第21話 女子高生のクリスマスとは思えないのだが(佐々木)
クリスマス。外は吹雪だ。
よくテレビではホワイトクリスマスがちやほやされるが、この時期の札幌のクリスマスの雪は、そんな優しいものではない。
そして、目の前の中原はあたしを見てずっとケラケラ笑っている。
「ほんと、佐々木のサンタ帽似合わないのー!」
たしかに、あたしの外見では、このサンタ帽は似合わない。
コンビニのバイトがクリスマスに無理矢理かぶせられるサンタ帽。正直、嫌だ。だけど、
「中原だって……」
といいかけたが、サンタ帽姿の中原はかわいらしい。
お客さんは、この日に特に大量に仕入れているチキンやワインを買って家路を急いで行く。
クリスマスのコンビニバイトは、なんだかんだ忙しい。せっかくの中原との会話もあまりできず、さみしい気持ちだ。
ようやく、シフトの終わりの時間が近づいて、お客さんの足が遠のいた。
中原を見ると、時計を見てソワソワしている。
「なに、中原。この後用事でもあるの?」
「うん。ちょっとね」
あたしはドキっとする。
「デートとか?」
「違う違う、そんなんじゃないよ」
否定するが、中原は眼をきょろきょろさせている。
やっぱり、彼氏のような気がする。それはそうだ。黒髪ロングで、高校生らしい童顔の中原はかわいらしい。コンビニバイトでも、営業スマイルはお客さんを虜にしている。すでに、何人かは中原目当てのお客さんもいるくらいだ。
それに、お嬢様学校に通っているというステータスも高い。あたしには素を見せてくれるが、普段は猫をこぶった感じは、男受けも良いだろう。
「そっかー」
あたしは、そう言って、ため息をつく。
シフトの時間が終わると、中原が急いで着替える。
やっぱり、彼氏なのだろう。だけど、こんなにあわてなくてもよいものを、と思う。
「げっ!!」
中原が大きな声を上げた。
「どうしたー?」
「地下鉄、止まってるよ。何かの事故みたい」
「どうやら、止まったのついさっきみたいだな。これはしばらく動かないな」
「どうしよー……」
中原が、しょんぼりとした顔をする。
「ねえ、言いたくなければいいけどさ、やっぱり彼氏?」
「ふぇ?」
中原が不思議そうな顔であたしを見る。
「デートなんでしょ?」
「違う違う。そんなんじゃないよ」
「だったら、そんなにあわてて、どうしたんだよ」
「笑わない……?」
「いや、変な話なら笑うけど」
「実は、テレビを見たいんだ……」
「テレビ?」
「うん。毎年クリスマスは恒例の、SAIZOがあってさ……」
「SAIZO?」
「うん。知らない?」
「あの、筋肉マンが集まって、アスレチックをクリアする番組?」
「そうそう!」
中原の目が輝く。
「毎年の楽しみなんだよ! でも、これじゃあ間に合いそうにないなぁ……。見逃し配信はなんか臨場感が出ないんだよねー」
「あっはははははっ!」
そこまでいわれて、あたしは盛大に笑ってしまった。
「むう。笑わないって言ったじゃん」
「言ってない言ってない。変な話なら笑うって言ったぞ」
「もう。わたしにとっては重大問題なんだよ」
「ごめんごめん。でも、中原、そういうの好きだったんだ」
「そうだよ! 筋肉だけで頂点を目指す人たち、格好いいじゃん!」
中原が、まじめな顔でふくれるので、さらに面白くて、あたしはもう一度吹きだしてしまった。
「あー、腹痛ー」
まだ中原は、ぷーっとほっぺたを膨らませている。
「ねえ中原。うち来る?」
「えっ?」
狭い家だけど。今日、弟、友達の家でクリスマス会やってお泊りするし、母さんはすすきの仕事で、きっと泊まりになるだろうし。
「行くぅ!」
中原の目が輝いている。
「てゆーか、なんだよ佐々木ー! 聖夜にぼっちだったのかよー」
「あたしは一人が好きなんだよ」
「よーし、それならコンビニで鶏肉買ってこう! ロスしたおにぎりもいくつかもらってこう!」
「なんだよ、食べる気満々じゃん」
あたしの家は、月寒の築相当年が経つボロアパートだ。正直、格好悪いので、友達もあまり連れてきたことがない。まさか中原を連れてきてしまうとは。
「まあ、あがってよ」
「へー、けっこうきれいにしてんじゃん」
中原が上がる。
ボロアパートに、円山女子高の清楚なセーラー服の中原がいるのは、場違いのように感じてしまう。正直、ちょっと恥ずかしい。
「えーと、佐々木!」
「な、なんだよ中原」
「もうすぐ始まるよ。テレビつけて」
なんだか、恥ずかしがった自分が情けない。中原はこういうやつだ。
さっそく、SAIZOが始まった。
「ほら佐々木、見てみて、SAIZOオールスターズだよ!」
「なんだよ、それ」
「知らないのかよ。ほろ、この人、唯一の皆勤賞!」
「すげーなー」
「出た! ミスターSAIZOの海田カツオ!!」
「もう還暦みたいだけど、大丈夫なのか?」
「フォントが違うんだよ、フォントがぁぁぁ!!」
中原はテレビに食いついている。中原、こんなに好きなことに熱中する子なんだ。アスレチックをクリアできないリタイア者が続出する。そんな一人一人を、中原は目まぐるしく表情を変えて応援している。
