第24話 コンビニ娘粋白雪(中原)附口上
「あー、寒い寒い」
吹雪いている中、コンビニの前の雪かきを進める。
「まったく、ロードヒーティングくらいしろよ。わたしだって、働いて納税してんだっつーの。どうなってんだよー、それでも人口200万人に迫ろうとしている市かよー」
誰に聞かせるわけでもなく、そんな愚痴をこぼす。
吹雪いているせいか、渋滞も起きているようで、コンビニの前の道路の車は、のろのろと進んでいる。
そこへ、黒塗りの、いかにも金持ちが使うような車が止まった。
中から、小さな子供と、付き添いの執事のようなおじいさんがコンビニに入っていった。どこぞの、名のあるご子息なのかもしれない。
「金持ちって、あんまりコンビニ使わないよね。だからコンビニで働いても学校にはバレにくいかなって思ってやっているんだよね」
でもまあ、これだけの渋滞だ。少し気分転換もしたくなるだろう。
「ようやく終わったー。まったく、佐々木じゃんけん強すぎだよー。あー、寒いさむい……って、佐々木?」
佐々木は、トロンとした、これまでに見たことのない顔で、店の奥を見ている。
「なっ!」
そこには、さっきコンビニに入っていった、小さな子供が、飲み物を真剣に選んでいる姿があった。
わたしは、もう一度佐々木の顔を見る。とろけそうだ。
子供が佐々木のレジの前に、玉露入りの緑茶のペットボトルを置く。
「ひゃ、ひゃ、ひゃくごずーい、いちえんでしゅ」
噛み噛みだ……。
「レ、レ、レ、レジ袋は、ご、ご入りようで、ござるでそうろう?」
執事のようなおじいさんが、手で袋は要らないと制するようにして、クレジットカードを出す。
佐々木は震える手で、カードを端末に差し込み、レジを処理する。
「あ、ありがとう、ごじゃいまひた……」
すると、小さな子供が、
「ありがとうございます」
と、礼儀正しく頭を下げた。
佐々木の頭が爆発するのを見た。いや、爆発はしていないが、本当に爆発しているようだ。
子供と執事はコンビニを後にし、黒塗りの車に乗って去っていった。
「ねえ、佐々木……」
しかし、佐々木はポケーっとして答えない。
「佐々木?」
もう一度呼びかける。
「んー? 中原ー?」
佐々木は、上の空だ。
「佐々木、もしかして、ショタコン?」
「えー?……」
そこで、ふと佐々木は我に返ったように、
「いやいやいや、何言ってんだよ」
あわてて訂正した。
「でも佐々木、さっきの子供を見て、メスの顔してたよ」
「メスの顔って、違うし」
「まあ、隠さずに言いなよ。人には人の性癖ってのがあるんだからさ」
「だから、違うって」
佐々木は、はあ、と深呼吸をした。
「中原、知らないのかよ」
「知らないって、今の子?」
「そう! 今の、五十郎キュンだよ!!」
「ごじゅーろー……キュン?」
「なんだ中原、やっぱり知らないんだな!!」
そこで、佐々木は、顔をグイっと近づけて早口でまくしたてる。
「お前、五十郎キュンはあの白糸屋の尾村家の歌舞伎役者だよ! 天才って言われた人間国宝にもなっていた七代目尾村剣五郎の孫で、五代目尾村剣三郎の息子だよ! すでに子役とは思えない演技力でその名をとどろかせて、父親の剣三郎を襲名するどころか、将来は剣五郎の名跡まで継ぐんじゃないかって言われてるんだぞ。そんなの基本中のキ、全人類、いや、全宇宙が知っていると言っても過言ではなーい!!」
「さ、佐々木……?」
いつになく、佐々木が饒舌になるので、驚いた。
「そんな五十郎キュンに、声をかけられた……。シ・ア・ワ・セ……」
もう、佐々木は別世界に転生してしまっている。
しばらくそのままにしておいてあげようか……。
「とはいってもさ……」
はあ、と佐々木はため息をつく。
「歌舞伎って、見に行くとすごく高いから、なかなかあたしには余裕がなくてさー。せいぜい、テレビで月末にやってくれるのを見るだけなんだよなー」
ふと、わたしは思い出した。
「そういえば、今、札幌で公演があるんだよね」
「そう。よく知ってんな。今日から二週間。北海道ではめったに見られないのにさー。コンビニバイトのシフトたくさん入れても、今は物価高で、バイト代、家に入れるだけでせいいっぱいなんだよなー」
佐々木は、本当に残念そうだ。
しかし、
「ふっふっふ」
わたしは、わざと思わせぶりに言う。
「これを見たまえー」
わたしは、ポケットから、一枚のチケットを出す。
佐々木が目を凝らす。
「えっ!! これって、歌舞伎のチケットぉ!」
佐々木は、チケットとわたしの顔を見比べる。
「実は、お父さんが昔からひいきにしてもらっている取引先の人が行けなくなったってことで、もらったんだよ。でも、ちょうどお父さんも、仏壇の納品の仕事が入っちゃったから、わたしにくれたんだー」
「そっ、そうなんだ」
佐々木は、目を輝かせて、そのチケットを見ている。
「いいなー、パンフレット、あたしの分も買ってきてよ。お代は払うから」
「いやいや佐々木殿。人の話は最後まできくがよいぞ」
「話って、どう続くんだよ」
「わたしも、歌舞伎には別に興味がないから、今日の帰りに大通あたりの金券ショップに売ろうと思っていたんだ。もっとも、席が決まってるから、転売はできないかもしれないんだけれど」
「う、売る……のか……」
