第17話 家と家族と……接点と?
お久しぶりです。なんだかんだで第17話です。
「こっから先が、"時限の狭間"ッ! 落ちたらヤバイよぉ~」
とか言いつつ、俺をおちょくるようにニヤリと笑むのが先頭に立って大宇宙、もとい時限の狭間を見下ろすエルだ。
「お……脅すなヨ」
「ふふ、さらに追い討ちかけるみたいで悪いけど、ここから先は魔物が出るから気をつけてね」
「え……えー……」
口をひんまげた俺に、レオはふふふと笑みつつ追い討ち。……コイツ、実に楽しそうである。
というか、どう気をつければいいのだ。出てきたら適当に、俺の右手にある紅蝶蘭でブッた切れというのか。
「……とか言ってるうちに。エル、きたぜ、敵さんが」
ショウはこともなげに言う。言葉通り、なれない空中歩行で進む俺を含んだ一行の前方に、二足歩行の巨大狼がいた。
「あたしがいくよん」
いつの間にかエルの右手には巨大な――エルの身長の3倍はあろうかともいう大鎌が握られていた。エルは狼を見据え、「雑ー魚」とつぶやいたのちその場から掻き消えるようにしてダッシュした。俺の目には残像しか見えない。いまさらのように狼が身構えるが、時既に遅し。
「トッロいんだよ、バーカッ!」
罵声を吐きつつ、エルは上空から狼を大鎌で一閃。
さくんっ
あっけない音を残しつつ、体を右半身左半身に断割された狼は倒れ――ることはなく、なぜか数瞬の後に掻き消えてしまった。
「今のはZクラスの"ワーウルフ"ね。確か科学班がサンプリングさせろさせろうるさかったヤツじゃなかったかしら」
「レアだからねー」
とかなんとかのんびり話しつつ、時折魔物を倒しつつ、俺たちはようやく出口に到達した。
したが。
「ッッ!!」
何の前触れもなく、唐突に俺は"産毛が逆立つ"という経験をした。反射的に刀を抜き放ち、背後に向けて一閃を放つ。
『グ……グルアアアアア!!』
最後尾である俺の背後に迫っていた三つ首の巨大な犬のような魔物は、俺に三つの首のうち二つを掻っ切られて悶える。
苦しみに悶えつつも、魔物は俺に手傷のひとつでも負わせんと、ぎらりときらめく鉤爪を振りかぶった。
思わず顔をかばって目を強く瞑ったとき、凛とした声が俺の耳朶を打った。
「いいよ、殺っちゃいな!」
すかさず刀を手の中で滑らせ、真横に一閃する。そう、ちょうど、魔物の残りひとつの首根っこを掻っ切るような形で。
俺に全ての首を切られた魔物は、断末魔の声を上げて――切られた首ごと――またも消え去った。
ぱち ぱち ぱち
「いやー、やっぱ君のこと見込みはあると思ってたんだよネ、あたし。お見事お見事」
まばらな拍手音の持ち主は、にっこりと笑んだエルだった。
「今のも同じくZクラス、それも"ヘルハウンド"っていう種類のだよ。Zの中でも指折りに強い魔物なんだけど、よく反応できたね」
俺を試していたかのような言い草である。そこで、ふとある疑問。
「つーか……人間界っつったって、どこにでるんだ?」
今までの文脈からは全然全くいかほども脈絡のない疑問だが、思ったものはしょうがない。ショウが涼しい顔で口を開いた。
「ん、知らね」
「…………、はい?」
一瞬ショウの返答の意味がわからず間抜けた声を出した俺は、次の瞬間意味を悟りちっとばかし叫んだ。
「はああああ!? し・ら・な・いいぃぃぃ!?!?」
「わかんねーんだよ。死神界だけは唯一全員が"時限の狭間"の出入り口からこれるんだが、他の世界は複数あるところからランダムで出入り口が選ばれるっていうシステムになっててな。難儀なもんだ」
今にも胸倉をつかみあげそうな俺の剣幕に、ショウは「だああ」と説明した。難儀というか、イジメじゃないかそれ。
「へいへい、難儀なシステムで悪うござんしたね。前にこういう風に造った理由を説明したはずだけどぉ?」
エルが「ケッ」と美少女にあるまじき所作でヘソを曲げる。ショウはああ、という風に無精髭のはえた顎に手をやって、
「確か、"狭間"を彷徨う魔物が、簡単には人のいる場所へいかないようにっていう理由だったか」
「そーゆーこと」
エルが肯定を返す。度重なるlectureにパンク寸前な俺の頭なぞ素知らぬ表情で、エルはつんと言った。この子、ツンデレか?
