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無自覚で攻略してたら切り抜き職人に人生を握られました

作者: 星渡リン
掲載日:2026/02/25

本作は、魔晶で日常が“記録・拡散”される世界を舞台にした、コメディ寄りの短編です。

作中には、切り抜き動画(編集)による誤解・噂の加速、視聴者コメントの暴走、本人の意思と無関係に予定が埋まっていく描写が含まれます。ただし、深刻な暴力表現はなく、最終的には「運用ルール」を作って主導権を取り戻すハッピーな着地です。

胃にやさしくないコメントは出ますが、物語自体は胃にやさしく終わります(当社比)。

 朝の掲示板は、だいたい人の人生を壊す。


 いや、正確には“掲示板そのもの”が壊すんじゃない。掲示板に流れてくる「他人の編集済み人生」が壊す。


 今日も私は、ギルドの共有魔晶(みんなが見られる映像板)の前で立ち止まり、胃を押さえた。


「見た!? 昨日の切り抜き!」


「無自覚で距離詰める新人、尊すぎるんだけど!」


「え、今日も上がるかな……」


 ざわざわ。

 そんな声の中心に、私の顔が映っていた。


 タイトル。


 『無自覚で距離を詰める新人(尊)』


 ……待って。

 私、距離詰めてない。普通に立ってただけ。

 それに「尊」って何。敬意の向きがおかしい。


 映像の中で私は休憩室にいる。机にマグカップを置いて、同僚のユウトに言っている。


『無理しないで。……顔色、悪いよ』


 そこで画面がスローモーションになった。

 文字が出る。


【※ここで目を見て言うの反則】


 効果音。


 キュンッ(どこから?)


