第26話 熱い?(中原)
「ねえ……佐々木……」
「なんだ……中原……」
「雪かき終わんねー!!」
今日はもうコンビニバイトどころではない。次から次へと雪が積もる。
コンビニの前の道は真っ白だ。
わたしと佐々木は、バイトの時間がはじまるなり、前のシフトの人たちから、雪かきの仕事を引き継がれた。
「これって採用詐欺じゃんかー。わたしはコンビニの中でぬくぬくと仕事したいのにー。こんなんなら、雪かきが含まれるって書いておけよー」
「まあ、コンビニの周りを整えるのも、仕事のうちだからさ」
「佐々木ー。もっと主張しないとダメだよ。そんなこと言ってると搾取される側から抜け出せないよー」
「コンビニバイトくらいで、話が大きいな」
「大きくなんてないよ。こういうところから、日本人は騙されているんだよ。これは政府の陰謀だー!」
佐々木は、はいはいと手で制して、黙々と続きの雪かきを始める。
しばらく雪かきをすると、身体が猛烈に熱くなる。背中から汗が噴き出すが、その汗がすぐに冷えてしまう。体温で暑くなった背中に冷たい汗がまとわりつくのは、なんとも気持ち悪い。
「てゆーか、この雪、いつまで続くんだよ」
「最強寒波とかって言ってるよなー」
「天は我をー」
「ここは八甲田じゃないぞー」
「って佐々木、涼しい顔してやってるよね」
「まあ、別に身体動かすの嫌いじゃないし」
「ふーん」
佐々木の身体から、汗が湯気になっているのが分かる。
それでも佐々木は文句言わずに黙々と雪かきを続けている。
「ねえ佐々木」
「なんだよ」
「本当に、辛かったら、少なくともわたしには言ってよね」
「えっ? 何?」
「別に!」
わたしも雪かきに戻る。
たまにやってくる客がくると、急いでコンビニに戻り、レジを打つ。
佐々木は、外でやはり黙々と雪かきを続けている。
(やっぱり、佐々木って、いい子だよなー)
ひたいからはじわりと汗がにじんでいるのが分かる。
湯気がほかほかと上がっている。
(なんだか、やわらかそうで、あったかそうで、いいなー)
なんだか、雪かきで冷えたからだが、店内で温まったからか、頭がボーッとしてきている。
(佐々木って、ああいう寡黙でちょっと職人みたいに、不器用な感じが、いいんだよなー)
うっとりと佐々木の雪かき姿を眺めていた。
「いやいや、いかんいかん。わたしも手伝わないと」
わたしも外に戻り、雪かきの続きを始める。
ようやく、今日のシフトが終わった。
「なんだか一日、雪かきしてたねー」
「だなー」
「帰るのも面倒だよ。交通機関もマヒしてるしさー」
「地下鉄は普通に動いてるぞー」
「はあ。まあ、疲れたし、帰りますか」
「なあ、中原」
「ん?」
「夕飯時だし、ちょっと行ったところに、行きつけの店があるんだけど、行く?」
珍しく、佐々木から提案してくる。
「行く!」
わたしは二つ返事で、その誘いに乗った。
「言っとくけど、割り勘だからな」
「むうぅ、この中原ちゃんに貢いでくれないとは、おぬしもやるのぉ」
「ああん?」
コンビニから地下鉄月寒中央駅を経由して民家の林立する地区へ入っていく。車道と歩道の間には雪がうずたかく積まれている。ほんの数分前の足跡も、もう埋まり掛けている。
ズボズボと足を雪に埋めながら、民家の中を歩いて行く。
スコップで雪をガサガサとかく硬い金属音がそこここから聞こえてくる。
除雪車も、黄色の警告灯を回転させながら、バックの電子音とエンジンを吹かす音を繰り返している。
「ここだ!」
佐々木が、妙にテンションを上げている。
「ラーメン屋……」
「なんだ、不服か?」
「いや、別にいいけど、女子高生が行くには……」
ラーメン小次郎。見るからにおんぼろの店構えだ。
「ま、まあ、こういうのが、いいんだよね」
店に入る。
おせじにもきれいとは言えない店内は、先客が数人だ。店の壁には、ところどころに、印象派の画家の絵が飾られている。カウンターの中では、大将と思われるおじさんが、たばこを吹かしている。飲食店でたばこを吸う店主なんて、ただ者じゃない感がある。
「まあ、座れよ」
「なんで佐々木が案内してんのさ」
わたしと佐々木は、店の奥のカウンターに座る。
「味噌が売りなんだけど、あたしは、ここの店では、なぜか赤い醤油ラーメンなんだよな」
「なんで赤いの?」
「さあ?」
「ちなみに、中原、辛いのは平気? あたしは中辛でいくけど」
「じゃあ、わたしも」
定員のおばさんが注文を取りに来た。
佐々木は迷わず、中辛醤油を注文した。
「じゃ、じゃあ、わたしは、中辛の味噌で」
「あと、二人とも野菜は大盛りで」
佐々木が横から口を出す。
「ここは、野菜大盛りを頼むのがベターなんだ」
そして、佐々木は、ニコニコしてわたしの顔をうかがっている。
「な、なにさ……」
すると、顔の目の前から炎が上がった。
「うわっ!」
思わず声を出してしまった。
見ると、大将が中華鍋の油を、天高く登らせていた。
「な、なに、このラーメン屋さん……」
ラーメンはすぐに出てきた。
佐々木の醤油ラーメンは、確かにトマトでも潰したかのような赤だ。
自分のラーメンを一口食べてみる。
「うぉ、本格的な札幌ラーメンじゃん」
「うまいだろ」
「うん。味噌のコクがしっかり効いてるね。なに、この面のコシ。野菜も焼いたから、水分が飛ばされて、スープがしみこんでるよ」
「食レポかよ」
「なんか、最近なんとか系のラーメンばかりだったから、こういう本格派のラーメンはむしろ新鮮だよ」
佐々木も、おいしそうに醤油ラーメンを食べている。
あっという間に完食してしまった。
「ねえ、スープ一口もらっていい?」
「うん」
佐々木はどんぶりをわたしの席に寄せる。
レンゲを持ち、スープをもらう。
「コク、すげー。酸味のきいた味。醤油ラーメンって、こんな表現できるんだ」
ふと佐々木の顔を見ると、ボーッとわたしの顔を見ている。
「佐々木?」
「いや……中原、あたしのレンゲで良かったの?」
「ん?……!!!」
無意識に佐々木のレンゲを使っていた。
(か、間接キスしちゃった……!)
急に恥ずかしくなって顔が赤くなってしまい、額から汗が出る。
佐々木も、妙にもじもじしていた。
「か、帰るか」
「う、うん」
そそくさと二人で席を立つ。
今日は妙に、変な熱を感じてしまった。




