第9話 対価
地元の男子中学生たちが、レジの前に立つ中原のほうをチラチラ見ながら、クスクス笑っている。
中原は、とてもじゃないが、悪い予感しかしていなかった。
佐々木が、中原の隣のレジから、心配そうに視線を送っている。
いよいよ、中学生たちの中の一人が、中原のレジの前にやってきた。
「スマイル下さい!」
後ろで中学生たちが、プププーとか、ヒーヒー言って、笑いをこらえている。
中原は、ひきつった笑顔を作る。眉がピクピクしているのが、自分でもわかった。
「スマイリー!」
とかわけの分からないことを言って、中学生は、ギャハハと言いながら、コンビニの外へ飛び出していった。それにつられて、コンビニの後ろにいた何人かの中学生も、ギャハハと笑って、コンビニから飛び出していった。
「ん、中原?」
佐々木が声をかける。
「ちくしょうあのガキィィ!」
中原が怖い顔をして佐々木を振り向く。
「ねえ佐々木!」
「な、なんだよ中原」
「スマイルゼロ円って、誰がはじめたんだよ! この国は資本主義じゃなかったのかよ!」
「あー、まあ、サービス業には我慢も必要だし」
「ここはサービス業じゃないよ。小売業の場だよ!」
「まあ、何事も我慢は必要だし」
「納得いかねー。スマイル10円とかにすればいいのに。日本もチップ制導入すればいいのに、そう思うよね!」
「チップ払うの嫌で、今みたいなのはなくなるだろうけどな」
「日本人は、タダでなんでもやってもらおうって根性が染みついているんだよ。ああ腹立つ」
「荒れてんなー」
「ていうか学校でさー」
「急に話変わったな」
「中原さん家、仏壇売ってるのよねー。わたし美術部で題材にしたいから、仏壇の扉持ってきてとか、仏像持ってきてとかって言われたんだよ」
「あー、うざいな」
「そう。なんで持ってきてもらえると思ったんだよ。題材にしたかったら自分で来いよって。わたしはパシリじゃないんだぞって」
「みんな、楽をして、最大限の効果を得たいんだよ」
「でも、美術部って、クリエイターだよ。自分の足で稼いでなんぼだろ」
「そういう泥臭いこと、しない人多いよなー」
「それにさー、わたしの家、昔から同じ場所で仏壇屋やってるんだけどさー、同じ場所にあると、町内会の役がしょっちゅう回ってくるんだよ」
「地域のしがらみってやつな」
「それで、地域の清掃とか、ラジオ体操のハンコ捺しとか、当番押し付けられるわけ」
「たいへんそうだよなー」
「なんで無料でやらないといけないんだよ! 無料どころか町内会費取られてんだよ。町内会費も、わたしには回ってこないんだよ。全部老人の慰労会や役員会のおつまみやビール、それに敬老の日の餅に化けて終わりよ!」
「荒れてんなー」
「今の若者は年金ももらえるか分からないのに、それ以外の経費すら吸い上げられてんだよ。どうよ、このボンビー世代」
「ボンビー言うな」
「はあ」
中原は佐々木に抱きつく。
「中原、仕事中だぞー」
「やだー、頭なでてー、優しくされないと、もう頑張れないー」
「……五十円な」
「うそでしょ……」