 さらに字幕。


【心拍数:上昇(当社比)】


 当社ってどこ。


 映像は続く。私が薬草茶の袋を渡しているだけなのに、画面の端にハートが舞っている。

 うちのギルド、いつから恋愛演出ギルドになったんだ。


「いや、普通に声かけただけですけど!?」


 思わず口から出た。

 周りが振り向く。

 そして一斉に笑う。


「本人だ!」


「照れて否定するのも攻略だよね」


「否定も込みで切り抜かれてるの草」


 草じゃない。燃えてる。


 背後から広報係の先輩が肩を叩いた。笑顔がやけに爽やかだ。嫌な予感しかしない。


「ナギさん。おめでとうございます。今日から“広報案件”来てます」


「……は?」


 先輩が紙束を差し出す。依頼書。撮影。同行。対談。出演。

 文字の量で分かる。ここから私の自由時間が死ぬ。


「ちょっと待ってください。私、配信者じゃないんですけど」


「配信してなくても記録は残るじゃないですか。共有水晶、あちこちにありますし」


 そう。ここは魔晶がある世界だ。

 誰かが“共有水晶”に触れれば映像は残る。残った映像は切り抜き職人が拾って編集し、拡散する。


 私は静かに確認した。


「……つまり、私の人生、字幕で動き出したんですか」


「そうとも言いますね!」


 言うな。


◇◇◇


 昼。仕事場の空気が、昨日までと違う。


 まず、ユウトが私を見ると赤くなる。

 正確には、赤くなって距離を取る。


 距離を取られると仕事がしづらい。薬草茶が渡しづらい。

 薬草茶が渡しづらい世界、意味が分からない。


「おはよう、ユウト」


「お、おはよう……」


「昨日の報告書、助かった。ありがとう」


「……っ」


 ユウトが硬直した。視線が泳ぎ、手がわたわたして、最後に「すみません!」と言って逃げた。


 ……謝るな。逃げるな。報告書に謝るな。


 次に、レイナ先輩が妙にツンになる。

 普段は「新人、仕事遅い!」と言いながら、ちゃんと教えてくれる人なのに、今日は声が固い。


「ナギ。そこ、違う」


「はい」


「……別に、あなたのために言ってるわけじゃないし」


「え?」


「仕事の品質のためだから!」


 品質はいつも大事です。急に宣言しなくても。


 背後で誰かが囁く。


「『ツン先輩を一言で落とす新人』の切り抜き、今日上がるかな」


「昨日の無言椅子引きもやばかったよね」


 無言椅子引きって何。

 椅子を引いただけでコンテンツ化するな。


 共有魔晶を覗くと、案の定、増えていた。


 『ツン先輩を一言で落とす新人(破壊力)』

 『“だいじょうぶ”で場を制圧する(最強)』

 『視線だけで攻略してる(してない)』


 してない。

 視線はただの視線。

 私は目が二つあるだけの一般人。


 でもコメント欄は勝手に進む。


【この二人、絶対付き合う】

【いや、ユウトルート確定】

【先輩も落ちてるから三角関係でお願いします】

【公式(切り抜き職人)が一番分かってる】


 公式は私だ。

 私の人生の公式は私だ。勝手に公式を名乗るな。


 さらに、スケジュールが勝手に埋まり始めた。


 広報係「明日は討伐隊の同行、明後日は新人講座の出演、その次は対談で……」

 私「私の同意は?」

 広報係「切り抜きで好感度が高いので大丈夫です!」

 私「大丈夫じゃないです!」


 ……まずい。

 このままだと、私の人生が“編集”で動く。


 人生のハンドルが、見えない誰かの手に渡っている。


 私は深呼吸した。


(探す。切り抜き職人。止める。人生を取り戻す)


◇◇◇


 対抗策を試した。人は追い詰められると地味に逃げたくなる。私は今、地味に生きたい。


 まず、喋らない。


 無言で仕事をする。無言で報告書を出す。無言で席に座る。


 結果、切り抜きが上がった。


 『無言で椅子を引く新人(紳士ムーブ)』


【言葉がないのに優しい】


 効果音。


 カタン(椅子の音を強調するな)


 次に、目を合わせない。


 目を合わせると「反則」になるらしいので、床を見る。


 結果。


 『目を逸らすの、照れ確定(尊)』


【逃げても尊い】


 逃げても尊いって何。無敵か。


 次に、優しさを出さない。


 無理だった。


 同僚が重い荷物を持っていれば手が勝手に動く。新人が困っていれば声が勝手に出る。


「大丈夫? 一緒にやろう」


 ……出た。

 そして当然、切り抜きが上がった。


 『“一緒にやろう”で全員落ちる(危険)』


 私は机に額をつけた。


「これ、私が何しても恋愛BGM流れるんだけど……」


 しかも否定すればするほど燃える。


「違います」→【照れ】

「誤解です」→【焦り可愛い】

「やめてください」→【独占欲!?】


 違う。全部違う。

 独占欲があるのは編集側だ。


 私は決めた。


 犯人を探す。

 切り抜きを止める。

 ……いや、止められないなら運用を変える。


◇◇◇


 切り抜き職人には癖がある。上手い編集者ほど手癖が出る。


 私は切り抜きを見た。胃は死んだ。

 でも分析はできた。


 字幕が丁寧。敬語が崩れない。

 効果音の趣味が古い。鈴、カタン、ため息。

 そして“間”の取り方が現場経験者っぽい。息継ぎの位置を知っている編集だ。


(つまり、うちのギルド内にいる)


 さらに、切り抜き元の映像の出所が偏っていた。


 休憩室。資料室。回廊。広報室前。

 共有水晶がある場所ばかり。夜遅くでも出入りできる場所ばかり。


 私は夜、資料室へ行った。照明を落とし、棚の影で待つ。


(来い。職人。来い)


