第17話 豆パン、ちくわパン、実は北海道の食べ物(佐々木)
「なあ、中原。これあげるよ」
コンビニの事務室。コンビニの制服に着替え終わった中原に、月寒で有名なパン屋、イガグリの袋を指し出す。
「うわ、なにこれ~。イガグリのパンじゃん!」
中原はあたしの差し出したイガグリの袋をうれしそうに受け取る。
「イガグリ、琴似にもあるんだよね~」
「そ、そうなんだ……余計だった?」
「ううん。ぜんぜん。イガグリ大好きだよ! 佐々木が持ってきたってことは、最近新しくなった月寒本店の?」
「ああ。ちょっと変わったパンもあったから」
「これ、月寒店限定のだ! こっちもはじめてのだよ!」
中原は、そういうことに詳しい。これも、お嬢様高校の処世術なのだろうか。
「ありがと」
中原がニッと笑う。この笑顔を見られただけでも、パンを持ってきてよかったと思った。
「でも、突然どうして?」
中原が不思議そうにあたしの顔を見る。
「いや、先週、渡辺さんに文句を言われていたのを助けてくれたから」
あたしは眼をそらす。なんだか、恥ずかしい。でも、感謝している。
「そうだろそうだろ~。こういうことはこの中原ちゃんにお任せあれ~」
中原胸を張る。
「なんだよ、ウザイな」
ただ、中原は急に真剣な顔になって、聞く。
「その後、大丈夫だった? 今週も、渡辺のババアとシフト組む日あっただろ」
「ババア言うな。まあ、今回は、かなり静かだったよ。中原の啖呵、効いたみたい」
「そっか……。でも、お礼なんていいのに。それなら、わたしも前に餡マン落とした時、助けてくれたじゃん」
「そうだぞ~、感謝しろよ~」
あたしは柄にもなく、冗談を言う。
「うん、ありがと」
中原が再び、ニッと白い歯を見せて笑う。正直、ドキッとした。中原のこの笑顔、あたしは好きだ。
「佐々木、そろそろシフト交代の時間だ。行こう」
あたしと中原はレジの前に立った。
さっそくお客さんがやってきた。豆パンを一つ買っていく。
「なあ中原」
「なに佐々木」
「豆パンって、甘納豆じゃん」
「そうだねー。わたし、イガグリの豆パンも好きだよ」
「あれって、北海道の食べ物だって知ってた?」
「マジ?」
「ああ。最近は全国でも出てきてるみたいだけど、元々北海道のパンらしいぞ」
「うそ。知らなかった。これだけ幅きかせてるのに!?」
「それと、ちくわパンってあるじゃん」
「うん。いいよね、あのちくわの香ばしさと、パンのマッチ。中にシーチキンが入っているのもいいんだよねー」
「あれも北海道のものなんだって」
「うそ、マジ」
「マジ」
「だって、ちくわパンって、主食だよ。米みたいなもんじゃん」
「いや、米じゃないけど」
「知らなかったよ~。衝撃の新事実だぁ~」
「知らない人、結構多いよなー」
「じゃあ、北海道を出たら、豆パンもちくわパンも食べられないの?」
「まあ、探せば売ってる店もあるかもだけど」
「道民、他県に行ったら、くいっぱぐれるよ。主食がなくなるよ。昔の外国に行った日本人状態だよ」
「そこまで言う?」
「死活問題。うん。わたし、北海道から出れないよー」
中原は真剣に考えている。
「ぷはっ」
あたしは、つい大笑いをしてしまった。
「なんだよ、佐々木」
「いや、中原、真剣に考えすぎ」
「だって、そうじゃんか。道民って、北海道出たら、どうやって生きていくんだろ。ジンギスカンが他県にないのは知ってたけど、まさか豆パンとちくわパンもないなんて。てゆーか、他県民って、何食べて生きてんの?」
「まあ、他県にも色々おいしいものあるんだよ」
「そうかなー」
中原はブツブツ言っている。
そこへ、お客さんが入ってきた。見るからに、観光客っぽい。
「豆パンやー、何これ、うまいんけー?」
「こっちはちくわパンやて。へんてこなぱんやし」
お客は中原のレジにやってきて、無難なおにぎりを買う。
「ところでぇぇえー、水ようかんはどこに置いてるんけー」
「水ようかん、ですか……」
「ほやぁー、冬といえばぁぁあー、水ようかん……」
「あかんてそんなことゆーたら。ありゃこっちの地元だけやでぇぇえー」
そんなことを言って、お客さんが帰っていった。
「ねえ佐々木」
「なんだ中原」
「豆パンとちくわパン、否定されちゃったね」
「見たことない人には、いびつなんだろーな」
「それに、冬に水ようかんだって」
「まあ、北海道の人も、冬にアイスを好んで食べるけどな」
「ソウルフードは、地元の人間しか理解できないものなんだね。わたし、悟ったよ」
「おう、悟りひらけー」
中原は、マジメな顔で考え込んでいる。
食のことになるとむきになる中原は面白い。そんな横顔をいつまでも眺めていた。