「だ・け・ど」
「だけど……?」
佐々木が、ごくりと唾をのみ込んだのが分かった。
「これを、佐々木に進ぜよう」
「えっ!」
佐々木は、しばらくキョトンとしていた。
「いやいやいや、もらえないって。だって、S席って書いてあるじゃん。S席って、3万円くらいする席だぞ。金券ショップでも、それなりに売れるだろ」
「いいよいいよ。興味ある人に行ってもらえたらいいし、佐々木へのわたしからのお年玉ってことで」
「ほ、ほんとうに、いいのか? 後で金払えとか言わない?」
「言わない言わない」
「返せって言われても返さないぞ」
「この中原ちゃんに二言はないのだ」
「中原、神ぃ~」
佐々木がチケットを高く掲げて、目を輝かせている。
ここまで喜んでくれたなら、あげたかいがあったというものだ。
そこへ、黒い服を着て、寒かったのか、スキーで使うような顔全体を覆うマスクをした客が入ってきた。
「いらっしゃいませ~。ほら、佐々木、喜んでくれるのはいいけどさ、仕事仕事」
「そ、そうだな~」
それでも、佐々木はまだ上の空だ。
客は、小さなウイスキーや日本酒の瓶を大量にポケットに入れ出した。
「ちょ、佐々木」
「ん?」
佐々木を小突いて、客の方をあごで示す。
客は、コンビニの中では割と高価な酒の瓶をポケットいっぱいに詰めて、ファスナーを閉めた。
客は、こちらを向く。顔を覆ったマスクの下の目と、わたしの目があった。
その瞬間、客は猛ダッシュして、コンビニ自動ドアに突進するかのようにして、コンビニの外へ出た。
「ちょ、ちょっと、この!」
そうわたしが言うより早く、佐々木が。
「まちやがれ!」
と、叫び、ペイントボールをひっつかんで、猛ダッシュで追いかけた。
「佐々木!!」
わたしも佐々木に続いてコンビニを出る。
佐々木は、大きく振りかぶって、ペイントボールを逃走犯めがけて投げた。
ボールは大きな放物線を描いて、もうだいぶん離れた男の頭に直撃した。
ベシャっと音を立てて、オレンジ色の塗料が男の全身と、あたりの雪面を染める。
男はボールが当たったことに驚いて、態勢を崩し、ただでさえ凍っている地面に足を滑らせて、その場に転んだ。
男が、ようやく起き上がったところで、走って追いかけていた佐々木が、その衝撃のままに、飛び蹴りを喰らわせた。
男がドカっとその場に倒れる。
近くに居合わせた、複数の女子中学生が、驚いてキャア! と叫ぶ。
佐々木は男の上に飛び乗る。
「きみ、警察に電話して!」
佐々木は、近くの女子中学生に叫ぶ。
わたしも、近くまで駆け寄る。
「く、くそ、このアマぁ~。だ、だれだてめぇこの野郎!」
「誰だてめぇ、この野郎だぁ~」
佐々木の目がキっと鋭くなる。
「知らざぁ~言って、聞かせやしょう。大志を抱けとクラークが 言葉に残せし道産子の 種は尽きねえ羊ヶ丘 その白雪のコンビニ働き 以前を言やあ月寒で すすきの勤めの親代わり ローソクもらいでまき散らす お菓子をあてに小皿の夕食 チョコかグミとお駄菓子の おまけ当たりさえコツコツと 引き換えもらう夏の晩 公民館で正月の かるた大会も度重なり 下の句かるたのお札取り とうとうトップに躍り出て そこから若衆の師匠格 ここやかしこの公民館で 小耳に聞いた館長の 教えてやってに断れぬ 名せぇゆかりの コンビニ娘 アルバイターの佐々木たぁ あたしのこと~だぁ~」
女子中学生達が、両手を取り合ってキャア! と黄色い声を上げる。
「あー、はっはっはー」
佐々木は泥棒に馬乗りで得意になっている。
「さ、佐々木……」
わたしは、唖然として立ち尽くす。
雪はごうごうと吹雪いている。そんな轟音もよそに、コンビニ娘の佐々木の笑い声が、甲高く響いていた……。
―口上―
とーざーい とーざーい
「狂言途中ではございますが、わたし中原と」
「あたし佐々木が、新年のご挨拶を読者の皆々様に申し上げます」
「というのはさ、実は先週、読者さんに第4話と第8話の、誤字を指摘してもらったんだよね」
「すげえじゃん。ちゃんと読まれてるんだな」
「最近、アクセス数伸びないから、作者がヤケを起こしそうだったみたいなんだけど、泣いて喜んでたみたいだよ」
「なによりだなー」
「修正箇所は、第4話は、店員を定員って書いてあった誤字。第8話は息つく暇を行きつく暇って書いてあった誤字を発見してもらったんだってさ」
「すごいな。見てる人はちゃんと見てるんだな」
「重箱の隅をつつくってこのことだねー」
「いや、それ悪口だろ」
「とにかく、これからも、わたし中原と」
「あたし佐々木で、この物語を益々発展させていく所存です」
「引き続き、精進してまいりますので……って、頑張ったところで、一銭の得にもならないんだけどさ」
「まあ、作者が趣味でやってる物語だから、いいんじゃね?」
「だね~。物好きな作者だ」
「中原、あたし達の運命は作者が握ってるってこと忘れるなよ」
「まあまあ、何かあったら色仕掛けするから」
「色仕掛けって……」
「では、これからも、週一度コンビニバイトで逢う二人、わたし中原と」
「あたし佐々木の活躍を……ってほどでもないけどさ」
「とにかく、頑張りますので、より一層のご贔屓を賜りまするよう」
「隅から隅までずずずいーっと」
「希い上げ奉りまするー」




