普通の恋
***BL*** 「普通の恋がしたいから」そう言われて振られた相手と、再会してしまった。ハッピーエンド
普通の恋って、何だろう。
彼に、「普通の恋がしたいから」って振られた。
じゃあ、僕は普通じゃ無いって事、、、?
**********
中学生の時、好きな男子に告白をした。当然、僕は振られる覚悟で。
でも、彼は付き合ってくれた。単なる興味があったんだと思う。多分。
それなのに、高校生になって、学校が別々になった途端に振られた。
僕は普通に君を好きになって、普通に告白して、普通に付き合って、普通に、、、手を繋いだ、、、。
それ以上は普通に恥ずかしくて出来なかったんだ。
仕方が無いじゃないか。まだ、15歳だったんだもん。
「普通の恋がしたい」
って言われた時は悲しかった、、、。
*****
もうすぐ、僕の勤めるスーパーが新装開店する。
三週間店を閉めて、五日後にオープン予定。僕は休日だったから、たまたま車で店の前を通った。
進捗状況が気になって、何と無く店の前を通った時、裏にある納品口を覗いていたんだ。
、、、彼がいた。
高校の時、別れた彼だった。
「普通の恋がしたい」
そう言って、僕を振った彼。
僕は車を運転しながら、停車する訳にも行かず、通り過ぎた。
他人の空似かも知れない。
でも、心臓はバクバクしていた。
少し大人になった、彼だった。
*****
翌日、店舗内の準備で8時出社だった。
7時半には着いて、休憩室でゆっくり缶コーヒーを飲もうと早目に出た。
勿論、もしかしたら彼に会えるかも知れないと言う希望が90%有った。
入店表に記入して、休憩室の扉を開く。まだ誰もいなかった。自販機でコーヒーを買い、椅子に座りながらスマートフォンを見る。
タイムカードを押して更衣室に入り、着替えをして仕事開始。
冷凍食品用の冷凍庫が幅を利かせて立っている。昨日搬入が有って、今日は商品を入れる予定だった。
「河野?」
*****
ぎゃっ!
後ろから声を掛けられてびっくりした。
振り向くと彼がいた。
「名簿見たら名前が有って、、、同姓同名かと思ったよ。元気?」
「あ、はい、、、。お早うゴザイマ、ス、、、」
「あれ?分からないかな?俺、家谷
「河野さん!」
「っすいません、呼ばれたので!」
急いで逃げた。
*****
だって、仕方が無いじゃないか。僕はまだ、彼が好きなんだ。
いつかどこかで会えるかも、そんな夢を見て毎日過ごす位、彼が好きなんだ。16歳になる前に別れたからもう、8年位会ってない。それと同じ期間、彼にまた片思いをしている。
でも、今度は間違えない、彼に告白しようなんてバカな事はしない。
もう二度と、誰かに告白なんてしないんだ。
**********
河野に告白されて一年後。俺達は高校生になった。
高校生になって、急に女の子が大人びて見えたんだ。
スカート丈が気持ち短くて、スラリと伸びた足。靴下から、キュッと引き締まった足首と綺麗な踝が見える。男とは違うと思った。細い首、小さな手、桜色の爪、真っ直ぐな黒くて長い髪。そして、良い香り、、、。
ふいに、どうして俺は男と付き合っているんだろうと思った。
一度考えると、頭から離れない。
俺も二股は嫌だし、もし女の子と付き合うなら、ちゃんと付き合いたかった。
高校に入ると、河野との時間が少し変わった。
中学の時は毎日一緒にいたのに、疎遠になって行く。まぁ、俺も無意識の内に避けていたんだと思う。
それにしたって、、、
「普通の恋がしたい」
そう言って別れた。後で考えたら、「普通の恋」って失礼だな。それじゃあ、河野が普通じゃ無いみたいだ、、、。
その後、何人か女の子と付き合った。
付き合う度に、河野に「普通の恋がしたい」と言った事が蘇る。
そして、あいつの事が本当に好きだったって、気が付いた。
女の子と付き合う度に、何かが違った。勿論、男女の仲にもなった。その時は凄く気持ち良くて、やっぱり女の子は良いなと思ったのに、、、。
女の子に
「家谷くんのエッチは、自分勝手だよね」
と言われた事がある。要は、俺だけが気持ち良くて、彼女は満たされていないと言う訳だ。
仕方が無いだろ?そんなに経験が無いんだ、自分の事で一杯一杯で、彼女達にまで気が回らない。もっと、俺に余裕があれば、もう少し彼女達を大事に出来たかも知れないけど、、、。
更に、一緒に過ごしている時間も彼女達に気を使っていた。
見栄を張っていた。格好良いと思われたかったんだ、、、。
大学生になってから、一度だけ河野に連絡をした。でも、返事は無くて、もう会いたく無いと思う程、傷付けたんだと実感した。
それが、まさか再会出来るとは、、、。
これはチャンスだ。このチャンスを活かさなければ、河野とは二度と会えなくなる。
*****
仕事が終わって、休憩室に荷物を取りに行くと、更衣室から河野が出て来た。
「河野」
彼はパッ!と視線を逸らし、更衣室に戻って行った。
そのまま、そこで暫く待ってみるけど、河野は出て来ない。男子更衣室だから、俺が入って行っても問題無いと思いつつ、ドアの取手を掴もうとした。
河野では無い男が出て来た。
「あ!すいません。お先に失礼します」
俺が入り口を大きく開けて、扉から離れると彼がそう言った。
「お疲れ様」
「っお先に失礼しますっ!」
彼のすぐ後を追う様に河野が出て来た。
「あ
「新沼くん、駅まで一緒に行こう!」
、、、明らかに、俺は避けられている、、、。
そりゃあ、そうだ。俺から振ったんだからな。
でも、俺だって黙って見ている訳じゃ無い。折角会えたんだ。
「河野っ!」
河野の動きが一瞬止まる。
「同じ方向だろ?一緒に帰ろう」
振り向いた二人に、遠慮無く言った。
新沼と呼ばれた男が、河野を見ていた。
ん?付き合ってる?
