第2話:画面の向こう側
1:休日のひととき
婚活パーティーの翌日、東京のマンションの一室。休日の藤原美香(32歳、アパレル会社の事務)はソファに座り、スマホを手に画面を眺めながら、高橋涼真(34歳、IT会社勤務)との前日の会話を思い出している。
美香「(涼真さん…本当に私を選んでくれた! でも、『白銀の稲妻』は絶対バレちゃダメ。今度こそ、清楚な女子として幸せな恋を掴むんだから!)」
スマホがピコンと鳴り、美香の心が跳ねる。画面のLINEトークには涼真からのメッセージが。
涼真「美香さん、昨日は楽しかったです。ありがとう。またお話ししたいな」
はやる気持ちを抑え、清楚キャラを意識して絵文字を控えめに返信する。
美香「涼真さん、こちらこそありがとうございました。私もまたお話しできたら嬉しいです!」
送信後、美香はベッドに倒れ込み、クッションを抱きしめてごろごろ。
美香「(うわっ、即レスしちゃった! がっつきすぎかな? でも既読スルーは誠実じゃないよね…! よし、落ち着け私!)」
その後も涼真との婚活パーティーでの出来事を振り返り、たわいもない会話でトークが盛り上がる。
2:限界オタクの聖域
美香はソファに移動し、スマホをいじりながら涼真とのLINEを何度も見返す。
部屋は清楚な雰囲気だが、車オタクの片鱗が随所に。棚には「高かったけど買っちゃった〜」と衝動買いした京商の1/12スケールモデルカーが飾られ、テーブルの上には車のエンブレムキーホルダーが散乱。ベランダには「安かったから」と購入したヨコハマのタイヤ4本セットが鎮座している。
美香は前日のパーティー会場での涼真との会話を思い出す。
美香「涼真さん、めっちゃ優しかった…。でも『カーシェアでいいですよね』って…(ため息)。あのV6エンジンの興奮、知らないなんて…」
美香は棚にあるアオシマのZ33プラモデルを手に取り、目を輝かせる。
美香「この流線型ボディ…3.5リッターV6、VQ35DEの咆哮…! 首都高のC1ルート、夜の湾岸線をぶっ飛ばした、あの頃…(うっとり)」
その時、突然インターホンが鳴る。美香はハッと我に返り、慌ててプラモデルを棚に戻し、テーブルのキーホルダーを引き出しに押し込む。
ドアを開けると、元走り屋仲間の池谷圭介(30歳、カスタムショップ店員)が立っている。ラフな革ジャン姿で、ニヤニヤしている。
圭介「よぉ、白銀の稲妻! 久々だな! お前のZ33、そろそろメンテしない? あのエンジンのセッティング、俺がバッチリ…」
美香(小声で)「しっ! 圭介、静かに! 近所に聞こえるでしょ! ていうか、稲妻って何!?」
ドアを閉め、圭介を部屋に引きずり込む。
圭介(笑いながら)「まだ隠してんの? お前、昔は赤城や碓氷で無敵だったじゃん! ほら、あのタイヤ何で買ったんだよ。また走る気だろ?(ベランダのタイヤを指差す)」
美香(必死)「ち、違う! あれ、インテリア! モダンなオブジェなの! で、何の用?」
圭介「今度、近くで旧車イベントあるからさ。お前のZ33、展示しない? 伝説の『白銀の稲妻』、みんな待ってるぜ!」
美香は一瞬、元カレ・健司の「ないわ〜」という言葉を思い出し、表情が暗くなる。
美香「絶対ムリ! 私はもう清楚な文学系女子! 婚活中なの! 過去は…(声を落とし)バレたら終わりなの…」
圭介「分かったよ。まぁ、頑張れよ(笑)」
圭介は軽く手を振って去る。美香はベランダのタイヤの方を見ながらため息。
美香「(アドバンのタイヤ4本、12万円…。安かったからって買ったけど、置く場所ないよ…。でも、涼真さんには絶対バレたくない! 清楚キャラ、死守!)」
3:すれ違いの事件再び
部屋に戻った美香のスマホに新たな通知。涼真からのメッセージだ。
涼真「そういえば、最近マフラー買おうかなって思ってるんだけど、美香さん詳しいですか?」
美香の目がキラリと光る。走り屋の血が騒ぎ、指が勝手に動く。
