第29話 ぶたじる(佐々木)
男性の客がビーフカレー弁当を持って、中原のレジへ持って行くのが見えた。
中原は、サラサラした黒い髪をなびかせて、裏の電子レンジにビーフカレー弁当を放り込む。
客が電子マネーで支払いを追えると、レンジの加熱が終わるまで、無言の、なんとも言えない時間が流れる。
男性の客は、チラチラと中原を横目で見ている。
それはそうだ。
中原は女のあたしが見てもドキッとするくらいのかわいさだ。客は今、中原の目の前で、僅かな時間、中原を独り占めできるのだ。
どういうわけか、あたしも誇らしげになりながら、どこかさみしさも感じてしまっている。
ようやくチーンと、レンジが音を鳴らした。
中原はまたレンジの方を向き、ビーフカレー弁当をレジ袋に包ん、とびきりの営業スマイルで客に渡した。
客は、満足した顔でコンビニを出て行った。
「ねえ佐々木」
「なんだ、営業スマイルの中原ー」
「営業スマイルとはなんだよ。うん? そうか佐々木、妬いてんのかー」
「そんなんじゃないって。それよりなんだよ」
「うん。今の人、ビーフカレー買っていったじゃん」
「それがどうした?」
「ビーフカレーって、一見普通だけど、カレーって豚肉じゃない?」
「北海道はそうらしいなー」
「北海道? じゃあ、北海道以外は豚肉じゃないの?」
「関西は牛肉入れてるらしいぞー」
「マジ!? じゃあ、ビーフカレーじゃなくて、関西風カレーでよくない?」
「なんだよ、粉物みたいなイメージになるな」
「でも、そうなると、やっぱり北海道って豚を好きな人が多いのかな?」
「どうなんだろうなー」
「だって、室蘭なんて食品偽造までしてるじゃん」
「何の話しだよ」
「室蘭で焼き鳥たのんだら、豚串が出てくるじゃん」
「まあ、それは文化だからいいんじゃね?」
「それに、北海道の人はやっぱり豚をリスペクトしてるんだよ。豚を入れた味噌汁のこと、ぶたじるって言うじゃん」
「まあ、言うな」
「でも、正しくはとんじるなんだよ! なんで重箱読みしてるんだよ! ちゃんと訓読みでいいじゃんか!」
「何? 今日はやけに豚を推すじゃん」
「だって、豚はビタミンB群が豊富なんだよ。牛なんて脂肪の塊じゃん。コレステロール高いじゃん」
「もういいがかりだな」
「やっぱり北海道は豚だよ、豚! 豚が北海道を救うんだよ!」
「まあ、広い大地があるから、豚を飼育するにはいいからなー」
「それに、日本脳炎は豚を媒介して感染するんだよ。でも、北海道には日本脳炎ウイルスを媒介するアカイエカがいないから、うつりようがないんだよ! やっぱり北海道は豚だよ豚!」
「何年かしたら、古いっ情報になる発言だなー。とにかく、何がいいたいの? 豚豚言ってさ」
「いや、実は……」
「ん?」
「お正月からおいしいもの食べてばかりで、少し太って、友達に豚になるって言われた……」
「豚肉はヘルシーって言っても、食べたら太るんだからな……」
「気をつけます……」
とそこへ、また別の客がきた。
客はあたしのレジに並び、肉まんをいくつか買っていった。
「中原、肉まん食べる? 豚だぞ?」
「佐々木、案外意地悪だな……」
ただ、中原がそう言ってニコリとする顔は、やはりかわいらしい。
少しくらい太っても、まだまだいけるのでは、と、あたしは思った。