河野は、上目遣いで新沼を見た。
「中学の同級生なんだ」
ああ、と言う顔で、新沼は納得した様だった。
「もうすぐ、開店だな。忙しくなるぞ」
と言いながら歩み寄る。
「えっと」
「家谷です」
自己紹介をした。
「家谷さんは開店準備、経験した事あるんですか?」
「何回かね。この店舗は駅下だし、通勤客の利用数が多いから本社も期待してるよ」
「そんなに?」
「覚悟しておいた方が良い」
河野はあまり此方を見ない。真ん中を歩く新沼くんを見るフリをして、河野を見る。
駅に向かう階段を上がり、改札を通り、エスカレーターでホームに出る。
「あ、電車!すいません。俺、下り方面だから乗っちゃいますね!」
そう言って、スッと電車に乗って行った。
上り方面は、ちょっと前に出たばかりで、まだ10分以上待つ。
何と無くホームの一番前まで歩いた。
誰もいないホーム、、、。
「まさか、河野と同じ会社とは思わなかった」
「僕は中途採用だからね」
「そっか、、、」
あまり、会話が続かない。
「仕事、落ち着いたら飲みに行かない?」
「いや、いいよ、、、。遠慮する、、、」
「お酒、嫌い?」
河野がため息を吐いた。
「お酒は好きだけど、、、」
「好きだけど?」
「家谷くんとは、飲みたく無いかな、、、」
「俺の事、嫌い?」
「、、、」
河野がギュッと、手を握り締めていた。
**********
好きか嫌いかと言われたら、好きに決まっている。
でも、僕はそれを口に出したく無かった。
家谷くんが僕の事、何とも思って無くても、僕は彼が好きだから、、、。
「河野?」
辞めて欲しかった。僕の名前を呼ばないで、僕の胸がザワザワして、あの頃に戻って行く。
「普通の恋がしたい」と、言われた時、「河野は普通じゃ無い」と、言われたみたいだった。悲しくて、悲しくて、家谷くんを忘れるのに時間が掛かった。
「電車が来る」
そう言って僕の手を繋いだ。涙が、、、出そうになる。
ホームに電車が入って来て、扉が開くと家谷くんは僕の手を引いて電車に乗った。少し空いてる電車だった。空席を見つけて、家谷くんが前に出る。僕達の手が離れ、扉が閉まる合図と同時に僕は電車を降りた。
家谷くんが振り向く。
扉が閉まり始めて、僕達を別れさせた。
僕はホッとしながら、淋しかった。
でも、もうあの頃みたいになりたくない。
**********
閉まる扉の向こうで、河野は背中を向けていた。まるで、俺を拒絶するように、、、。
**********
電車を一本遅らせ、一人になった途端に1日の疲れがドッと出た。
新装開店したら、暫くはかなり忙しくなると言われて、まだ3日も先なのに不安ばかりだった。
明日も慣れない仕事で、上手くやれるか心配だった僕は、早く帰りたくて、次の電車に乗った。
空いてる電車は有り難い。座席に腰を落ち着かせ、昼から立ちっぱなしだった事に気付く。
10分程で目的地に着き、電車を降りる。エスカレーターで下り、改札を出ると家谷くんが待っていた。
はぁ、、、。
「河野、待ってたんだ、、、。一緒に帰ろう」
どうして、、、?。
**********
良かった。河野がエスカレーターを下りて来る。
電車で別れ離れになった時は呆然とした。そこまで嫌われているのかと思いながら、「そりゃあ、そうか」と納得もした。
電車に揺られ駅に着いた。ふと、河野もこの駅で降りるかも知れない、、、。そう思って、暫く待つ事にしたんだ。
同じ中学校だった。小学校は学区が違った。
もう10年も前か、、、。
河野は背が低くて、華奢だった。可愛い顔で、放って置けない感じだった。
可愛いかったな、、、。
そんな事を考えながら、エスカレーターを見ていた。
河野は改札を出て、俺に気付くとため息を吐いた。分かりやすいな。
「河野、待ってたんだ、、、。一緒に帰ろう」
と声を掛けたら諦めた様に、少し頷いた。
「家まで送るよ」
と言うと
「女の子じゃ無いんだから」
と苦笑いをされた。
*****
「ここで、良いよ。ありがとう。明日も仕事でしょ?」
交差点で河野が行った。
「家まで」
「遠回りになるから」
「、、、わかった、、、」
と言いながら、別れたく無い。
「連絡先教えて?」
そう言うと、河野はボンヤリと俺の顔を見る。
「ね?」
スマートフォンを差し出すと、嫌々教えてくれる。
「必ず連絡するから」
と言うと、河野は小さく笑った。
*****
家に着くと早速
「お疲れ様」
とメッセージを送る。既読はすぐ付いた。
返事は無い。
俺はスーツを脱いで風呂に行く。
母親はもう寝ていた。
風呂から上がり、冷蔵庫のおかずを温めて、ビールを開ける。炊飯器から米を装り、スマホを見る。
河野から
「お疲れ様でした」
とメッセージが入っていた。
たったそれだけなのに、もう一度河野と繋がる事が出来た気がして、嬉しかった。
**********
新装開店の売り上げは予想を上回り、大成功だった。社員もパートもアルバイトも疲れ果てていたけど、みんなで喜んだ。
「連日の仕事で、疲れていると思います。ミスが増える頃なので、慌てず、確認を怠らず、気を引き締めて頑張りましょう」
家谷くんはもう来ない。本社に戻って仕事がある筈だから。
あの後、結局、お互い忙しくて会えなかった。
たまに、廊下ですれ違う事はあっても、立ち止まって話しをする事は無い。
ただ、家谷くんは毎晩メッセージをくれた。簡単なやつ。
「お疲れ様」
「明日も忙しくなりそうだね」
「あとちょっと。頑張ろう!」
「落ち着いたら飲みに行きたい」
短い一通だけど、嬉しかった。
開店して10日程経つと、店内も落ち着いて通常業務に戻った。
家谷くんはまだメッセージをくれる。
「休みはいつ?」
「明後日」
「明日、飲みに行こうよ」
始めて続きが来た。どうしよう、、、。
可愛いスタンプが届く。猫がお願いと言いながら、手を組んでいる。
こんなスタンプ使うんだ、、、。
「いいよ」
と返事をした。
バカだな、、、って、思う。
また、傷付くのに、、、。
**********
やった!明日、河野と飲みに行ける!
