして、よかったかもしれねぇ。俺に美しさなんて、似合わねぇからな。
「おぉ、この演説、どうやら創聖蘭は毎年やらされてるみたいだな。すげぇ気迫だ。……な、そう思うだろ?」
立ってモニターを見上げる俺の横で、横長のイスに座る男が俺に同意を求めた。慌てて同意の声を返す。
「あ、ああ」
男は金髪にロン毛という妙にチャラチャラしたような奴だった。……うむ、こういうのが俺のクラスにもいる。しかも結構人間関係的に近いヤツ。
「……ああ、俺、レイ・シュタット。お前、ヒカル・アマネだよな」
最早既に確認である。……っていうか、何故俺の名前を知っている? ってもうこの問い飽きた。
「ほとんどの連中は知ってるぜ。俺の知り合いにも同姓同名、しかも顔も結構似てるヤツがいるんだ、お前に」
どうやら俺の預かり知らぬ間に有名人になっていたらしい。まあ創聖蘭じきじきの弟子なのだからそれが普通かもしれないが。
「奇遇だな。俺もお前に似たやつがクラスメートにいるぜ」
「おお、奇遇だな」
「………………………………。」「………………………………。」両者見事に沈黙。
存分に互いの顔をジロジロ穴があくほど見つめてから、俺たちは同時に口を開いた。
「お前、天音 光だろ」「お前、関野 玲だな」そして再び沈黙。
「いやお前本当に光だったのか。ビックリだな」
「こっちのがビックリだっつの、まさかこんなところまで縁が続くとは思わなんだ」
はっはっはっはと喧騒の中笑ってしまう。
そう、俺の目の前のコイツ、レイ・シュタット改め関野 玲は俺のクラスメートだ。もちろん学校の。
一応知り合いがいるということで安堵した俺は、色々な話をする折ぶつかった相手のことも訊いてみた。
「ああ、アイツだな。アイツはヴァール・ヴァテット、お前も見たとおりああいうヤツだ。だから皆、口には出さねぇけど嫌ってる」
「ふぅん……」
ちらりと横目でそのヴァールとかいういけ好かねぇ男のことを見る。やつは実習生の連中の半数を従えているらしい。恐怖政治か。
「光、対戦表でたぜ」
ヴァールからとっとと視線を戻すと――あんなヤツを長時間直視したくねぇ、するならレオみたいな美人がいい――、モニターには実習生の対戦表が現れていた。目だけで自分の死神名を探す。あった。俺はCブロック、レイはAブロックだ。
昇格試験は、A~Eの各ブロックでトーナメント戦を行い、最後まで勝ち残った5人が昇格するというものだった。各ブロックにつき4試合行われる。
「かちあうことは、ねーみたいだな」
ぽつっと呟く。内心玲とは戦いたくないと思っていた。曲がりなりにもクラスメートである。
俺の呟きを耳ざとくききつけたか、玲が短く答えた。
「そだな」
『それでは、各級ごとに、Aブロック第一回戦をはじめます。選手と審判はそれぞれ指定された修練場へお集まりください』
司会の声がスピーカーから響いた。エルも既にイスにふんぞり返っており、その様子が対戦表の映されているモニターの隣のモニターに映っていた。
「じゃ、行ってくる」
短く答え、玲は玲の得物らしき大剣を担いで立ち上がった。
「ああ。……勝って来い」
「もちろん」
玲は俺の見慣れた、ガキっぽい笑みを浮かべ、扉へ悠然と歩いていった。そして俺は、素早く目線をモニターへと戻した。