第1話:On Your Mark
プロローグ
夜の群馬、赤城山の峠。ヘアピンカーブを切り裂くシルバーの日産フェアレディZ(Z33)のエンジン音が響く。場面が切り替わり、首都高湾岸線の夜景。Z33が高速でカーブを滑るように走り、ライトが流れ光の尾を引く。美香の笑顔がルームミラーに映る。
美香(回想)「あの頃の私は、毎日のように夜の赤城山をZ33で攻めてた。コーナーをドリフトで抜けるたび、V6エンジンの咆哮が心を震わせた…。碓氷峠の連続ヘアピンも、首都高の湾岸線も、私の遊び場だった。『白銀の稲妻〜シルバー・ライトニング〜』って呼ばれて、仲間と笑いながら走ったあの夜…」
3年前、カフェで座る美香と元カレの健司。重苦しい沈黙が流れている。
美香(回想)「でも、3年前、健司に『車オタクとか、女としてないわ〜』ってフラれて…。あの言葉が刺さって、私のZ33は実家のガレージに封印。もう二度と、男の前で過去の自分は出さない。清楚な女子として、幸せを掴むんだから!」
1:婚活パーティー
東京のホテルのバンケットルーム。華やかな婚活パーティーの会場。参加者たちが立食形式で談笑する中、藤原美香(32歳)は白いワンピースにナチュラルメイク、柔らかく巻いた髪をなびかせ、清楚な笑顔を浮かべている。
手には「趣味:カフェ巡り・読書」と書かれたプロフィールカード。
美香「(婚活パーティー、10回目…。今回は絶対バレないようにしなくちゃ…。私の過去が『走り屋』なんて、誰にも知られちゃいけない! 清楚で家庭的な女子、今日も完璧に演じるよ!)」
美香は手に持ったジンジャーエールを飲みながら、さりげなくバッグに付いたフェアレディZのエンブレムキーホルダーを隠す。
そこに、高橋涼真(34歳)が声をかける。爽やかなスーツ姿のイケメンだが、穏やかで少し天然な雰囲気。
涼真「あの…初めまして。『りょうま』といいます。趣味はカフェ巡りなんですね。…なんか、落ち着いた雰囲気で素敵ですね」
美香「(キター! イケメン! しかも誠実そう!)初めまして、りょうまさん。『みか』です。私、普段はアパレル会社で事務してて…。最近は表参道のカフェに行ったりとか…(よし、無難!)」
涼真「へぇ、いいですね! 僕、IT企業で働いてて、趣味は…まぁ、Netflixとか? あとは、休日に少し友人とドライブしたりって感じです」
会話は順調に見える。だが…。
涼真「僕、車は持ってなくて。カーシェアで十分かなって思ってます。移動手段は楽な方がいいですよね(笑)」
その一言に、美香の心はざわつく。
美香「(カーシェア!? Z33のあのV6エンジンの咆哮を知らないなんて…いや、落ち着け、私。清楚キャラ、キープ!)」
無理矢理作り笑顔を浮かべながら答える。
美香「合理的でいいですよね。維持費もかからないですし…」
会話中、涼真がテーブルの下に落としたペンに気づく。美香が拾おうとすると、バッグからZのキーホルダーがチラリ。
涼真「あ、そのキーホルダー、車? なんかカッコいい形ですね」
美香「(ヤバい!)え、こ、これ!? 友達の…弟からもらったやつなんで!(慌ててバッグに押し込む)ほ、ほら、ペン!」
ジュースをこぼしそうになりながら手渡す。
涼真(笑いながら)「ドジっ子なとこ、なんか可愛いな」
涼真の好感触に、美香は内心で(やった!)とガッツポーズしつつ独白。
美香「(りょうまさん、34歳、誠実イケメン高収入…これは大チャンス! でも、絶対に『白銀の稲妻』は封印。過去はガレージにしまっとけ!)」
2:会話の綻び
和やかに会話が続くが、涼真がふと口にする。
涼真「この前、一緒にドライブした友達が“ランエボ”って車に乗ってて、『加速がすごいだろ』って自慢してました」
その瞬間、美香の瞳がカッと見開かれる。
美香「トミマキ?CT9A?それともファイナルですか!?」
涼真の顔が一瞬固まり、(しまった!)と口を押さえる美香。
美香「あ、その…昔、兄が好きで、ちょっと聞いたことがあって…!」
涼真は少し驚きつつも、笑顔。
涼真「へぇ、詳しいんですね。なんだか意外だな〜」
美香「(ダメダメ!『白銀の稲妻』が顔を出したら終わり!)」
3:ライバル登場
そこに現れたのが、派手めなギャル系の女性・アヤ。明るい髪、露出の多いドレス、香水の匂いがぷんぷん。彼女は積極的に涼真にアプローチする。
アヤ「りょうまくんって言うの?えー、優しそう!私タイプかも~♡」
涼真「はは……どうも」