どこで飲もうか、ついつい店を探して夜更かしをしてしまう。明日も仕事なのに、なかなか寝付けなかった。
のに、河野が来ない、、、。改札で待ち合わせをしていたのに、10分過ぎても来ない。まぁ、10分位と思いながら、もう10分待ってみた。仕事が終わらないのか?いや、それなら連絡があるだろう、、、。やっぱり気が変わったとか、、、。俺に会いたく無い、、、とか、、、。彼氏にバレて、行くなと言われた?
次の電車が着いた音がする。少しして、乗客がエスカレーターを降りて来る。河野が小走りで階段を降りて来た。ホッとした。
改札を抜けて
「家谷くん、ごめんね。遅れちゃった。スマホ、家に忘れて、、、」
何だ、、、そっか、、、。良かった。
「大丈夫、大丈夫」
「、、、本当にごめんね。帰り際、ちょっとトラブルがあって、出るのも遅くなったんだ」
駅の西口に出る。何軒かある居酒屋中から、ファストフード店の2階にある店に入る。
扉を開けると、もう一つ扉がある。ガラス張りで中の様子が見える。程よく混んでいて、入りやすかった。
「此処で良い?」
振り向いて聞くと、2段程下の階段から河野が見上げて頷く。
付き合った女の子達と居酒屋なんて来なかったな、、、。彼女達はお洒落な店を知っていたから、イタリアンレストランとか、インテリアの綺麗な店、照明を落とした店や、写真映えする料理のある店に行きたがった。
俺はやっぱり、居酒屋とか、定食屋が好きで、パスタより米が食いたかった、、、。
席に着くなり河野が
「あのさ、お腹空いたからお握り頼んで良い?」
と聞いて来た。
「俺も!お握り、何がある?」
「鮭お握りか、明太子と高菜だね。後はお茶漬け」
「俺は鮭だな」
「僕も鮭が良い」
店員を呼び、生ビールを二つと鮭のお握りを二つ。お腹かが空いてるから、先にお願いする。他に、焼き鳥の盛り合わせ、空芯菜の炒め物、揚げ出し豆腐を頼んだ。
生ビールが先に来て、自然に乾杯した。すぐにお握りが来ると、河野は嬉しそうな顔をした。
「はあ、本当お腹空いた、、、」
ぱくっと大きく、一口食べる。ニコニコ笑いながら、黙々と噛み締める。
「美味しい〜!」
と言うと、声のボリュームが大きかったのか、女将さんが微笑んでいた。
女の子と食事をすると、食べる前に写真を撮る。俺は、いつも早く食べたいのを我慢していた。
冷え冷えのビールを、すぐに一気飲みしたいし、出来たての料理は熱々の内に食べたい。
写真の為に、皿の向きを調節したり、周りの邪魔な物を遠ざけるのが嫌だ。
俺の手が入るから、もう少し離れてくれと言われた時は、俺より写真かよ、、、とムカついた。
その内、それにも慣れ、ビールが来ても、良いと言われるまで飲まずに我慢出来る様になったし、料理にも手を付けない様になった。
でも、今日分かってしまった。俺は、やっぱり相手に合わせて、我慢してたんだって、、、。
河野は兎に角腹が減っていたのか、ビールを飲み、お握りを食べた。少し大きいお握りを完食して
「はあ、、、。やっと満たされた、、、」
とビールを飲み干す。
女将さんが
「空芯菜は、時間を置かずにすぐ食べて下さいね。美味しいですよ」
と言ってくれた。河野は直箸でパクパク食べる。
「美味っ!家谷くん、美味いよコレ。早く食べないと無くなっちゃうよ」
ああ、、、あの頃の河野がいる、、、。中学生の頃、河野はこんな感じだったな、、、。
河野はいつも俺に遠慮なんてしなかった。嫌な事は、やんわりと断るし、始めて手を繋いだのは河野からだった。
**********
空芯菜を食べながら、ハタと気が付いた。僕は、はしゃぎ過ぎている、、、。ダメだ、冷静にならないと。
家谷くんと飲みに来れるなんて、想像出来なかった。高校の時別れてから、もう二度と会う事は無いだろうと思っていたから、、、。
今日、楽しい1日を過ごしたら、また会いたくなるだろう。僕は、少し自制する事にした。
「次は何飲む?」
「僕は梅酒、ロックで」
「俺は、レモンハイだな」
家谷くんが頼んでくれた。
「まだ、炭酸飲めないの?」
ニコリと笑う。
僕は炭酸が飲めなかった。生ビールは飲める様になったけど、店で飲む時は大抵梅酒のロックだった。
「河野が始めてコーラを飲んだ時の反応、今だに忘れられないよ」
「今は少し飲めるよ?」
「じゃあ、俺のレモンハイ飲んでみなよ」
レモンハイ、、、あんまり甘くないんだよな、、、。
一口貰う。あれ?飲める、、、。意外と美味しい。
「梅酒、飲ませて」
**********
「河野は今、付き合ってる人いるの?」
今日は何だか、酒が美味くて良い気分だった。
梅酒のグラスの縁を撫でながら、彼は笑うだけ。
最初こそ、昔の河野を思い出す様な感じだったけど、、、今では、口数の少ない大人の河野だ、、、。
少し、距離を置く様な、一歩下がった感じがする。
「あ!この間の新沼くんと付き合ってるとか?」
そっと視線を上げて笑う。
「いないよ。そんな人、、、。だって、僕は普通じゃないからね、、、」
あ、、、
「誰かと付き合うとか、付き合いたいとか、そう言う気持ちを持たない様にしてるんだ。そんな事考えても、最後は上手く行かないだろうし、どうせ別れるなら最初から友達のままが良い。、、、ま、その前に、僕の事好きになる人なんていないし、、、」
河野は梅酒のグラスを空にした。
「だからね、僕は、家谷くんの思い出だけで生きて行けば良いんだ。それだけで、、、他に何もいらない」
彼は俯いたまま動かなかった。
、、、?
