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(元)走り屋の私が婚活した結果。  作者: あじ


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第5話:峠の伝説

1.待ち合わせの衝撃再び


休日の午後、東京の駅前ロータリー。藤原美香(32歳、アパレル会社事務)は淡いブルーのブラウスに白のパンツ、小さなショルダーバッグを肩にかけ、清楚な雰囲気で小走りに現れる。


美香(心の声)「涼真さん、今日はどんな車で来るのかな…。また歌舞伎顔プリウスかも…。まぁ、燃費はいいけど…」


前回の箱根ドライブでのプリウスを思い出し、少し複雑な表情を浮かべる。


その時、ロータリーの入口から、黄色のボディがひときわ目立つスズキ・スイフトスポーツ(ZC33S)が滑り込んでくる。コンパクトなボディに力強いフロントグリル、スポーティなエアロが目を引く。


美香の目が一瞬で見開かれる。


美香「わっ! スイスポ!?」


思わず声が出てしまい、慌てて口を押さえる。


車が停車し、高橋涼真(34歳、IT会社勤務)が運転席から降りてくる。少し困った表情だ。


涼真「あ、美香さん! 実は今日、レンタカーの予約がうまくいかなくて…。これしか借りられるのが無かったんです。しかも問題があって…マニュアルなんですよ。僕、一応免許はあるけど、MT苦手で…」


涼真は申し訳なさそうに頭を掻く。だが、美香の瞳は既に輝きを放っている。


美香(目を輝かせて)「はい! 乗ります!」


即答。間髪入れず、運転席へダッシュする美香。


涼真「えっ、そんなに即答…!?」


美香「涼真さん! 私、運転大丈夫です! MT、乗れますから!」


涼真「え、そうなんですか!? 助かります…! じゃあ、お願いしてもいいですか?」


美香「もちろんです! 任せてください!」


美香は運転席に座り、シートベルトを締める。ハンドルを握り、Hパターンのシフトノブに手を添える瞬間、全身に電流が走る。


美香(心の声)「ああ…この感じ! 久しぶりのMT! プリウスじゃ絶対に味わえない、Hパターンシフト! クラッチペダル! このドキドキ感!」



2.峠道での本領発揮


美香がクラッチを踏み込み、シフトレバーを1速に入れる。カチッという小気味良い音が車内に響く。ゆっくりとクラッチを繋ぎ、スムーズに発進。


涼真「おお、発進すごいスムーズですね…。美香さん、MT慣れてるんですか?」


美香「ええ、昔…ちょっとだけ乗ってたことがあって…」


(心の声)「Z33で峠を攻めまくってたなんて、絶対言えない!」


涼真は助手席でシートベルトを締め直しながら、少しホッとした表情。


涼真「良かった…。僕、MT本当に苦手で、エンストばっかりしちゃうんですよ(笑)」


美香がうずうずしながら、ニヤリと微笑む。


「ふふっ、これからが本番ですよ」


車は市街地を抜け、徐々に山道へと入っていく。目的地は奥多摩の山の上にあるカフェ。道はワインディングロードへと変わり、ヘアピンカーブが続く。


美香(心の声)「この道…! 走り屋時代に何度も走った…! 頭の中に地図が入ってる!」


最初のヘアピンカーブに差し掛かる。美香の瞳が鋭くなり、右足がアクセルとブレーキを巧みに操る。ヒールアンドトゥで回転数を合わせ、シフトダウン。


美香(心の声)「3速…ブリッピングOK! よし、2速!」


ガチャッとシフトレバーが2速に入り、タイヤが小さく鳴きながらスイスポは気持ちよく旋回する。1.4リッター直噴ターボエンジンが唸りを上げる。


涼真「ちょ、ちょっと美香さん!? スピード出して突っ込み過ぎじゃ…!」


美香「喋らないで! 舌噛むよ!」


涼真(心の声)「いや、僕の心臓が止まりそうなんですけど…!」


次のコーナー、そのまた次のコーナーを、美香は正確なラインで抜けていく。ステアリングを切り、クラッチを踏み、シフトレバーを操る一連の動作が、まるでダンスのように流麗だ。