なんだか、ほほえましい。
あたしも、そんな中原につられて、SAIZOを見てしまう。
中原の応援もあってか、あまり興味のなかった番組でも、楽しくなってしまう。
中原といるだけど、なんだか、何もかもが楽しくなる。
「うわー、今年も完全制覇者はなしだったかー!」
中原は後ろに倒れ込む。
横になった中原の顔を、座っていたあたしがのぞき込む。
「女子高生のクリスマスとは思えないのだが」
「なんだよそれー。わたしは感動したよー」
「感動って」
「えーと、時間は。って、ご、ごめん佐々木」
「どうした急に」
「いや、興奮して意識してなかったけど、こんな時間までお邪魔しちゃった」
もう、夜の10時を過ぎている。
「迷惑だったよね。わたし、そろそろ帰るね。今日はありがと」
「いや、中原」
無意識に、あたしは中原の腕をつかんでしまった。
「佐々木?」
「あっ、いや……」
「わたし、さすがに帰るよ。今日は、本当にありがと。佐々木と一緒に見られて、楽しかった」
「中原。もう10時だぞ。一人じゃ危ないじゃん」
「いやいや、大丈夫だよ。コンビニのバイトも、遅い日はこれくらいになることもあるじゃん」
「中原。今日、泊まってかない?」
あたしは、自分でも無意識に、そう言っていた。
「佐々木。迷惑じゃないの?」
「ううん。ぜんぜん」
「佐々木って、正直、一人が好きなんだと思ってたけど」
「中原は、別だよ……」
「うっ」
中原は、顔を赤らめて横を向いた。
あたし、何を言っているのだろう。
「いやいや、深い意味はないよ」
「う、うん。そうだよね。いや、ありがとう……」
「ごめん、あたしこそ迷惑だよね。クリスマスだし、家族もいるよね。ごめん」
「ううん。あの、佐々木!」
「うん」
「じゃあ、今日、泊まって、いい?」
中原が上目遣いにあたしを見る。
「うん」
友達とお泊りなんて、いつ以来だろう。小学生の頃だろうか。しかも、その時は、中の良い友達の家だった。こんなボロアパートになんて、人を泊められるわけがない。でも、中原はここでもいいようだ。
「お風呂、沸かすね。あたしのスウェットしかないけど、いい?」
「うん、もちろん。ありがと。一緒に入る?」
「なに言ってんだよ」
「あははーそうだよね」
中原を風呂に入れる。その間に布団を敷く。なんだか、何をしていいのか、よく分からない。中原が風呂からあがってきたので、あたしも続いて風呂に入る。この湯船に中原が使ったのか、などと変なことを考えてしまう。女同士だぞ。あたし、どうかしている。
風呂から上がったら、中原と何を話そう。どうやって聖夜を過ごそう。そういえば、ケーキがなかった。それどころか、お菓子すら切らしている。飲み物といっても、牛乳とお茶くらいしかない。おしゃべりするにも、あんまりの準備不足だ。
「中原、あがったぞー」
あたしは頭をぐるぐると回転させながら風呂から出てくると。
「寝てる……」
中原は、すでにちゃぶ台につっぷして眠っている。
「なんだ……」
ほっとするやら、安心するやら、という複雑な心境だ。
中原を、布団に横にする。
「中原の寝顔、かわいいな……」
中原の顔に、あたしの顔を近づけていく。
なんだか、とってもよいにおいがする。それに、中原のやわらかそうな顔からは、近づくだけでほかほかと体温が伝わってくる。
あたしは、中原の唇に、自分の唇も近づけていく。
「って! 何やってんだあたしー」
そう思って、中原からすっと離れる。
「中原は友達だぞ。あたし、今、何しようとしてた!? あたしのバカバカー」
あたしは、一気に電気を消して、布団を頭からかぶってしまった。
隣で中原の寝息が聞こえる。
なんだか、うまく寝付けなかった。
月寒中央駅で、中原と並んで地下鉄を待つ。なんだか、不思議な雰囲気だ。
「ねえ佐々木」
「なんだよ中原」
「なんか、眠そうだね」
「ああ。なんか、うまく寝付けなかった」
「なんだよー、あたしと一緒でドキドキしちゃったかー」
こいつ、と思う。
「でも、佐々木と一緒に登校できるなんて、なんだか楽しいよー」
中原はウキウキしている。
「あたしも。なんか、特別な感じがする」
朝の地下鉄は満員だ。隣の中原と肩がくっつきあう。
「ねえ、佐々木」
「なんだよ、中原」
「こんどは、わたしの家にも泊まりにきてよ」
「いいのか?」
「うん。仏壇屋で、ちょっと気持ち悪いかもだけど」
「ううん。そんなことないだろ。仏さんは悪いものなんかじゃないんだから」
「そっか。そうだよね」
大通駅に着く。
「それじゃあ、わたしは東西線に乗り換えだから」
「うん、したっけな」
「うん。しったけ、次の週一度、コンビニバイトで!」
東豊線のドアが閉まる。乗り換えホームに向かって歩いている中原を地下鉄が追い抜かす。ふと、歩いている中原と目が合った。中原は、軽く手を振っている。そんな姿が、あたしの何よりのクリスマスプレゼントだったのは、あたしだけの秘密だ。