寝ている?、、、。河野が寝てしまった、、、。
え?こんな急に寝る?!座ったまま、グラスを持って、、、。
俺は一先ず、河野の手からグラスを取り上げ、そっとテーブルに置く。そのタイミングで、一度起きた河野は背凭れに寄り掛かり、また寝た。
どうしたもんか、、、。タクシーを呼んで、家まで送れば良いか、、、。店の階段を二人で降りるのが怖いな。取り敢えず、支払いだけ済ませておくか。
レジ横に立つ女将さんに支払いを済ませ、河野が起きたら帰ると告げた。
俺は、寝ている河野を肴に酒を飲む。
「ん、、、。トイレ、、、」
と呟いて、河野が立ち上がる。
「大丈夫か?」
「うん、、、」
俺も荷物を二つ持って、河野に着いて行く。
女将さんに話し掛け、河野が手洗いから出て来ると、そのまま二人で店を出た。
「鞄、、、」
「いいよ、このままで。階段危ないから気を付けて」
河野は手摺を掴みながら降りて行く。階段の一番下で、ふと止まり
「支払いは?」
と振り返った。
「あー、、、。此処じゃ、邪魔になるから」
そう言って、先に進む。
駅のロータリーのベンチに座らせた。
「カードで払ったから」
河野は財布を取り出し、中を確認していた。
「万札しか無いや、、、」
「次回で良いよ」
「いや、お金の事はちゃんとしないと、、、」
と言って立ち上がる。フラフラとすぐ目の前のコンビニに入ると、お菓子コーナーで立ち止まる。
「何が良い?」
「え?」
俺?
「あ、懐かしい、、、コレにしよう」
河野は、俺が中学生の頃、部活の大会にいつも持って行っていた、梅干しの小袋を手にした。
「よく、覚えてるね」
と言うと、俺の顔を見て
「へへへ」
と笑った。、、、可愛い、、、。
帰したく無いな、、、。もっと一緒にいたい。
でも、河野はどう思っているんだろう、、、。
今日だって、やっぱり少し変だ。気を使っている。遠慮がちで踏み込んで来ない。親しくならない様にしている感じがする。
コンビニで支払いをして、もう一度ロータリーに戻る。
「えっと、いくらだっけ?」
金額を聞くと、細かい分を切り上げて梅干しと一緒に手渡してくれる。
「待って、お釣りあるかな?」
「いいよ、いいよ」
と言いながら、河野は財布をしまった。
河野はフラフラしていた。
「タクシーで帰る?」
彼と目が合う。酔っ払って、トロンとした瞳から目が離せない。
「タクシー乗ったら吐きそう、、、」
「え?大丈夫?」
「大丈夫、少し休んで行けば」
と言って、ベンチの方に歩いて行く。フラフラしながら歩く姿が可愛くて、放って置けない。
てか、鞄のファスナーが開いてるんだけど、不用心だな、、、。
さっき、コンビニで水を買えば良かった。
「河野、水買って来るから待ってて」
俯いた彼は、一度頷いてそのままだった。鞄のファスナーを閉めてから、一番近い自動販売機に行く。
「河野、水」
ぼんやりしながら、受け取る。力が入らないのか、蓋が開けられない。
「貸して、開けるよ」
少し手が触れた。大人の手だ、、、。
河野は水を受け取るとゴクゴクと飲んだ。
「美味、、、」
もう一度水を飲み、背凭れに寄り掛かる。浅く腰掛けて、足を伸ばすと
「飲み過ぎちゃったな、、、」
と呟いた。
「歩ける?」
「んー、、、。もうちょっと、、、」
少し先を、「いかにも恋人同士」と言う感じの男女が歩いていた。
河野も気付いたみたいで、じっと見ている。
ふふ、、、。と、笑った。
「家谷くんも彼女とあんな感じ?」
恋人達は、交差点の赤信号が替わるのを、手を繋いで待っている。
彼女が彼氏の方を向くと、彼氏がゆっくりキスをした。
パッと信号が替わり、二人はお互い恥ずかしそうに渡る。
「付き合いたてかな、、、。可愛いね」
信号を渡り切り、左に曲がって行く。横顔が見えて、幸せそうだと思った。
俺はそっと河野の手に触れた。手を繋ぎたい、、、。手の甲で彼の手を撫でる。スッと逃げた。と、思ったら、河野は立ち上がり
「帰るよ、、、もう、大丈夫、、、」
と言った。まだ、フラフラしているクセに、、、。
もう一度触れる。今度は指先を掴んだ。
やっぱり拒む様に手を引く。
「まだ、フラフラしてる」
俺は見上げながら言う。
「そりゃあ、酔ってますから。でも、歩いて帰れるよ。家谷くんも気を付けて」
「どうして、、、俺を避けるの?」
今度はしっかり手を掴む。グッ!と引かれたけど、離さなかった。
「避けてなんか、、、」
「避けてるよね?」
「、、、」
河野が瞬きをしている。ゆっくりと、、、。眠いんだ。
「だって、、、仕方が無いじゃないか。一度、君に振られてるんだから。、、、仲良くなっても、また、君は離れて行くかも知れないだろ?」
俺は目の前にある河野の手に頬擦りをする。
思いっ切り手を解かれた。
「あの、、、そーゆう事、しない方がいい、、、」
「どうして?」
「勘違いさせる、、、から」
「何を?」
「だ、だから、、、」
河野の顔が赤くなる。
「何を勘違いさせるの?」
「そんな事されたら、好かれてるのかな?って、思っちゃうよっ!」
「、、、好きだよ」
、、、河野が泣きそうに笑う。
「ははっ、、、」
河野?
