第8話 上に立ちたい?
レジに若者5人の旅行客が入ってきた。
「この系列のコンビニにはメロンアイスがある。そっちの飲料コーナーにも北海道限定のものがある。おいおい、それじゃない。右側のだ」
一人がしきりに指示を送っている。
「そろそろ時間だ。もう1時間くらい予定から遅れている。選んだら早くいくぞ。レジ袋はもったいないから、エコバック持ってるやつと共有しろ」
あたふたと旅行客は買い物をして帰っていった。
「なあ佐々木」
「なんだ中原」
「今の人、かなり仕切ってたな」
「グループには必要だろうけど、ちょっとウザかったな」
「そういえば、高校に入ってさ、リーダーになりたいやつ現れるようにならなかった?」
「そういや、いるよな」
「中学の時まではさ、学級委員長決めるときとか、みんな下向いて、誰もやりたがらなかったからさ、時間かかったよなー」
「わかるな、それ」
「でも、高校に入った途端、学級委員長なんて、すぐに決まってさ。それどころか、わたしのクラス、三人も立候補してんの」
「多くね? でも、中原の高校、お嬢様学校だから、そういう前に出たい人いるんじゃない」
「だよなー。ちょっとした大きな企業の令嬢も多いからなー。佐々木の高校はどうよ」
「あたしのところも、一人、学級委員長やりたいって、手を挙げたやついたなー」
「やっぱ、高校になると、そういう人、出てくるんだろうなー」
「このコンビニもそうだよな。妙に仕切りたがるおばさんいるじゃん」
「ああ、渡辺のババアな」
「ババア言うなよ」
「あの人と同じシフトになると大変だよなー。手が空いたらすぐに掃除しろだな、棚の整理しろだのって、行きつく暇もないよ」
「とくにかく、指示を送りたい人っているもんな」
「えーと、佐々木は、大丈夫か?」
「急に、何?」
「いや、あんまり言いたくないんだけど、その渡辺のババアがさ、佐々木って見た目が悪いから、客が怖がる売り上げ落ちるーとかって、馬鹿なこと言ってたことあるんだよ」
「ああ、まあ、あたしの見た目が悪いのは、その通りだからさ」
「えー、なんだよ、それ。佐々木はかわいいのに」
「ちょっ、お前、だからそういうこと、さらっと言うなよ」
「だって、佐々木かわいいだろー」
佐々木は顔を赤くする。
「まあ、たしかにあたしにはちょっと当たりがキツイかな。あたしのレジにきた子供が、突然泣き出したことがあったんだ。理由があたしの見た目なのか、他にあるのかは分からなかったんだけど。その時、渡辺さんに、あんた、お客さん泣かせて何やってるの、って怒られたことがあったよ」
「なっ、なんだよ、それ」
「まあ、夕暮れに道歩いていると、職質受けることたまにあるし、慣れてるよ……って、中原」
「まったく、みんな見る目ないよな!」
中原は顔をぷくっとしている。
「ありがとな、中原」
「別に、お礼言われるほどのことじゃねーし」
そこへ、中年のおじさんが週刊誌を持ってレジにやってきた。総裁選を争う政治家を特集した雑誌だ。
中原がレジを打つ。
「総裁選で毎日政治家が戦ってるけど、あの人たち、自己承認欲求の塊じゃね? よくもまあ、そんなに偉くなりたいもんだよな」
「まあ、肩書があれば、通せることが増えるっていうのもあるんだよ、きっと」
「そういうものかなあ」
「ああ。たとえば、中原はお嬢様学校の肩書があれば、すんなり通る事多いだろ」
「うーん、あんまりわかんないな」
「例えば、ここのコンビニに応募したとき、どうだった?」
「えっ、すぐにいつから働ける? って聞かれて、すんなり働かせてもらえたけど」
「ほら」
「???」
「あたしは、過去に悪ことしたことないかとか、万引きの経験はあるのか、とか、保護者はどんな仕事してるのかって、根掘り葉掘りきかれたし」
「……なんか、ごめん」
「いや、別にそういうことじゃないよ。ただ、肩書とか、外見で、人って態度が変わるんだよ。それが分かってきた人が、上に立ちたいって思うんじゃない?」
「権力の座に就くってことかぁ」
「そうだな。権力さえあれば、何でも思いのままなんだよ」
「権力って、なんか、イヤだな」
「それが現実なんだよ」
「まあ、総裁選でも、少しでも、不公平をなくせるような人が当選すればいいよな」
「それは、人の言葉を話せる猿を見つけるのと同じようなことだよな」
「無理だな……」