第12話 死神講座・7
俺はよく分からない言葉をエルから受け、アイルからその刀――神刀・紅蝶蘭を受け取った。
うわ……案外重い。
紅蝶蘭のデザインは、白い柄の柄頭にルビーのような紅い宝石がハメられてあり、鍔は黒で、鞘の方は目が醒める様な真紅というものだった。
紅蝶蘭をためつすがめつしつつ、俺はふと洩らした。「意外と重量あるんだな……コレ」
「刀身の材質は金属の中でもとりわけ重いものなので、重いのは当然かと。
それでもエル様は、使う者のことを考えてなるべく軽量化したらしいのですが」
俺の呟きに耳ざとくアイルが答えた。アイルはついとエルへ視線を向け、
「エル様、歴史についてのお話はされたのですか」
「んや、まだ。
じゃま、キミがためつ眇めつしてる間にやってくから、ちゃんと聞いてるんだよ?」
そして、エルは話し始めた。
今から約、50億年も昔のこと。
創造神ルルージュは、今までの世界に失望し、新たな三つの世界を創り上げた。
一つは、神々の住まう世界・神界。
各々が役割を司る神々が、未来永劫生き続ける世界。
一つは、人間の住まう世界・人間界。
限りある命を持つ、様々な人々が短い一生を創めそして終わらせていく世界。
一つは、死神の住まう世界・死神界。
死した魂が集まり、魂達の新たな始まりを死神たちが見送る世界。
この三つの世界を創ると、創造神は神々に「人間達を見守り、己が責務を全うせよ」と申し付けて神界から死神界へと拠点を移した。
「何で死神界に移ったんだ? 普通、神様なら神界だろ」
と、俺はエルの話の途中で横槍を入れた。気になったのだ。
そんな俺に、エルは邪険にせず言い聞かせるように説明してくれた。
「チッチッチッ、それが全然違うのですよ。
いーい? 死神界っつーのをあたしが創った目的は、端的に言っちまえば『魂の輪廻を、綻びが生じないように監督し、尚且つ円滑に行う』ってことなのよ。
神界の神様共は自分達でやっていけるし、人間達も人間達でちゃんとやってたからまぁ勝手にやってろ問題起こすなつって放っておけんだけど、魂の輪廻っつーのは、止まっちまったらその世界だけじゃなくひいては全世界すら存亡の淵に立たすような、重要なもんなの。だから、その輪廻を他の奴らに全部任せとくってのはどうしても心配だったんだ。
それならあたしが輪廻に関わる理由を作り――まあ、それがさっきのアレ、儀式のヤツなんだけど――死神界に居を構えて、次世代育成にも力を入れていけば組織の腐敗とかもないかなと思ったんだよね。事実、あたしがここにいる間、賄賂とか汚職とかはなかったし。
ま、死神ってのは基本的に実力主義だかんね。豪遊したいんならまずは仕事しろってコト。
閑話休題、そんな理由からあたしは死神界に移動したってこと。お分かり?」
……成程。
「つまり、エルは死神がほっとけなかったから移動したってことだな?」
一文で俺がアッサリまとめてしまうと、エルはほんの少しだけ、申し訳なさそうに肯定した。
「うん。端的に言っちゃえばそんだけだよ。
じゃ、続き話すね」
死神界で創造神は、死した魂の管理、そして次世代の教育に力を注いだ。
そして――新世界の創造より約二千年。唐突に老いがやってきた。
創造神といえど、創世神のような"万能"ではなかった。やはり限界はあったのだ。
数多の種族と三つの世界の創造。その代償に、彼女は普通の死神同じくして三千年四千年の命となってしまったのだ。
最初のうちは老いも本当に少しだけだった。が、老いは確かに彼女の肉体を蝕んでいた。
ここで彼女は、"選択"を迫られた。
即ち、このまま寿命に逆らわず天寿を全うするか。
それとも、世界の行く末を見届けるために転生するか。
彼女が選んだのは後者――転生という手段だった。
転生とは、現在の知能・人格・能力など、潜在的なもの後天的なもの全てを引き継いで次の肉体で生まれ変わること。それを繰り返せば、肉体は変われど永久に生きながらえることが出来る。
『まだ私には――――成さなければならないことがある――――――!!』
彼女は確固たる意思を抱いて転生した。
理由はそれだけではなかった。自分が死んでしまえば、自分に依存しきっている死神はトップを失い瞬く間に混乱のうちへと落とされてしまうだろう。そうなってしまえば、命の輪廻に綻びが生じるのは目に見えている。その混乱のうちに付け込もうとする神々だっているはず。
自分が死んだ痕には、光は無い。唯絶望と混沌という名の闇しか広がっていなかった。
彼女に安息という選択肢を選ぶことは、できなかった。
これ以上、今でさえどの世界も乱れているのだ、乱れを助長するようなことは防がなければならない。
そして彼女は、堅い意思の元、人知れず"転生"した――。
「っつっても。三千年四千年も生きてんだから、外側は綺麗でも中身はとっくのとうに頭のおカタいクソババアに成り果てとるわな。そこで<彼女>は人格すらも変えて転生した。姿によって口調が変わるのはそのせいさね」
話を聞いてて思ったんだが。
「エルって昔の自分のこと、<彼女>って呼ぶよな」
俺の言葉にエルは片目をつぶって嘆息し、
「それはねぇ……昔の自分と今の自分を区別するため、かな……。あと……。
……あいや、やっぱやめとく。
で、<彼女>は転生した後も死神界に留まり続けて現在へ至ります、と。これであたしの話はオワリ」
一転してにこっと笑む。……その笑顔に何かありそうな気がするのは俺だけか?
「さー"儀式"を行いますんでぇ~、アイルー、代理ヨロシクー」
無言で頷いたアイルを一瞥、俺は思わず叫んだ。
「は……儀式?」
「後で説明するから。ハイ、ちょっとこっちくる」
ちょいちょいと手招きされた。正直言ってその笑顔はマジメに怖いって。
「っ!? うおっ」
急に身体が動いた。俺は意識してなかったハズなのに、だ。
身体が勝手にエルの前に移動すると、エルはニコニコしつつ俺の肩に手を置いた。そして、もう片方の手で、パチン。指を鳴らした。
と、同時に。目の前が、フラシュバック。