「気を使わなくて良いよ、、、」
河野は背中を向けて行ってしまう。
「河野」
腕を掴んで、振り向かせると、河野はボロボロ泣いていた。
「もう、会いたく無い」
「、、、イヤだ」
河野が眉間に皺を寄せて俺を見る。
「俺、河野が好きなんだ」
見開いた目が俺を捕える。
「、、、気の所為だよ。久しぶりに会って懐かしいから、そう思うだけじゃ無い?」
「そんな事無い」
「家谷くんは、ちゃんと普通に女の子と付き合って、結婚した方が良いよ、、、」
普通に?
**********
家谷くんは中々にしつこい方だった、、、。
一言メッセージは毎晩続き、スケジュールが出る頃に、休みはいつか聞いて来る。
休みなんて聞いてどうするんだよ。
僕と遊ぶ暇があったら、女の子を誘ってデートに行けよ。
そう思いながらどう返事をしようか悩み続ける。
でも、結局家谷くんとは休みが合わず、二人きりで会う事は無かった。
*****
「休みを合わせよう」
そんなメッセージだった。
「河野はいつが良い?」
は?
なんで?
返事を迷いながら、僕のスケジュール提出日を思い出す。
「連休開けの平日、休み取って」
と二日間指定された。
え?二日も?
「この宿、どう?」
???旅行なの???
「一部屋しか空いて無いから、取り敢えず押さえた」
どんどん話しが進んで行く。
「部屋はキャンセル可能」
「車、家ので良い?」
「朝、迎えに行くよ」
「早朝出たいけど、起きられる?」
えええ〜。返事をする間も無いんだけど、、、。
「河野、行ける?」
のメッセージを最後に、通知音が止まった。
僕の頭が考えるのを拒否してるのが分かる。
本当に行っても良いのかな?と思いながら
「いいよ」
と返事を送る。
嬉しい!のスタンプが来た。
スケジュール提出の紙に休みの申請を入れ、自分のスケジュール帳にも予定を入れる。
*****
旅行当日まで、一言メッセージは毎日来た。
毎日届くと、気付かない内に習慣になり、夜になるとメッセージが届くのを待っていた。
この状況で、もし、家谷くんに彼女が出来たら、僕はまた傷付くんだろうな、、、。
そう思いながら、今は家谷くんのメッセージを楽しみにしている。彼との旅行を、素直に喜ぶ事が出来れば良いのに、、、。
*****
早朝、日の出前に家谷くんが迎えに来た。平日の通勤ラッシュを迎える前に、都内を抜けたいらしい。
コンビニで飲み物とガムを買い、家谷くんの運転で出発した。
彼の運転は上手で、車に酔う事も無かった。僕は助手席でドキドキしていた。
中学の友達の話に花を咲かせ、懐かしい思い出に浸った。体育祭や修学旅行の話をして、誰と誰が付き合っていただの、そんな話ばかりした。
都内を抜けて、サービスエリアに立ち寄り、運転を替わる。僕は、自分の車以外運転した事が無かったから、新鮮だった。
目的地に3時間程で着き、ファミリーレストランで朝食を摂る事にした。
「モーニングだって」
初めてだった。僕はパンとスクランブルエッグ、ベーコン、サラダとドリンクバー。家谷くんは和食で、鮭と納豆、生卵と味噌汁、サラダとドリンクバーにした。
朝から運転をして、知らない土地に来て食べる朝食が、何だか特別に感じた。まだ、朝の空気が流れていて、目の前の道路は通勤ラッシュで少し混んでいた。
「この後、山の上の方にドライブに行って、夕方前に宿に行こうと思うんだ」
「うん」
「ここからは、運転替わるよ」
「家谷くんはいつ免許取ったの?」
「高校卒業する時、すぐ取ったよ」
生卵を一所懸命混ぜている。その後は、納豆を混ぜる。
「混ぜてばっかりだね」
僕が言うと
「本当だ!」
と笑った。
好きになりたくないのに、一緒にいる時間が長ければ長い程好きになる、、、。
困るな、、、と思いながら、家谷くんといると楽しくて自分が止められないのが分かる。
**********
今日の旅行中、河野は河野だった。今まで、少し距離を置いている様だったのに、中学生の頃の河野がそこにいた。
じんわり、嬉しい気持ちが広がる。
やっぱり俺は河野が好きだ、、、。
**********
家谷くんがドリンクバーに飲み物を取りに行った。ドリンクバーの近くに座っていた女の子二人組が、家谷くんを見ながら何か話していた。
家谷くんが戻って来る時も、視線だけで追っていた。彼が通り過ぎると、二人は肩を上げてニコニコしている。何だかイヤだな、と思った。
一時間位ゆっくり朝食を摂って車に戻る。
車の中でナビをチェックしていたら、先刻の女の子達も出て来た。彼女達も旅行なのかな、、、?
目的地を設定して、家谷くんが車を出す。
渋滞が少し解消されていて、運転し易い道になった。
*****
チェックインは15時からだった。早朝から活動していた僕達は、早目にチェックインして宿でゆっくり過ごす事にした。
受付で家谷くんが手続きをしていると、あの女の子二人組が入って来た。観光中もたまに見掛けたけど、まさか同じ宿とは思わなかった。
彼女達は家谷くんの後ろに並び、小さくはしゃいでいた。
「河野!」
呼ばれた。僕は走り寄って、彼女達に「すいません」と声を掛けて家谷くんの横に立つ。
「夕食、何時にする?」
「うーん、お腹空いちゃうから早い時間が良いな」
「じゃ、6時半で良い?」
「うん、その前にお風呂行きたいし、6時半が良い」
「朝食は?バイキングだって」
「じゃあ、7時位?」
夕食と朝食の時間を決めて鍵を貰う。
「お部屋の鍵はこちらになります」
「ありがとうございます。222号室だって」
「にゃんにゃんにゃんだ、、、」
僕達は受付を離れた。
「河野は猫、好きだなぁ」
**********
部屋に入り、荷物を片付け、大浴場に行く準備をする。浴衣を試しに着てみると、家谷くんのサイズの浴衣が無かった。
フロントに電話をして、大浴場に行く前に受け取れる様にした。
フロント横のスペースで浴衣を借りる。宿泊客は無料で他のデザインの浴衣が借りられるらしく、女の子が喜びそうな可愛い浴衣もあった。もちろん、男性用もある。
浴衣を受け取り、大浴場に行く。鍵付きのロッカーに私物を入れた。
家谷くんの裸、、、僕と全然違う。筋肉がちゃんと付いていてしっかりしているな。
僕は、元々筋肉が着き辛く落ち易い、だからヒョロヒョロしているし、体重も少ない。
何か、恥ずかしいな、、、。
旅行なんて、何年振りだろう。
頭と身体を洗って湯船に浸かる。
はあぁ、、、気持ち良い。
「家谷くんは、よく旅行するの?」
「最近は無いかな」
やっぱり彼女とも、旅行に行ったのかな、、、。あ、変な想像しちゃった、、、。
「河野?」
ん?
