第3話 熊とイメージ
随分と長いこと、ケーキを選んでいた子連れ客が、ようやく決めたようだ。
「ありがとーござーましたー」
子どもは、
「かわいい熊さんだね」
と、ケーキの上に載せられた、砂糖菓子の熊が気に入ったようだ。
「ねえ佐々木」
「言っておくが中原、あたし熊なら見たことないからなー」
「なんで聞こうとしたこと分かった!?」
「そりゃ、今のケーキの上の熊と、最近の事件合わせたら分かるだろ」
「の・ぼ・り・べ・つ、といえば?」
「まあ、熊牧場では見たことあるけど」
「そういう、愉快な仲間や楽しい仲間じゃなくて、本当の熊だよ」
「みんな本当の熊だろ。でも、たしかに野生の熊は見たことないなー」
「でしょー。北海道って、わりと町から町の間って、原始林が広がってたりすんじゃん。だけど、そういうところ車で走ってる人も、あんまり熊って遭遇したことないって言うじゃん」
「あたしも、友達とかで見たことのある人、いないなー」
「ここまで来ると、もうUMAレベルじゃん、熊って」
「UMAじゃねーよ。だけど、割と目撃情報はあるよな。あたし、小学校の時、滝野公園の遠足、熊が出て中止になったことあったぞ」
「それ、あるあるだよね。わたしも、小学校の時、三角山の遠足、熊が出たって中止になったことあったなー」
「わりと出るもんな」
「やっぱり食いもんかなー」
「滝野や山って、食べ物豊富だからなー」
「知床も、シャケ食べられるじゃん。札幌では、無理かもだけれど」
「豊平川もシャケ遡上してんじゃん」
「そうだけど、町の真ん中だよ。さすがに熊はこないでしょ。でも、シャケ狙えるのって、そのくらいだよねー」
「農試公園でもシャケ見られるじゃん」
「えっ、うそ、発寒川?」
「ああ。あたし、子どもの頃、農試公園からシャケ見るの好きだったぞ」
「知らなかった。札幌って、そんな自然豊かだったの? 都市化して、もう生物多様性が崩れてきたって思ってた」
「札幌の都市計画に謝れよ」
「札幌って、キツネとかシカとかも出てくんじゃん」
「わりといるよな」
「でも、あんまりニュースにならないよね。東京とか大阪に出たら、きっと大ニュースの大捕物なのに」
「あそこは人間しか住めないからな。生物多様性がないんだよ」
「マジ、東京こっわ! 大阪こっわ!」
「高層ビルと食い倒れ人形しかいねーからなー」
「東京の人って、いつも何食べてんだろ? 大阪の人は、たこ焼きとお好み焼きしか食ってないんだろー」
そこへ、客がきた。
「アタシー、北海道ってーこんなに車多いって思わなかったー」
「俺もー、北海道って、トラクターしか走ってねーって思ってたじゃん?」
「アタシー、北海道の人って、ルルルーで意思疎通してるって思ってたー」
「俺もー、北海道って、道を動物が歩いてるって思ってたじゃん?」
「ねえ佐々木、わたし、もっと東京と大阪のこと、勉強するわ」
「まあ、イメージって、そんなもんだって。動物出て来ても、北海道だし、で片付けられんじゃね? 本州の人の北海道のイメージって、一面の大地と動物だから」
「熊っていうか、わたしはゴキブリも、感覚的にUMAなんだよね」
「見たことねーしなあ」
「熊とゴキブリ、どっちがこわい?」
「いや、どっちもこわいだろ?」
「熊ってさ、叱ると逃げるらしいじゃん」
「いたなー、そんな知床のおっちゃん」
「ゴキブリも叱ると逃げるのかな?」
「それはないと思うぞ」
さっきの客が、中原の前に商品カゴを置く。中原は、スキャナーで商品を読み取り、客に金額を伝える。
「ありがとうございましたー」
「アタシー、北海道の人ってー、ダベーとかンダーって言うのかと思ってたー」
「俺もー、北海道のコンビニってー、ありがとうだべーって言うと思ってたじゃん?」
「…………」
「中原?」
「あいつら、ぶっ飛ばしてー!」
「顔、熊みたいになってるぞ……」