第18話 国家権力持ってる14歳ってどう思うよ?
「うおっっ」
とん たっ たたっ どさぁっ
先の効果音から、エル、レオ、ショウ、そして俺だ。俺だけ無様に転げ落ちた。
「あら、光じゃない」
…………この声は。
聞き覚えのある声に顔を上げると、そこには毎朝毎朝息子を叩き起こしては学校へと追い立てる我が母が。居間の卓袱台の前で茶を啜っていた。
イマイチ現実が飲み込めずそーっと視線を自分の足元へと落とす。床。フローリングの、床。
「おっす縁っ、久しぶりィ~♪」
そして、縁という名前。
俺はやっとのことで目の前でみじろぎすらせず鎮座する現実を直視した。
ここは俺の家、天音家だ。
「あら、エル様。光と一緒にどうされたんですか? それに、後ろの二人は……?」
「んっとね。……あでも。やっぱ本人のクチから言ったほうがいいかな? 光っ」
「え? 俺?「そぉだよっ」えーと、その……母さん」
未だに現実感覚が追いついてきていない中で、俺は「なぁに?」とにっこり笑う母に、告げた。
「俺、死神になった」
何も知らない人間が聞いたら「アホか」と一蹴しそうな告白だったが、母さんは依然微笑んで答えた。
「そう……私たちの息子だものね。いつかはそうなるだろうって、わかってたわ」
"私たちの息子だものね"? 母さんたちの息子だからって、なんで俺が死神になること、わかってたんだ? それに、何故驚かない? 母さんは一般人のはずだ、そもそも「死神になった」ということ自体黙っておいたほうがよかったんじゃ……。
そう思い、ちらりとエルを見やった俺の動揺を母親の勘で見破ったのか、母さんはゆっくりと、思考回路停止気味の俺の頭にもわかるように言い含めた。
「私も、貴方のお父さんの真輝も、元・死神よ。だからわかったし、突然現れた貴方たちに驚かなかった」
両親ともども……死神。俺はたっぷり10拍は沈黙してから、一言吐き出した。「……マジかよ……」俺の小さな小さな、溜息の中に埋もれかけた独白を耳ざとく聞きつけたエルが、「マジだよぉ」と言う。続けて、「後ろの二人は、今の五聖蘭のうちの二人。あと二人は死神界、紅……は欠番なの。ぶっちゃけると、紅は光にやってほしいなぁ……って思ってるんだけど」
……はい? 今なんかショーゲキテキすぎるオコトバを聞いた気がするんデスガ。紅になってほしいって?
「……、無理じゃね?」
「はい最初っから諦めなーいー! あたしがコーチ務めるんだから、そんくらいなってもらわないと困るのっ! ……っていうのはどうでもいいとして」
どうでもいいのか、というのは俺の神速のツッコミである。無茶言うな。まあでも、とエルは片目を瞑って、にっこり。
「紅ってのはちょいと大げさかも。目標程度に思ってくれればいいかな。それでも、あたしの面子のためにも君のためにも、ある程度のランクにはきてもらうよ。見込み、あるんだし。それを有効活用しないテはないじゃん?」
まあ、そのとおりといえばそのとおりだったので、あえて反論はしないでおいた。しても更なる反論で封じ込められるに決まってるからな。
「で、エルさま。コーチとしていらっしゃる、ということは、当然人間界にも滞在するおつもりなんですね?」
母さんが既に確認するように問う。……うわっ、またヤな予感。
「もっちろーん。だからサ、レオちゃん共々天音家に住まわせてもらおうかなって。あたしは光兄の妹で通じるから……レオは光兄の同級生でいいヨネ」
――見事的中。この頃嫌な予感に関しては地獄の的中率を誇る現在高校3年生体育以外の成績は万年1の天音 光だ。
「え、私が光の同級生? それってバレると思うわよ? 私、16歳だし」
自分の顔を指差しつつ、レオ。いやいや、そのお顔で16歳だとは誰も思うまい。事実俺だって自分と同じくらいの歳だろうと思っていた。まさか16歳だとは……。いやいや、そんなのはドウデモイイ。