「どうした?」
「何でも無い。、、、ご飯楽しみだね」
「ああ、めちゃ楽しみ」
家谷くんが満面の笑顔で言った。
*****
家谷くんは先にお風呂から上がって行った。僕はもう少しだけ湯船に浸かった。
朝からずっと一緒だったから、少し一人になりたかった。
家谷くんは、やっぱり優しくて困る。イヤな所が一つも無かった。気が合うのか、気を遣っても苦にならないのか、兎に角楽しかった。
「どんどん離れられなくなっちゃうよ、、、」
はぁ、、、。
ため息を一つ吐いて、湯船から出た。
*****
暖簾を潜り、廊下に出ると少し先のお土産屋さんに家谷くんはいた。
あの子達と話している。
絵になるな、、、。
僕は近寄ってはいけない気がして、少し離れたソファに座る。
あれが「普通」って感じがする。
やっぱり男二人で旅行って、変かも知れない、、、。
家谷くんも、声を掛けられて嬉しそうだ。
三人と僕の間には見えない何かが有って、少し淋しかった。
僕はソファから立ち上がり、お土産屋さんに向かう。広いお店だった。廊下側のお菓子を眺めながら、ゆっくり家谷くんに近寄る。
「河野!」
女の子二人もペコリと頭を下げた。
「あの、夕食一緒にどうですか?」
髪の長い女の子が家谷くんを誘う。
「何時から?」
「私達、6時半です」
家谷くんは僕の顔を見た。
「家谷くんに任せるよ」
「じゃあ、折角だから」
と、10分前に食堂入り口で待ち合わせをした。
イヤな予感が当たった、、、。
家谷くんはその子と連絡先を交換し始めた。僕も声を掛けられたけど、教えたく無かったから、部屋に置いて来たフリをした。
お土産屋さんでも、彼女はずっと家谷くんの横に立つ。僕は知らんフリをして距離を置いた。
もう一人の、髪が肩までの女の子がそっと近寄って来た。
「ごめんなさい。あの子、彼の事が気に入ったみたいで、、、」
と言う。
そうなんだ、、、。
「あの、協力して貰えませんか?」
協力?
「家谷さん、彼女がいないって言うし、チャンスなんで」
「はぁ、、、」
そうですか、、、。僕は何をすれば良いんだろう?
結局最後まで僕達はバラバラだった。
家谷くんは彼女と一緒で、僕はこの子と並んで歩いた。
*****
荷物を部屋に置きに行く、エレベーターを待ちながら
「何号室ですか?」
と聞かれていた。家谷くんは躊躇無く教える。
僕達は先に降り、彼女達は上がって行った。
知らない人と一緒にいた所為か、緊張していたみたいだ。
部屋に入るとドッと疲れた気がして、早くベッドに横になりたかった。
「あれ、スマホ持ってたんだ」
「うん」
ああ、さっき部屋に置いて来たって言ったから、、、。
「連絡先増やしたく無いから」
荷物を片付けながら、時計を見る。5時前だった。
「家谷くんはどっちのベッドが良い?」
「奥のベッド使ってよ。俺はこっちを使うから」
昔、何かの本で読んだ。入り口に近い席やベッドは男性が使う、とか何とか。女性は奥で、強盗が入った時恋人を守る為、だったかな?
大事にされている気がして、ちょっと嬉しかった。
そのまま靴を脱いでベッドに上がる。脱力して、身体がベッドに吸い込まれる気がした。
真っ白い清潔な布団が気持ち良かった。
「疲れた?」
家谷くんに聞かれて
「少し」
と答える。家谷くんが、僕のベッドに腰掛ける。
**********
少し、と言って河野は寝息を立てていた。夕食までは1時間以上ある。
俺はそっと河野の頭を撫でる。
と、スマートフォンに通知があった。
彼女達が部屋の外にいるらしい。
その場を静かに離れ、扉を開ける。
「あの、夕食まで館内を回りませんか?」
俺は河野を少し休ませたかったから
「良いよ。河野寝てるから、ちょっと待ってて」
一度部屋に戻り、メモを残して部屋を出た。
**********
家谷くんが扉を開けた。誰か来ている。女の子の気配で、僕は寝たフリをした。
家谷くんは一度戻り、すぐに部屋を出た。鍵が掛かる音がして、僕はそっと目を開ける。
置いて行かれた、、、。
鍵を持って行ってしまったから、追い掛けられない。部屋付けの机に
「果穂ちゃん達と出掛けて来る。すぐ戻る」
って書いてあった。
果穂ちゃんって言うんだ、、、。
僕はスマートフォンを充電しながら、もう一度ウトウトしようとベッドに横になった。
なかなか眠る事が出来ない。何度も体勢を変えた。
カチャリ
鍵の開く音がした。帰って来たんだ。
「河野?」
「お帰り」
「起きた?」
「うん」
「夕食行こう」
「うん」
うんしか言えないな、、、。スマートフォンと財布を持つ。
「お腹空いた?」
「うん」
「河野?」
「ん?」
呼ばれて家谷くんの顔を見た。
「どうした?」
と言って近付いて来る。手が僕の頬を触る。
びっくりして避けてしまった。
「ごめん、ごめん。元気無いから具合悪いのかと思って」
「大丈夫だよ」
部屋を出ると果穂ちゃん達がいた。
流れる様に家谷くんと果穂ちゃんが並び、僕はもう一人の子と歩く。
名前も知らない子。
「優奈です」
僕の気持ちを読んだ様に自己紹介をした。
