第4話 方言
観光客とおぼしき団体が、大声で買い物している。
「このメロンアイスぅーうー、どんな味がするんけー」
「ここの品揃え、ニシン入った蕎麦ばっかやんけー、うら、鯖が乗ってなきゃよーけくわんわー」
「おい、そろそろ出発の時間やし、はよしねや」
中原も佐々木も、大忙しでレジを打つ。
「イコカはつかえんねー?」
「うら、現金じゃなきゃ払えんし」
「店員さん、はよしねし」
「そうそう、はよしね」
「はよしね」
「はよしね」
「しねしねしねしね」
「しねしねしねしね」
ようやく、大勢の観光客が、帰っていった。
「なあ佐々木、あれ、日本人だよな?」
「日本人だなー」
「しねって、言われたんだけど」
「言われたな」
「日本って、地域変われば外国だよな。わたし、もう言葉の分からないとこ行きたくないわ。北海道から出られないわ。佐々木はどうよ?」
「あたし、沖縄に家族旅行したことあるぞ」
「マジ! 佐々木の家、そんな余裕あったの?」
「中原って、たまに失礼なこというよな。まあ、あるよ。抽選で当たったやつだから、そんなにお金かからなかったけど」
「うそ、すげー」
「でも、本当に言葉、聞き取れないんだよな。ホテルとかは普通に話してくれるんだけど、ちょっと田舎に行くと、みんな何言ってるか分からなくて」
「もう外国語だよな。英語の勉強よりも、方言の勉強させろっていうんだよな」
「北海道の言葉も、なかなか微妙なところあるよな」
「マジ? 北海道って、共通語なんじゃないの?」
「いやいや、例えば、麻生から真駒内で走ってる地下鉄何線か言ってみ?」
「あん? そんなの、なんぽく線に決まってんじゃん」
「ほら」
「んん? 意味分からんし」
「いや、それ間違いだし」
「んんん?」
「あたし、いまだに覚えてるんだけど、小学校の時、東西南北のよみがな書かせるテストがあった時、とうざいなんぽくって書いてバツつけられたんだ」
「えっ? 当ってるじゃん」
「それが、共通語は、なんぼくって、濁音になるんだって」
「はっ? なにそれ、なんぼく? 言いずれー」
「それが方言なんだよ」
「マジかー。なんか、ショック。地下鉄の名前言うとき、これから舌噛みそう」
「まあ、無理に直さんでもいーんじゃね」
「うん、そうだよな。ここは北海道なんだからな」
「あたし、オヤジの記憶は小さな頃のしかないんだけど、日本語も片言で、何言ってるのか分からなかったからな。ずっと一緒に居たら、すげー疲れたんだろうな。まあ、生まれ育った場所の言葉が一番なんだよ。おやじも結局蒸発したし。日本語分からなかったみたいだし、自分の国に帰ったんだろ、きっと」
「佐々木のオヤジって何人なの?」
「前に聞いたことあるけど、興味ないからうろ覚えだな。どっかのスタンが付く国みたいだけど」
「へー。行ってみたい?」
「別に興味ねーなー」
「まあ、言葉が通じる方がいいよな。やっぱり、共通語だよ共通語」
そこへ、今度は二人組の、年を取った客がきた。
「急がんとやべーべ、やべーべ、なまらやべーべ」
「えーと、商品探す時間も惜しいべさ」
「定員さん!」
客が中原の前にやってきた。
「えーと、サビオとガラナどこにあるんべか?」
「はいはいー、サビオはあっちの棚で、ガラナはそっちの飲み物のコーナーにありますよ」
「あと、ザンギももらえるべか? チャランケつけないといけない人たちに配るから、人数分レジ袋に入れて」
「はいはいー、会議ですかー、たいへんですねー」
「ありがとー、したっけな、メンコイ嬢ちゃん」
二人組の年を取った客は、慌ただしく店を後にしていった。
「ねえ佐々木! わたしメンコイって言われた!!」
「なあ中原、今の会話、北海道の人にしか分からないからな」