無自覚で攻略してたら切り抜き職人に人生を握られました
本作は、魔晶で日常が“記録・拡散”される世界を舞台にした、コメディ寄りの短編です。
作中には、切り抜き動画(編集)による誤解・噂の加速、視聴者コメントの暴走、本人の意思と無関係に予定が埋まっていく描写が含まれます。ただし、深刻な暴力表現はなく、最終的には「運用ルール」を作って主導権を取り戻すハッピーな着地です。
胃にやさしくないコメントは出ますが、物語自体は胃にやさしく終わります(当社比)。
朝の掲示板は、だいたい人の人生を壊す。
いや、正確には“掲示板そのもの”が壊すんじゃない。掲示板に流れてくる「他人の編集済み人生」が壊す。
今日も私は、ギルドの共有魔晶(みんなが見られる映像板)の前で立ち止まり、胃を押さえた。
「見た!? 昨日の切り抜き!」
「無自覚で距離詰める新人、尊すぎるんだけど!」
「え、今日も上がるかな……」
ざわざわ。
そんな声の中心に、私の顔が映っていた。
タイトル。
『無自覚で距離を詰める新人(尊)』
……待って。
私、距離詰めてない。普通に立ってただけ。
それに「尊」って何。敬意の向きがおかしい。
映像の中で私は休憩室にいる。机にマグカップを置いて、同僚のユウトに言っている。
『無理しないで。……顔色、悪いよ』
そこで画面がスローモーションになった。
文字が出る。
【※ここで目を見て言うの反則】
効果音。
キュンッ(どこから?)
さらに字幕。
【心拍数:上昇(当社比)】
当社ってどこ。
映像は続く。私が薬草茶の袋を渡しているだけなのに、画面の端にハートが舞っている。
うちのギルド、いつから恋愛演出ギルドになったんだ。
「いや、普通に声かけただけですけど!?」
思わず口から出た。
周りが振り向く。
そして一斉に笑う。
「本人だ!」
「照れて否定するのも攻略だよね」
「否定も込みで切り抜かれてるの草」
草じゃない。燃えてる。
背後から広報係の先輩が肩を叩いた。笑顔がやけに爽やかだ。嫌な予感しかしない。
「ナギさん。おめでとうございます。今日から“広報案件”来てます」
「……は?」
先輩が紙束を差し出す。依頼書。撮影。同行。対談。出演。
文字の量で分かる。ここから私の自由時間が死ぬ。
「ちょっと待ってください。私、配信者じゃないんですけど」
「配信してなくても記録は残るじゃないですか。共有水晶、あちこちにありますし」
そう。ここは魔晶がある世界だ。
誰かが“共有水晶”に触れれば映像は残る。残った映像は切り抜き職人が拾って編集し、拡散する。
私は静かに確認した。
「……つまり、私の人生、字幕で動き出したんですか」
「そうとも言いますね!」
言うな。
◇◇◇
昼。仕事場の空気が、昨日までと違う。
まず、ユウトが私を見ると赤くなる。
正確には、赤くなって距離を取る。
距離を取られると仕事がしづらい。薬草茶が渡しづらい。
薬草茶が渡しづらい世界、意味が分からない。
「おはよう、ユウト」
「お、おはよう……」
「昨日の報告書、助かった。ありがとう」
「……っ」
ユウトが硬直した。視線が泳ぎ、手がわたわたして、最後に「すみません!」と言って逃げた。
……謝るな。逃げるな。報告書に謝るな。
次に、レイナ先輩が妙にツンになる。
普段は「新人、仕事遅い!」と言いながら、ちゃんと教えてくれる人なのに、今日は声が固い。
「ナギ。そこ、違う」
「はい」
「……別に、あなたのために言ってるわけじゃないし」
「え?」
「仕事の品質のためだから!」
品質はいつも大事です。急に宣言しなくても。
背後で誰かが囁く。
「『ツン先輩を一言で落とす新人』の切り抜き、今日上がるかな」