「優奈ちゃん、、、」
「河野さんは、下の名前」
前を歩く二人が、名前で呼び合ってるのが聞こえた。果穂ちゃんが進一くんと読んでいる。
「あの、、、」
優奈ちゃんの呼び掛けにハッとなり、話題を変えた。
「平日に旅行なんですね」
「あ、えっと、私達看護師で」
そっか、だから平日休みなんだ、、、。
食堂に着くと、部屋ごとに席が決まっていて、僕達は窓際の席だった。
「残念、一緒にご飯食べられないね」
と果穂ちゃんが言う。僕はホッとした。
「また、後でね」
と言うと、果穂ちゃん達は案内されながら遠くの席に移動する。
やっと二人きりになれた、、、。
「席、決まってるんだな」
家谷くんは果穂ちゃん達と一緒に食べたかったんだ。
「早く食べて、果穂ちゃん達の席で飲めば良いんじゃない?」
「そっか、、、そうだね」
ふっ、、、と笑いが出た。
何の為に旅行に来たんだろう、、、。
席に着くと順番に料理が来た。
「追加すれば良いと思って、一番シンプルなコースにしたんだ。何か食べたい物があったら追加して?」
バカだな、、、そんな事したら、あっちの席に行くのが遅くなるじゃ無いか。
「ありがとう」
僕達は、生ビールを頼んで二人で乾杯した。
料理は美味しかった。家谷くんはよく喋り、笑った。
「さっきは、三人で何してたの?」
「そうそう、ゲームコーナーが凄く広くてさ、お土産屋もめちゃくちゃ広かったよ」
「何処にあるの?」
「別館の一階、ワンフロア全部がゲームコーナーとお土産屋だった」
「全部見たの?」
「見たよ。色んなゲームあった!」
楽しそうだな。
「何か追加しない?」
「僕は良いよ。家谷くん、早く果穂ちゃん達の所に行きたいでしょ?」
あ、、、と、思った。向こうから果穂ちゃんが来る。
「進一くん」
と家谷くんの横に座り
「上に、お酒飲む所があるらしいから、後で行かない?」
と聞いている。僕は料理に手を伸ばす。
「美味っ、、、」
つい出た。
「河野は?」
「僕は遠慮するよ。この後、別館のお土産屋さん見に行きたいから。家谷くんはもう見たんでしょ?果穂ちゃん達と飲みに行きなよ」
僕は顔を上げないで料理を食べた。
イヤな空気になる。
「じゃあ、後で連絡するよ」
と果穂ちゃんに家谷くんが言うと
「楽しみにしてるね」
と彼女は自分達の席に戻って行った。
「河野?」
「ん?」
「怒ってる?」
は?何で僕が怒るんだよ、、、。僕は料理を食べ続けた。
折角旅行に来たのに、、、。これじゃあ、いけない、、、。そう思いながら、ビールを飲む。
「怒って無いよ」
とだけ言った。ふと見ると、家谷くんは料理を食べ終わっていた。
「果穂ちゃん達のテーブルに行っても良いよ」
彼の空のお皿を見ながら言ってしまった。
「分かった、、、ちょっと行って来る」
そう言いながら、ビールのジョッキを片手に立ち上がった。
途中にある、ビールサーバーで生ビールを注ぎ、果穂ちゃん達のテーブルに向かった。
僕も生ビールを貰いに行き、席に着くなり一気に飲んだ。、、、足りない。もう一度注ぎに行く。
家谷くんは戻って来ない。梅酒のロックを頼んで飲む。
部屋に帰りたいな、、、。
*****
「河野、部屋に戻ろう」
ウトウトしてた、、、。
「うん」
「どれ位飲んだの?」
食堂を出ながら聞かれた。
「生ビール三杯と梅酒ロック、、、」
フワフワする。階段をゆっくり上がり、家谷くんは途中の自動販売機で、ビールと酎ハイを買う。
部屋に入ると僕はまっすぐベッドに行った。
浴衣って、すぐ着崩れるから面倒だ、、、。
暫くウトウトして、目が覚めた。部屋は凄く静かで、誰も居なかった。きっと家谷くんは果穂ちゃん達と飲みに行ったんだ。
涙が出た、、、。浴衣の袖で涙を拭く。
「家谷くんのバカ、、、。一人にしないでよ、、、」
枕で涙を拭いた。
ギシッ、、、。
え?
今、音が、、、
「河野?泣いてる?」
家谷くんの声が後ろからした。
コトリとグラスをテーブルに置く音がする。
ギシッと先刻と同じ、家具が軋む音。
ベッドが沈む。家谷くんがベッドに乗って来た。
僕は緊張して、目を閉じる。彼が僕の肩に触れ、横向きだった身体を仰向けにする。
「何で泣いてるの?」
ジッと見つめられているのが分かる。
「河野?」
頬に触れる。
「果穂ちゃんの事、気に入ったの?」
喉がグッと詰まる。
「どうして?」
僕は首を振る。どうしてそう思うのか分からない。
「仲良く名前で呼び合ってた、、、」
「、、、イヤだった?」
僕は考える、、、。
「イヤだった、、、」
だって、僕は一度も名前で読んだ事が無い。付き合っていた一年間でさえ、「家谷くん」だった。
「食事の前に、置いて行かれたのもイヤだった」
「ごめん、疲れてるみたいだったから、寝かせたかったんだ。、、、どうしてそう思ったの?」
「だって、、、僕と旅行に来てるのに、、、」
涙が溢れて来た。
そうだ、僕と旅行に来てるのに、彼女達を優先するから淋しかった、、、。
僕の事、好きだって言ったクセに、どうして僕を一人にするの?