美香「マフラー!? やっぱHKSのスーパーターボとか、トラストのフルチタンとか最高ですよね! 直管の爆音を夜の首都高で響かせたら、超アガる!」
送信後、画面を見直し、顔面蒼白。
美香(心の声)「うそ、なに!? またやっちゃった!? 『白銀の稲妻』、出てきちゃダメ!」
少し間を置いて、涼真から返信。
涼真「え?はは、違くて(笑) 冬用のマフラー、首に巻くやつです。なんか暖かそうなの探してて…」
美香、スマホを握り潰しそうになりながら慌ててごまかす。
美香「あっ、そっちのマフラー!ごめんなさい、なんか勘違いしちゃって…(絵文字乱舞)」
涼真「いや、めっちゃ面白い(笑) 美香さん、車のこと詳しいんですか? あのキーホルダーもカッコよかったし」
パーティーでのキーホルダー事件がフラッシュバック。美香の心臓がドクンと鳴る。
美香(心の声)「まずい! 涼真さん、絶対感づいてる! ここは清楚キャラで押し切るしかない!」
美香「全然詳しくないです!あのキーホルダーも、ほんとたまたま友達からもらっただけで…! 車とか全然わかんないです~」
涼真「そっか(笑) なんか意外な感じがして、ちょっと可愛かったです」
美香はスマホを胸に抱き、ホッと一息。
美香(心の声)「ふぅ…なんとかごまかせた…? でも涼真さん、天然すぎるよ…!」
4:小さなボロの連鎖
LINEのやり取りは続き、会話は和やかに進む。
涼真「今度、車で山の上の景色がいいカフェにでも行きませんか? 美香さん、カフェ巡りが好きって言ってましたよね?」
美香「ぜひ! めっちゃ楽しみです!」
テンションが上がった美香、勢いでうっかり送信。
美香「じゃあ、赤城を攻めてから…」
送信直後、凍りつく。赤城山の峠をZ33で攻めた記憶がフラッシュバック。慌てて訂正。
美香「あ、『AKAGI』って、雑誌で見たカフェです! つい名前出しちゃいました(笑)」
涼真「へぇ、そんなカフェあるんだ。面白そう! 今度調べてみますね」
美香、ベッドに突っ伏して悶絶。
美香(心の声)「危ねぇ! なんで赤城って出てくるの、私のバカ! 峠の名前なんて、普通の女子は言わないよ…! でも、涼真さん、ほんとピュアだな…」
5:美香の決意
夜、美香はスマホを置き、ベランダに出る。眼下には首都高の夜景が広がり、遠くでスポーツカーのエキゾースト音が響く。美香の耳が一瞬反応し、音を追う。
美香「RB26…いや、2JZか? …って、ダメダメ! 走り屋の耳は封印!」
ベランダのタイヤ4本セットをチラリと見ながら、夜風に吹かれつぶやく。
美香「……私の走り屋の血、抑えられるかな。涼真さんとだったら、普通の恋ができるって信じたい…」
テーブルのスマホが再び光る。涼真からの新着メッセージ。
涼真「今度の休み、会えるの楽しみにしてます!いいカフェ見つけたら、教えてくださいね」
部屋に戻り、美香は画面を見て頬が緩む。引き出しから実家のガレージに眠るZ33のキー(鍵だけ手元に置いている)を手に取り、そっと棚にしまう。
美香(心の声)「涼真さん…。私、絶対バレないように頑張るよ。私の過去は、ガレージに封印したまま…!」
美香の決意を秘めた瞳が、棚の奥でひっそり輝くZ33のプラモデルを見つめ、少し微笑む。二人の波乱の初デートが、近づきつつあった…。(つづく)
用語解説
・ヨコハマ…横浜ゴム株式会社のタイヤのこと。
・アオシマ…模型メーカーの青島文化教材社。
・VQ35DE…Z33の前期、中期に搭載されたエンジン。
・首都高のC1ルート…首都高速都心環状線のこと。
・アドバン…ヨコハマのスポーツタイヤブランド名。
・マフラー…車の排気ガスの排気音や吸気音を低減したり、エンジンの特性を調整する装置。
・HKSのスーパーターボ、トラストのフルチタン…いずれも、老舗チューニングパーツメーカーのスポーツマフラー。
・直管…マフラーの触媒や消音器を取り外して音を大きくする違法改造のこと。
・2JZ-GTE…トヨタ・80系スープラ(1993〜2002年)などに搭載された伝説のエンジン。