 扉が静かに開いた。


 入ってきたのは、細い影。

 フードでもマントでもない。

 ただの同僚。


 事務担当のサキだった。


 存在感が薄い。声も小さい。普段は「はい」しか言わないタイプ。

 なのに手には編集盤(魔晶端末)。指が速い。速すぎる。職人の指だ。


 私は棚の影から出た。


「……サキ?」


 サキがぴたりと止まる。

 驚きが遅い。つまり、追われることを想定していた人の反応。


「え、見てたの」


 いや、そこは「ごめんなさい」だろ。

 潔すぎる。


「その編集盤、なに」


「切り抜き」


 認めるのが速い。編集だけじゃなく白状も速い。


「……あなたが、KIRI_SAKI?」


「うん」


 うん、じゃないんだよ。


「私の人生、あなたの字幕で動いてるんだけど」


「動いた方が良くない?」


「良くないです」


 即答した。


「私は静かに暮らしたい。普通に仕事したい。普通に褒めたい。なのに全部、恋愛みたいに編集される」


 サキは目を伏せた。悪意がない顔。困ってる顔。

 その顔が一番厄介だ。悪意があれば殴れるのに。


「……ナギの良さが埋もれるのが、もったいなくて」


「埋もれてていいです。私は土の中で生きたい」


「土の中は暗いよ」


「明るいのも眩しいです」


 サキが少しだけ口角を上げる。


「みんな、ナギを見ると救われる」


「救われるのは勝手。でも私の予定が救われてない」


 私は一歩近づいた。怒鳴らない。怒鳴ると切り抜かれる。


「私の“切り抜き”が先に歩いて、私が追いかけてる。誤解が広がるほど、私の言葉が薄くなる。分かる?」


 サキが、そこで初めて目を泳がせた。


「……そんなつもりじゃ」


「つもりがなくても現実が動くのが一番怖い」


 私は言葉を足す。


「就職の話も来た。案件も来た。誰と誰が付き合うとか、勝手に決められてる。私の人生が“脚本化”されてる」


 サキは編集盤を抱える腕に力を入れた。


「……明日、大型イベントがある。みんな、期待してる」


「何を」


「公開告白回」


 最悪。


「誰が告白するの」


「ナギが」


「しない」


「でもコメントが……」


「コメントは胃に優しくない」


 私はため息をついて、結論に進んだ。


「サキ。止めろとは言わない。運用を変える」


「運用?」


「ルールを作る。今から」


◇◇◇


 私は机に紙を広げた。資料室の机は広い。こういうときだけ有能。


「切り抜き運用ルール。第一版」


 サキが覗き込む。目が真剣だ。編集者の目。


「一、本人確認。公開前に私が内容確認」


「……時間かかる」


「かかる方が安全」


「二、文脈表示。字幕に前後の状況を一行入れる」


「……伸びにくい」


「伸びるのが正義じゃない」


「三、過剰演出禁止。恋愛BGM、煽り字幕、心拍数表示」


「心拍数、人気なのに」


「当社比の当社を教えてください」


 サキが黙った。

 当社は存在しない。


「四、切り抜き範囲。私生活寄りは切らない」


「共有水晶は公共だけど」


「公共だからこそ配慮」


「五、公式枠。私が説明できる場を作る」


 サキが小さく息を吐いた。


「……ナギの良さは、消せないよ」


「消さなくていい。勝手に“脚本”にしないで」


 私は紙を指で叩いた。


「明日のイベント、絶対に“告白回”にしない」


 サキはしばらく黙って、やがて頷いた。


「……分かった」


 肩の力が抜けた。

 やっと、人生のハンドルが少し戻ってきた感覚。


 と思った矢先、サキがぽつりと言う。


「ナギ、明日……言うよね。“一緒にやろう”って」


「言いません」


「言うよ」


「言いません」


「言う」


 職人の確信はだいたい当たる。嫌だ。


◇◇◇


 翌日。大型イベント。

 ギルド主催の討伐隊出発式。広場に人が集まり、共有水晶がぎらぎら光っている。


 広報係の先輩が私を前に押し出す。


「ナギさん! 一言お願いします!」


「一言で済むなら人生楽です」


 私は拡声魔晶を受け取った。視線が集まる。コメントが流れる。


【きた】

【告白回】

【ユウト見てるぞ】

【先輩もいる】

【三角関係の始まり】


 始まらない。


 私は息を吸って言った。


「本日は安全第一で。無理しないで。怪我をしたら報告。勝手に我慢しない」


 広場が一拍静かになった。

 コメントが止まり、そして流れ出す。


【告白じゃなかったw】

【でも安全第一、刺さる】

【新人なのに言葉が強い】

【これはこれで好き】


(よし。告白回、回避)