「淋しかった?」
ボロボロ涙が溢れた。ああ、イヤだ。こんな僕は嫌いだ。僕は家谷くんに、僕の好きを知られたく無いのに、、、。
僕は泣き顔を見られたく無いから、顔を隠した。
家谷くんが僕の手を取り、泣き顔を晒す。
家谷くんがキスをした。
僕の涙は更に溢れて流れて行く。
「好きだって、言ったでしょ?」
ふっ、、、と息が溢れる。
「普通の恋がしたいって言ってたから、、、」
僕は、家谷くんに抱き付く。首に腕を回し、上から僕を覗き込む彼を抱き寄せる。
「家谷くんは、普通の恋が似合うよ、、、」
嘘だ。本当は僕だけを見て欲しい。
「ごめん、、、俺が悪かった。ごめんね、、、。河野を苦しめたのは俺だ、、、」
家谷くんも抱き締めてくれた。
「ずっと酷い事を言ったと思ってた。河野を否定したみたいな言葉だった。本当にごめん。でも、今は河野が好きなんだ。だから、付き合いたい、、、」
「でも、家谷くんはモテるから女の子と付き合った方が、、、」
「何人か女の子と付き合った事があるんだ」
、、、そうだよね、、、。あれから何年も経ってるんだ。
僕は浴衣の裾を直しながら話しを聞く。
「、、、何か、上手くいかなかった」
ポスンと僕の横に寝転ぶ。
「そうなの?」
お互いに向き合うと顔が近かった。
「その間もずっと河野の事が忘れられ無くてさ」
僕の事を腕枕する様に抱き締め、浴衣の裾から足を入れて来た。素足が絡まると何だか恥ずかしくて、ドキドキする。
「河野の事、好きなんだって思った、、、」
ギュッと抱き締められた。
「付き合ってくれる?」
付き合っても良いのかな、、、。?
ピン、ポーン、、、。扉から呼び鈴が鳴った。
え?誰?僕は咄嗟に家谷くんにしがみ付いた。家谷くんも僕を抱き締めてくれた。
もう一度鳴る。ピン、ポーン、、、。
「出た方が良いかな?」
僕が家谷くんを見上げながら言うと、そっとキスをする。
???
家谷くんが「ふふっ」と笑い。もう一度キス。
「ね、誰か来たよ?」
少し身体を引き、聞いてみる。
家谷くんは、僕の唇を追う様に前に出る。
浴衣が着崩れて恥ずかしい、、、。
僕の足を割って入り、逃がさない様に身体を押し付ける。
仰向けになると、覆い被さりながらキスをする。
浴衣の前が全部はだけて、帯だけが意味無く結ばれている。
「まだ、扉の前にいるかな、、、?」
ドキンとする。
「大きな声出したら、聞こえちゃうかもね」
そんな事ある訳無いのに、僕はビクビクする。
家谷くんの右手が、僕の頬を触ると自然に唇が開いてしまった。家谷くんのキスの仕方が変わる。
そのまま彼の手が、身体の線をなぞる様にゆっくり太腿まで下がると、僕は女の子みたいな声が出てしまった。恥ずかしくて死にそうだ、、、。
**********
不思議だ、、、。河野の身体に触れていると、河野を気持ち良くしたくて、指先が熱くなる。指紋の溝にすら感度がある様な気がして、彼の全てに触れたいと思う。
自分の舌先も、いつもより敏感になっているみたいだ。
俺の全身で、彼の全てを感じたい、、、。
**********
「昨日、お部屋まで行ったんですよ?」
果穂ちゃんが言う。
「え?本当?出掛けてたのかな?」
朝食バイキングも同じ時間だった。入り口で果穂ちゃんが達に会い、同じテーブルに座った。
「河野、奥で良い?」
と聞かれて
「良いよ」
と返事をすると、家谷くんは隣に座った。
「お腹空いたね」
にっこり笑う。
「河野、何が食べたい?。取って来るよ」
「家谷くんと同じモノ」
「分かった、待ってな」
三人が立ち上がり、各々(おのおの)取りに行く。僕は荷物番みたいになっていた。
平日の朝なのに、宿泊客が沢山いて不思議だった。でも、年配の夫婦か、小さな孫を連れている家族連れが多いかな、、、。
「河野、飲み物持って来た」
「ありがとう」
「身体、大丈夫?」
僕は顔が赤くなるのが分かった。恥ずかしくて、アワアワする。
オレンジジュースとグレープフルーツジュースを置いて
「好きな方選びな」
と言って食事を取りに行く。
果穂ちゃん達は洋食コーナーで、パンを見ていた。
家谷くんは和食でオカズを選んでいる。
タラの西京焼き、サラダ、温泉卵、納豆、白飯と味噌汁。2回に分けて、二人分運んでくれた。
「また、取りに行くから」
と言って椅子に座る。
「ありがとう」
二人で手を合わせて「頂きます」と食べ始める。
果穂ちゃん達、洋食チームのお皿を見て
「スクランブルエッグとベーコン、美味そう、、、。ポテサラもあるんだ」
とチェックしている。
僕は、納豆の入った小さなパックを、そっと家谷くんのトレーに載せる。納豆だけは嫌いなんだ。
「今日はどこに行くんですか?もし良かったら、一緒に回りませんか?」
果穂ちゃんが言う。
「今日はチェックアウトしたら、すぐに帰るよ。渋滞に嵌りたくないから」
家谷くんがにっこり笑う。
果穂ちゃんは残念そうな顔をした。
「進一くん、後で少し時間あるかな?」
僕の肩がピクリと動いた。自分でもびっくりした。きっと家谷くんは告白される、、、。
「それって、今じゃダメ?」
「あ、、、旅行終わっても、メッセージとか送っても良いかな?って確認したくて、、、」
「ごめんね。俺、好きな人いるから。返事出来ない」
「そっか、、、」
「うん、恋人はいなかったけど、好きな人はいたんだ。ごめんね」
「ううん、ちゃんと言ってくれて良かった!帰り、気を付けて帰ってね」
「ありがとう。ね、ヨーグルト、どこにあったの?」
「あのね、、、
恋は全て、特別だと思います。