「大丈夫大丈夫。ゼッタイバレないってぇー。だいじょーぶ、あたしが保証したげるからん」
エルなんて「なんなら保証書つけようか?」とまで言っている。そこで唐突に「あっ」と声を上げたもんだからちょっとびっくりした。
「そういや、まだレオとショウの自己紹介してなかったね。あたしは別に、縁も知ってるからいいんだけど」……といいつつ、エルは即効で逃げようとしたショウの腕を振り返らずに掴む。ショウは硬直。
嫌がるショウと、どこか嬉々としたレオの自己紹介が終わると、母さんが微笑んでいった。
「私は天音 縁。旧姓は"結城"で、死神名――もうほとんど名乗らないのだけれど――は"ユカリ・ユウキ"ね。元死神第一級で、栞魔術の使い手として、お父さんには負けるけれど有名だったわ」
シオリマジュツ? そこに疑問を覚えたのも束の間、今度はショウが口を開いた。
「じゃあエル、俺もう病院のほうに戻るわ。任務続きで長らく閉めてたまんまだし……何かあったら連絡入れてくれ」
「おっけー。あ、無精髭ミットモナイからちゃんと剃りなよ」
「お前は俺のお母さんかって。……じゃな」
苦笑した後、ショウはエルがやってみせたように両手をパンッとあわせ、「飛っ、俺ん家へッ!」といった。するとショウの体は足元に生じた闇にずぶずぶと沈みこみ、体全体が沈んでしまうとやがて消えた。……なんとも大雑把な指定である。
「んじゃ、とりまこっちでの名前を決めちゃおうかな。あたしは薫でいいや。レオは?」
「当て字でいいわよね。じゃあ、麗しいに中央の央で麗央。どうかしら?」
「いいんじゃねぇか?」
「苗字は流石に天音じゃマズいから……蒼野でいくね。適当だけど」
「それでいいわね」
なんともあっさり決まったものだ。が、次いでエルが告げた言葉に、俺は驚愕した。
「早速入学手続き手続き~。パッパとやってくんねー」
「……、パッパと?」
「え、疑問覚えたのそこなの?
んとね、あたし、実はこっちの世界にも相当デカいコネもってるんだ。黒英はあたしが初代理事長だったから当然として、各国家の首脳とか、大臣とか……色々」
……物凄い国家権力である。まあ、創造神だもんな。
無理やり自分自身に納得させたところで、俺はこれから訪れるであろう波乱に満ちた日常に少なからず遠い目をしたのだった。
「「「「いただきまーすっ」」」」
夕飯時。といっても、既に8時を回っているのだが。我が家の夕食は一般家庭よりも遅めなのである。
メニューは手抜き料理の代名詞ともよばれるカレーライス。
「おいひー。前にも一回ご馳走になったけど、やっぱしお母さんの料理美味しいわ。うん、美味ー」
「あらあら。貴女だって十分上手じゃないの」
「麗央姉も上手だよ。明日作れば?」
「あ、ならそうするわ」
既に打ち解けてしまった女三人。男一人という状況に少し寂しさを覚える俺は果たしてヘタレなのだろうか……。
夕飯後。地獄の無言タイムを夕食で味合わされた俺は、隣で一緒に皿洗いをする薫の言葉にビビった。
「はあ!? 考査系全部満点!? ……やめてくれ。俺が母さんに比較されて殺される」
「やっだよん。……あっ、麗央姉もゆっとくと相当頭イイよ。16歳のクセに大学生並みの知識量だから」
「すごっ」
「だからまぁ、寧ろ脅威なのは麗央姉かもね?」
「うわー……」
現役高校3年生が高校1年生に負けるのか……。成績はもとより破滅状態だが、それはそれで色々と複雑だ。
一拍おいて、薫は言った。
「さァまずは目標第六級だよ! 明日からトレーニング始めるかんね、一ヵ月後にむけ頑張ろー!」
「お、おー!」
泡だらけの右手を空に向けて突き上げた薫につられ、俺も同じく泡だらけの右手を空に向けて突き上げた。
そしてこの日から、死神になるための猛特訓が、幕を開けたのだった。
第1章 綴られ始めた物語 fin.
第1章めでたく完結です。次回からは第2章でございます。