「昨日の無言椅子引きもやばかったよね」
無言椅子引きって何。
椅子を引いただけでコンテンツ化するな。
共有魔晶を覗くと、案の定、増えていた。
『ツン先輩を一言で落とす新人(破壊力)』
『“だいじょうぶ”で場を制圧する(最強)』
『視線だけで攻略してる(してない)』
してない。
視線はただの視線。
私は目が二つあるだけの一般人。
でもコメント欄は勝手に進む。
【この二人、絶対付き合う】
【いや、ユウトルート確定】
【先輩も落ちてるから三角関係でお願いします】
【公式(切り抜き職人)が一番分かってる】
公式は私だ。
私の人生の公式は私だ。勝手に公式を名乗るな。
さらに、スケジュールが勝手に埋まり始めた。
広報係「明日は討伐隊の同行、明後日は新人講座の出演、その次は対談で……」
私「私の同意は?」
広報係「切り抜きで好感度が高いので大丈夫です!」
私「大丈夫じゃないです!」
……まずい。
このままだと、私の人生が“編集”で動く。
人生のハンドルが、見えない誰かの手に渡っている。
私は深呼吸した。
(探す。切り抜き職人。止める。人生を取り戻す)
◇◇◇
対抗策を試した。人は追い詰められると地味に逃げたくなる。私は今、地味に生きたい。
まず、喋らない。
無言で仕事をする。無言で報告書を出す。無言で席に座る。
結果、切り抜きが上がった。
『無言で椅子を引く新人(紳士ムーブ)』
【言葉がないのに優しい】
効果音。
カタン(椅子の音を強調するな)
次に、目を合わせない。
目を合わせると「反則」になるらしいので、床を見る。
結果。
『目を逸らすの、照れ確定(尊)』
【逃げても尊い】
逃げても尊いって何。無敵か。
次に、優しさを出さない。
無理だった。
同僚が重い荷物を持っていれば手が勝手に動く。新人が困っていれば声が勝手に出る。
「大丈夫? 一緒にやろう」
……出た。
そして当然、切り抜きが上がった。
『“一緒にやろう”で全員落ちる(危険)』
私は机に額をつけた。
「これ、私が何しても恋愛BGM流れるんだけど……」
しかも否定すればするほど燃える。
「違います」→【照れ】
「誤解です」→【焦り可愛い】
「やめてください」→【独占欲!?】
違う。全部違う。
独占欲があるのは編集側だ。
私は決めた。
犯人を探す。
切り抜きを止める。
……いや、止められないなら運用を変える。
◇◇◇
切り抜き職人には癖がある。上手い編集者ほど手癖が出る。
私は切り抜きを見た。胃は死んだ。
でも分析はできた。
字幕が丁寧。敬語が崩れない。
効果音の趣味が古い。鈴、カタン、ため息。
そして“間”の取り方が現場経験者っぽい。息継ぎの位置を知っている編集だ。
(つまり、うちのギルド内にいる)
さらに、切り抜き元の映像の出所が偏っていた。
休憩室。資料室。回廊。広報室前。
共有水晶がある場所ばかり。夜遅くでも出入りできる場所ばかり。
私は夜、資料室へ行った。照明を落とし、棚の影で待つ。
(来い。職人。来い)
扉が静かに開いた。
入ってきたのは、細い影。
フードでもマントでもない。
ただの同僚。
事務担当のサキだった。
存在感が薄い。声も小さい。普段は「はい」しか言わないタイプ。
なのに手には編集盤(魔晶端末)。指が速い。速すぎる。職人の指だ。
私は棚の影から出た。
「……サキ?」
サキがぴたりと止まる。
驚きが遅い。つまり、追われることを想定していた人の反応。
「え、見てたの」
いや、そこは「ごめんなさい」だろ。
潔すぎる。
「その編集盤、なに」
「切り抜き」
認めるのが速い。編集だけじゃなく白状も速い。