「ハイハイ、もう飛び込むよ。ほら、服装変えた変えた」
「……ったく。お前の扱いはほんとわからねぇ」
安心しろ、俺もわからん。とか思っている間に、エルとショウの服が見る見る間に変わってしまった。
ショウは白衣とジーンズ、黒の長袖。髪は再びスズメの尻尾のように束ねた。
エルは白のTシャツ、ジーンズ地のハーフパンツに十字架のネックレス、そしてブーツ。
レオは元から人間界の服装だったらしく、髪色と瞳色以外の変化はない。だが三人が三人とも、あっという間もなく黒髪に黒瞳になってしまったのには驚いた。
「さてさて、いっくよぉ~ん♪ ……そぉ~れっ」
「とっ」
「ったく」
エルを筆頭に、レオ、ショウと目の前で青白く輝くワープホール(?)に飛び込んでいってしまった。飛び込むと同時に、三人の姿も消えた。
戸惑う暇もなく中から響いた「ほら、早くぅ!」というエルの急かす声に、俺は意を決してワープホールの中に飛び込んだ。一瞬のフラッシュが俺の目を灼く。
「とーちゃーく♪」
エルの宣言に、俺ははっと意識を戻して周囲を見回した。周囲は……どこか見慣れた感じのする鬱蒼とした森の中だった。不思議なのが、じっとしてても方向感覚が狂いそうになる点だ。
そんな俺の心境を察したか、エルが解説してくれた。
「あ、ううん? ここの磁場ね、あたしが意図的に掻き回してあるから、第六級以上の死神じゃないと絶対迷うようにしてあるんだ。付近の人間にはベタに『迷いの森』とか呼ばれて七不思議にもなってるらしいし、魔物も例外じゃないんだ」
「『迷いの』……『森』?」
怪訝に眉をひそめ数秒。思案するまでもなく答えは当たり前のところにあった。
「それ……俺の学校の裏にある森の名前だ……」
呆然とつぶやくと、エルがへぇと片眉を吊り上げた。なんかバカにされた気がする……。
「あんた、あそこの――黒英の生徒だったんだ。一応あそこ、あたしが創立した難関校だってのに」
非常にバカにされた気がする、というか何故俺の成績を知っているような素振りを見せる、と二つのことを思う前に、俺はとある違和感を口にした。「あたしが創立した」、だぁ……?
「ちょっと待て。今俺は、俺の耳が老化してないのならまず間違いなくお前が「あたしが創立した難関校」といったのを耳にした気がするんだが」
「うん、言ったよ。事実だものー」
"己の耳を疑う"というのはこういうことか、と妙な納得をしつつエルに従って歩いていると、突然森が開けて見慣れた黒英学園高等部校舎の裏がみえた。
「んじゃっ、こっからは飛ぶ(ワープする)よん」
「はい? 『飛ぶ』?」
「そぉ♪」
にっこり笑ったエルの笑みに空寒さを感じた瞬間、エルはぱんっと両掌をあわせた。乾いた音がした。
「飛ッ! 天音家へっ」
だいぶ大雑把な指定だなオイ――思った瞬間、本日4度目のフラッシュバックが俺を襲った。