涼真は助手席でアシストグリップを握りしめながら、美香の横顔を見る。その表情は真剣そのもので、どこか別人のような凛々しさを放っている。


涼真(心の声)「美香さん…こんな顔もするんだ…。すごいな…」


美香(心の声)「ああ…久しぶり! この感覚! Z33とは違うけど、スイスポも軽くて楽しい! コンパクトなボディが峠にピッタリ!」



3.カフェの二人


無事に目的地のカフェに到着。スイスポはピカピカのまま駐車場に収まる。エンジンを切り、美香は深呼吸。


美香「ふぅ…着いた!」


涼真は助手席から降りて、少し足がふらつく。


涼真「…なんとか無事着いた…。美香さん、運転すごいですね(ちょっと怖かったけど)」


美香「えへへ、楽しかった~! やっぱりMTは最高ですね!」


涼真(心の声)「『楽しかった』って…僕は命がけだったのに…」


カフェに入ると、美香は店内を見渡し、テラス席を選ぶ。窓からは奥多摩の山々が一望でき、緑豊かな景色が広がっている。


メニューを見た美香は、即座にパフェに決める。


美香「涼真さん、私これにします! 季節限定のイチゴパフェ!」


涼真「じゃあ、僕はコーヒーと…チーズケーキにしようかな」



4.甘いひととき


テラス席で並んでスイーツを食べる二人。美香は大きなイチゴパフェを前に、目を輝かせている。


美香「わぁ~! このイチゴ、めっちゃ大きい!」


スプーンを手に取り、パフェのクリームとイチゴをすくう。一口食べて、顔がほころぶ。


美香「甘い~! 最高!」


涼真は微笑みながら、チーズケーキをフォークで切る。美香はふとイチゴをすくい、涼真の方を向く。


美香「涼真さん、このイチゴめっちゃ甘いですよ! あ~ん♡」


スプーンを差し出す美香。涼真は一瞬固まる。


涼真「えっ!? い、いいですよ自分で…」


美香「ダメです! さっき助手席でビビらせちゃったお詫びです!」


半ば強引にスプーンを涼真の口に押し込む。涼真は慌てて口を開け、イチゴを受け取る。


涼真がもぐもぐと食べながら、目を見開く。


「…あまっ! 」


(心の声)「いや、ギャップがすごい…。峠では豆腐屋の配達みたいだったのに、今は子犬みたいに無邪気…。やっぱり放っておけない…」


美香(心の声)「あーんしちゃった…。ちょっとやりすぎたかな…。でも、涼真さん笑ってる…。よかった…」


涼真は頬を赤らめながら、コーヒーを飲む。


涼真「美香さんって…本当に車、好きなんですね」


美香「え…?」


涼真「さっきの運転、プロみたいでした。あんなにスムーズにMT操れる人、初めて見ました」


美香は一瞬ドキッとするが、涼真の表情は穏やか。


涼真「隠さなくていいですよ。美香さんが車を楽しそうに運転してる姿、すごく素敵でした」


美香「…っ」


涼真「僕、車のことは全然わからないけど…。美香さんの『好き』が伝わってきました」


美香の目に涙が浮かぶ。


美香「涼真さん…」



5.特別レッスン


帰り道、今度は涼真が運転席、美香が助手席に座る。涼真はぎこちなくクラッチを操作し、何度かエンストしかけながらも、ゆっくりと山道を下る。


美香「涼真さん、クラッチはもう少しゆっくり繋いで…」


涼真「こう…?」


美香「そうそう! 上手です!」


涼真(心の声)「美香さん、やっぱりただの清楚系じゃない…。けど、この二面性…俺、嫌いじゃないな」


美香は窓の外を眺めながら、夕暮れの山並みを見つめる。


美香(心の声)「バレてきてる気がする…。でも、もういいや。このままの自分でも…涼真さんとなら…」


車窓の外、夕暮れの山並みを背景にスイスポが走り去る。オレンジ色の夕日が、二人を優しく照らしていた。(つづく)




用語解説


スズキ・スイフトスポーツ…スズキのコンパクトカー・スイフトのスポーツモデル。軽量ボディに高出力のエンジンを搭載したホットハッチとして人気を誇る。ZC33Sは3代目(4代目とする場合も)スイフトの型式名で、2025年には最終モデル「ZC33Sファイナルエディション」が発売された。


エンスト…エンジンストールの略称の和製英語。MT車のクラッチペダルをつなぐタイミングが早過ぎたり、エンジンの回転数が十分に上がっていなかったりすることで、走行中や停止中にエンジンが意図せず停止する現象。


ヒールアンドトゥ… MT車でブレーキを踏みながら(右爪先)、同時にアクセルを煽り(右かかと)、シフトダウンを行う高度な運転技術。減速時の回転数を合わせることで、ギクシャク感や駆動輪のロック(シフトショック)を防ぎ、スムーズなコーナー進入を実現する。


ブリッピング…MT車やバイクのシフトダウン時に、クラッチを切った状態でアクセルを一時的に煽り、エンジン回転数を高めて次の低いギアの回転数に合わせる技術。


直噴ターボエンジン… 燃料ガソリンをシリンダー(燃焼室)内に直接、高圧で噴射する燃焼方式と、排気ガスを利用して空気を圧縮・強制充填するターボチャージャーを組み合わせたエンジン。燃費向上と高出力パワーアップを両立することができる。


アシストグリップ… 車の運転席や助手席の上部にある手すりで、乗降時や走行中の揺れから体を支え、安全を確保する補助ツール。


豆腐屋の配達…漫画「頭文字D」の主人公、藤原拓海が地元の峠・秋名山を走るきっかけになった、「藤原とうふ店」の父親から言いつけられた仕事のこと。

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