第2話 老人の不思議
中原に、老人が文句を言っている。
「だから吉田さんが、この中に1万円入れてくれたのよぉ。これさえあれば現金は持ち歩かなくてもいいって。あとはあなた達がレジでピッてやってくれるって」
「ですからぁー、まずはスマホのパスワードを入れて開いてくれないと」
「スマホなんていじったことないのよ。あなた若いんだから分かるでしょ」
「パスワードは分かりませんよ」
「パスワードって何? 老人には分からないわよ」
「いや、暗証番号がですね」
「まったく、あなたアルバイトだから分からないのね。これだからアルバイトは。日本の将来が思いやらるわ。もういいわ」
老人は文句を言いながら去っていった。
「おつかれ中原」
「佐々木ぃ~。まったくなんだよあのババア、お盆には地獄の釜のふたが開くっていうけど、連れて帰ってほしいよな。それに吉田って誰だよ」
「高齢者って、現金払いも多いよな」
「まったくこのデジタル化時代に何言ってんだよって話だよな。若者とか関係ねーし」
「まあ、現金のありがたみってやつなんじゃね」
「なに、現金のありがたみって何? わたし、電子マネーでちょっと買い物する時でも、手がプルプル震えるよ」
「どこの貧乏人だよ」
「わたし思うんだよ。老人はすごいのによー」
「んん? 突然なんだ?」
「だってよー。老人の時代だろ、月に人類が降り立ったのってさ」
「突然話が遠くに行ったな」
「それだけの科学技術使いこなしてたんだぜ。スマホくらい簡単だろ」
「まあ、インターネットの技術だって、もう何十年も昔の技術っていうしなー」
「それに、戦後80年じゃん」
「今度は何」
「あの時代、原子爆弾って使ったじゃん」
「広島と長崎に落ちたよな」
「今なんて、ロシアが使うとか言ってるじゃん」
「言ってるな」
「怖いじゃん」
「怖いな」
「そのきっかけ作ったの、80年前の、今の老人たちでしょ。なんで自分たちのこと棚に上げて、若者ばかり頼りないとか言われなきゃなんねーんだよ」
「まあ、今の社会作ってきたのは自分たちだって、自負があるんじゃねー」
「自分たちが作ってきた社会がこの少子化だよ。その子ども達が老人を支えなくちゃならないんだよ。少しくらいはこっちも大切にしてくれっていう」
「もらう側は、そういうことって気づかないからなー」
また老人客がきた。
「いらっしゃいませー」
老人客は、レジの真横に山積みにされているお盆用の落雁セットを買っていった。
「ありがとうございましたー」
「ねえ佐々木」
「なんだ中原」
「今の老人、落雁買ってったじゃん」
「お盆だからなー」
「落雁って、あってもあまり食べないじゃん」
「見て楽しむ要素もあるからじゃね」
「でもさ、わたしのじーちゃん、落雁好きで、なんなら追加で買ってくることもあるんだ」
「老人って、落雁とか好きだよな」
「そう。だから、老人と若者の間には、相容れない違いがあるんだよ」
「落雁から壮大な話になったな」
「味の違いも、若者に対する視線も、老人と若者の間には、相容れない不思議な違いがあるんだよ」
「たしかに、好みが変わるとかって話、よく聞くよな」
「だから、墓もそうなんだよ」
「死んだあとの話?」
「お経とかって、普段聞いてもなんも感じないじゃん」
「あたし、結構好きだけど」
「ううっ、それは個人の感想ですぅ~」
「ああん?」
「とにかく、死んだらさ、きっとお経とか聞くの、気持ちよくなるんだよ」
「そうか?」
「うん。そうだよ。それに、墓参りとか行くと、供え物、落雁ばっかじゃん」
「そうだけど」
「死ぬと、落雁がほしくなるんだよ」
「そういうものかね」
「そういうものなの」
「でもさ、通学中に地下鉄乗ってるとさ、結構若いサラリーマンも老人も、視線向けてくることねえ?」
「きもいやつね。あるけど」
「てことはさ、別に若いからとか、年寄りとか関係ないんじゃね」
「たしかに!」
「味はさ、単純に、年取ったら、代謝とかの関係で、好みが変わるだけなんじゃね」
「……!!」
「どうした中原」
「てことはさ、エッチなことは、年取っても変わらないってことだろ」
「まあ、老人でも盗撮とかで捕まる人いるからな」
「墓参りとかでもさ、亡くなった人が、実はムラムラとこっち見てんじゃね!?」
「中原、それ死者への冒涜って言うからな」