アヤ「ねぇねぇ、LINE交換しよ?私、すぐ連絡返すタイプだから安心して!」
美香は内心イラッとしつつも、笑顔を保つ。
美香「(媚びすぎでしょ、その距離感ゼロの突っ込み……。でも……私は、彼にとって『淑女』でいたい。ここでガツガツしたら『フェアレディ』が顔を出す…)」
休憩時間、美香はベランダで一人。夜風を浴びながら、つぶやく。
美香「……やっぱり私は場違いなのかな。りょうまさんは、ああいうタイプの方が合うのかも」
遠くに首都高の夜景が見え、走り屋時代の自分を思い出す。
美香「私はただ、普通に恋がしたいだけなのに……」
4:涼真の選択
パーティーの終盤。参加者同士による連絡先交換の時間、アヤが涼真に猛アタック。美香は身を引こうと離れる。
アヤ「じゃあ、りょうまくん、これから二人でご飯行こ?」
涼真「……ごめん、アヤさん。僕、今日渡したい相手がもう決まってるんだ」
涼真は、美香の方へ歩いてくる。美香は驚き、少し慌てる。
涼真「みかさん、よければ連絡先、交換しませんか?」
美香「……え、私でいいんですか?」
涼真「もちろんです。もっと話してみたいって思ってましたから」
美香は顔を赤らめながらスマホを差し出す。
アヤは「え~!?」と声を上げ、ふてくされて去っていく。
5:別れ際と帰宅
パーティー後、会場のホテルの前で涼真と立ち話。夜風が吹き、遠くで車のエキゾースト音が響く。
美香「(この音…、直6?RB26DETT!?)」
美香は一瞬、音の種類を判別しかけてハッとする。
美香「(やめろ、私の耳!そんなこと気にするんじゃない!)」
美香は気を取り直し、上品に「今日はありがとうございました」とお辞儀。
涼真は微笑みながら言う。
「美香さん、また会えますか?」
頬を赤らめつつ美香が返す。
「はい。ぜひ…♡」
彼が去ったあと、美香はひとり、ため息をつく。
美香「(私は“清楚系女子”。車オタクじゃない。そう、車のことなんて全部忘れて…)」
だが、遠くを走り抜けるシルバーのスポーツカーを見てしまい、胸が高鳴る。
美香(小声で)「……次の直線で全開だな」
ハッと我に返る美香。足早に自宅マンションへの帰路につく。
彼女の一室へと帰宅し、明かりをつける。整然としたインテリアだが、リビングの棚に京商の1/12スケールモデルカーが電灯を浴びて輝いている。
テーブルの上には車のエンブレムのキーホルダーや峠ステッカーが散乱。ベランダには、衝動買いしたけど誰にも言えない新品タイヤ4本セットが積まれている。
美香はソファでスマホをいじりながら、涼真と交換したLINEの連絡先を眺めてニヤニヤ。だが、部屋を見渡してため息をつく。
美香「隠し通せるかな…私」
こうして二人の交際がスタートした。だが、美香と涼真の間には、未だ埋め難い溝が存在するのだった…。(つづく)
用語解説
・赤城山…群馬県の山で、漫画『頭文字D』に登場する「赤城レッドサンズ」の本拠地。
・日産フェアレディZ(Z33)…日産が1969年から販売し続けるスポーツカー。Z33は5代目(2002〜2008年)の車両。
・首都高湾岸線…千葉〜横浜までの港湾地区を走る高速道路で、漫画『湾岸ミッドナイト』の舞台の一つ。
・V6…V型6気筒エンジンのこと。
・碓氷峠…群馬県と長野県の県境にある峠で、『頭文字D』の走り屋チーム「インパクトブルー」の拠点。
・ヘアピン…タイトな急カーブのコーナーのこと。
・ランエボ…三菱ランサーエボリューションの略称。WRC(世界ラリー選手権)で活躍した伝説のスポーツカー。Ⅰ〜X(1〜10)まである。
・トミマキ…ランエボVIの特別仕様車「トミー・マキネン エディション」のこと。彼の1996年から4年連続の「WRC」ドライバーズチャンピオン獲得を記念した車両。
・CT9A…ランエボⅦ、Ⅷ、Ⅸの型式で第三世代エボの総称。
・ファイナル…ランエボ「ファイナルエディション」のことで、エボXをベースにしたランエボの集大成。
・エキゾースト…排気(音)のこと。
・直6…直列6気筒エンジンのこと。
・RB26DETT…日産スカイラインGT-R(R32〜R34)に搭載された伝説のエンジン。
・京商…神奈川県に本社を置く、精巧なミニカーなどを販売する模型会社。
・1/12スケール…実物の12分の1サイズのモデルで、ミニカーの中ではかなり大きい。
・峠ステッカー…全国の峠の周辺施設などで購入できる、峠の名前が書かれたステッカー。