「……あなたが、KIRI_SAKI?」
「うん」
うん、じゃないんだよ。
「私の人生、あなたの字幕で動いてるんだけど」
「動いた方が良くない?」
「良くないです」
即答した。
「私は静かに暮らしたい。普通に仕事したい。普通に褒めたい。なのに全部、恋愛みたいに編集される」
サキは目を伏せた。悪意がない顔。困ってる顔。
その顔が一番厄介だ。悪意があれば殴れるのに。
「……ナギの良さが埋もれるのが、もったいなくて」
「埋もれてていいです。私は土の中で生きたい」
「土の中は暗いよ」
「明るいのも眩しいです」
サキが少しだけ口角を上げる。
「みんな、ナギを見ると救われる」
「救われるのは勝手。でも私の予定が救われてない」
私は一歩近づいた。怒鳴らない。怒鳴ると切り抜かれる。
「私の“切り抜き”が先に歩いて、私が追いかけてる。誤解が広がるほど、私の言葉が薄くなる。分かる?」
サキが、そこで初めて目を泳がせた。
「……そんなつもりじゃ」
「つもりがなくても現実が動くのが一番怖い」
私は言葉を足す。
「就職の話も来た。案件も来た。誰と誰が付き合うとか、勝手に決められてる。私の人生が“脚本化”されてる」
サキは編集盤を抱える腕に力を入れた。
「……明日、大型イベントがある。みんな、期待してる」
「何を」
「公開告白回」
最悪。
「誰が告白するの」
「ナギが」
「しない」
「でもコメントが……」
「コメントは胃に優しくない」
私はため息をついて、結論に進んだ。
「サキ。止めろとは言わない。運用を変える」
「運用?」
「ルールを作る。今から」
◇◇◇
私は机に紙を広げた。資料室の机は広い。こういうときだけ有能。
「切り抜き運用ルール。第一版」
サキが覗き込む。目が真剣だ。編集者の目。
「一、本人確認。公開前に私が内容確認」
「……時間かかる」
「かかる方が安全」
「二、文脈表示。字幕に前後の状況を一行入れる」
「……伸びにくい」
「伸びるのが正義じゃない」
「三、過剰演出禁止。恋愛BGM、煽り字幕、心拍数表示」
「心拍数、人気なのに」
「当社比の当社を教えてください」
サキが黙った。
当社は存在しない。
「四、切り抜き範囲。私生活寄りは切らない」
「共有水晶は公共だけど」
「公共だからこそ配慮」
「五、公式枠。私が説明できる場を作る」
サキが小さく息を吐いた。
「……ナギの良さは、消せないよ」
「消さなくていい。勝手に“脚本”にしないで」
私は紙を指で叩いた。
「明日のイベント、絶対に“告白回”にしない」
サキはしばらく黙って、やがて頷いた。
「……分かった」
肩の力が抜けた。
やっと、人生のハンドルが少し戻ってきた感覚。
と思った矢先、サキがぽつりと言う。
「ナギ、明日……言うよね。“一緒にやろう”って」
「言いません」
「言うよ」
「言いません」
「言う」
職人の確信はだいたい当たる。嫌だ。
◇◇◇
翌日。大型イベント。
ギルド主催の討伐隊出発式。広場に人が集まり、共有水晶がぎらぎら光っている。
広報係の先輩が私を前に押し出す。
「ナギさん! 一言お願いします!」
「一言で済むなら人生楽です」
私は拡声魔晶を受け取った。視線が集まる。コメントが流れる。
【きた】
【告白回】
【ユウト見てるぞ】
【先輩もいる】
【三角関係の始まり】
始まらない。
私は息を吸って言った。
「本日は安全第一で。無理しないで。怪我をしたら報告。勝手に我慢しない」
広場が一拍静かになった。
コメントが止まり、そして流れ出す。
【告白じゃなかったw】
【でも安全第一、刺さる】
【新人なのに言葉が強い】
【これはこれで好き】
(よし。告白回、回避)