 と思った直後。


 ユウトが荷物を落とした。箱が転がり、薬草が散らばる。焦ると事故る。


 私の体が勝手に動いた。口も勝手に動いた。


「ユウト、いい。止まって。……大丈夫。私、やるから」


 言ってしまった。


 コメントが爆発する。


【出た】

【大丈夫】

【告白より刺さる】

【ここ切り抜き確定】

【職人、今どんな顔?】


(私の口、勝手に攻略しないで)


 でも今日は違う。運用ルールがある。

 私は人生のハンドルを握り返した。


 イベント後、サキが私のところへ来た。編集盤を抱えたまま静かに言う。


「今日の切り抜き……確認する?」


 私は頷いた。


「する。私の人生だから」


 サキが編集盤を操作し、短い切り抜きを見せる。


 例のシーン。私が「大丈夫」と言ってユウトを止める。

 だが今日は字幕が違った。


【※荷物が散らばって危険。転倒防止の声かけ】

【“大丈夫”=作業を止める合図】

【恋愛BGMなし】


 効果音はカタン一回だけ。盛らない。煽らない。文脈がある。


 コメント欄も、角が丸い。


【告白だと思ったけど違った】

【でもこういうのが一番好き】

【優しさって、仕事だよね】

【沼】


 私は息を吐いた。


「……これなら、まだ息できる」


 サキが小さく頷く。


「ナギの良さは、そのまま」


「そのままでいい。勝手に脚本にしないで」


「うん。じゃあ、一緒に運用する」


 私は自分でも驚くくらい素直に言えた。


「……恋より先に、ルール。私の正解はそれ」


 サキが、ほんの少しだけ笑った。

 編集のためじゃない、現実の笑いだった。


◇◇◇


 それから少しずつ、生活は落ち着いた。


 ユウトは赤くなりながらも逃げなくなった。

 レイナ先輩はツンが減って、普通に褒めると普通に受け取るようになった。

 広報係は相変わらず案件を持ってくるが、「本人確認」を通さないと公開できないので急に丁寧になった。


 人生を握られたと思ったら、共同運用になっていた。


 それでも、たまに胃は痛い。

 でも前よりはマシだ。少なくとも当社比の当社に振り回されなくなった。


 夜、資料室の帰り道。サキが隣を歩きながらぽつりと言った。


「今日の切り抜き、もう一本ある」


「何」


「ナギが“普通に歩いてるだけ”のやつ」


「やめて」


「文脈つける。『歩行は健康』って」


「そういう問題じゃない」


 サキが小さく笑う。

 私はため息をついて、でも少しだけ笑ってしまった。


 ……仕方ない。

 私の人生は、まだちょっとだけ字幕に狙われている。


 でもハンドルは私が握っている。

 少なくとも、握り返せる距離にある。


 夜風を吸って、私は頭の中でチェックを付けた。


(本日:告白回回避。炎上なし。文脈あり。人生:共同運用。事故ゼロで終了)


 そして明日の予定を確認しながら、私は歩いた。

最後まで読んでくださって、ありがとうございました。


切り抜きって便利です。短くて、分かりやすくて、刺さる。

でも便利さは、ときどき人の人生を“短くしすぎる”。

一言だけが独り歩きして、文脈が落ちて、本人が後追いになる。そういう怖さを、できるだけ笑える形にしてみました。


ナギがやったのは、誰かを黙らせることではなく、ルールを作ることです。

「やめて」よりも、「こうして」を置く。

編集も拡散も止めない代わりに、誤解を減らして、本人の呼吸を守る。地味だけど強い勝ち方だと思います。


そしてサキは、悪い人ではありません。

ただ、好きが上手すぎた。編集が上手すぎた。

上手すぎるものは、時々ハンドルを奪うので、共同運用にしました。


恋より先にルール。

胃より先に文脈。

そんな世界でも、ちゃんと人は笑える、ということで。

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