と思った直後。
ユウトが荷物を落とした。箱が転がり、薬草が散らばる。焦ると事故る。
私の体が勝手に動いた。口も勝手に動いた。
「ユウト、いい。止まって。……大丈夫。私、やるから」
言ってしまった。
コメントが爆発する。
【出た】
【大丈夫】
【告白より刺さる】
【ここ切り抜き確定】
【職人、今どんな顔?】
(私の口、勝手に攻略しないで)
でも今日は違う。運用ルールがある。
私は人生のハンドルを握り返した。
イベント後、サキが私のところへ来た。編集盤を抱えたまま静かに言う。
「今日の切り抜き……確認する?」
私は頷いた。
「する。私の人生だから」
サキが編集盤を操作し、短い切り抜きを見せる。
例のシーン。私が「大丈夫」と言ってユウトを止める。
だが今日は字幕が違った。
【※荷物が散らばって危険。転倒防止の声かけ】
【“大丈夫”=作業を止める合図】
【恋愛BGMなし】
効果音はカタン一回だけ。盛らない。煽らない。文脈がある。
コメント欄も、角が丸い。
【告白だと思ったけど違った】
【でもこういうのが一番好き】
【優しさって、仕事だよね】
【沼】
私は息を吐いた。
「……これなら、まだ息できる」
サキが小さく頷く。
「ナギの良さは、そのまま」
「そのままでいい。勝手に脚本にしないで」
「うん。じゃあ、一緒に運用する」
私は自分でも驚くくらい素直に言えた。
「……恋より先に、ルール。私の正解はそれ」
サキが、ほんの少しだけ笑った。
編集のためじゃない、現実の笑いだった。
◇◇◇
それから少しずつ、生活は落ち着いた。
ユウトは赤くなりながらも逃げなくなった。
レイナ先輩はツンが減って、普通に褒めると普通に受け取るようになった。
広報係は相変わらず案件を持ってくるが、「本人確認」を通さないと公開できないので急に丁寧になった。
人生を握られたと思ったら、共同運用になっていた。
それでも、たまに胃は痛い。
でも前よりはマシだ。少なくとも当社比の当社に振り回されなくなった。
夜、資料室の帰り道。サキが隣を歩きながらぽつりと言った。
「今日の切り抜き、もう一本ある」
「何」
「ナギが“普通に歩いてるだけ”のやつ」
「やめて」
「文脈つける。『歩行は健康』って」
「そういう問題じゃない」
サキが小さく笑う。
私はため息をついて、でも少しだけ笑ってしまった。
……仕方ない。
私の人生は、まだちょっとだけ字幕に狙われている。
でもハンドルは私が握っている。
少なくとも、握り返せる距離にある。
夜風を吸って、私は頭の中でチェックを付けた。
(本日:告白回回避。炎上なし。文脈あり。人生:共同運用。事故ゼロで終了)
そして明日の予定を確認しながら、私は歩いた。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
切り抜きって便利です。短くて、分かりやすくて、刺さる。
でも便利さは、ときどき人の人生を“短くしすぎる”。
一言だけが独り歩きして、文脈が落ちて、本人が後追いになる。そういう怖さを、できるだけ笑える形にしてみました。
ナギがやったのは、誰かを黙らせることではなく、ルールを作ることです。
「やめて」よりも、「こうして」を置く。
編集も拡散も止めない代わりに、誤解を減らして、本人の呼吸を守る。地味だけど強い勝ち方だと思います。
そしてサキは、悪い人ではありません。
ただ、好きが上手すぎた。編集が上手すぎた。
上手すぎるものは、時々ハンドルを奪うので、共同運用にしました。
恋より先にルール。
胃より先に文脈。
そんな世界でも、ちゃんと人は笑える、ということで。




