第1話 中原と佐々木
「なあ佐々木」
「なんだよ中原」
「客こねーな」
中原と佐々木は、今年高校に入学した、女子だ。
北海道札幌市の、とあるコンビニでバイトをしている。
「お盆になったけどさ、佐々木は、どこかいかねーの?」
「うち金ねーからな。中原はどっかいかねーの」
「親が仕事してるからなー」
「家、会社やってんだっけ」
「そうだぞ。わたし、社長令嬢だぞ」
「前に従業員は家族だけの中小だっつってたじゃねーか」
「そうなんだよなー。トランプが関税引き上げたから、夜逃げルート入っちまったよー」
「何売ってんだっけ?」
「仏壇ー」
「関税関係あるのか?」
「大ありだよ。トランプのマネーゲームのせいで、木材の高騰、漆の高騰、もうなんでも高騰だよ。ゲームは名前だけにしろってな」
「自国ファーストってやつだよなー」
「石破も、舐められてたまるかって、舐められるどころか、完全に食われてんじゃん。石が、かみ砕かれて破壊されてんじゃん」
「支持者が聞いてたら殴られっぞー」
客が来た。
「いらっしゃーって、ヤバい佐々木、わたし裏で飲み物の補充してくるわ」
「おい中原?」
客は、何かの払い込み用紙を指し出した。
「5千円でーす。ありがとうございましたー」
客は、それだけで帰っていった。
「おい中原ー行ったぞー」
「おお、わりいわりい」
「知り合いか?」
「ああ。うちのセンコー。ちょっと見せて」
中原は、さっきの客が出していった支払い用紙を見た。
「うわ、やば。あいつの家、この近くだよ」
「隠れる必要あるの」
「うち、バイト禁止なんだよ」
「は? 校則違反してバイトやってんの?」
「そうだよ。金がねーんだよ。会社潰れそうなんだよ。仏壇売りが仏壇の中に一家で入ることになるよ」
「縁起でもないこと言うなよ。でも、そうかー、中原、あのお嬢様学校だもんなー。そりゃ、バイト禁止だろうなー」
「ふっふっふー。すごいだろー」
「学費高くねーの」
「高い! でも、実は裏口なのだよ」
「はあ?」
「お母さんがOBで、ご子息ご息女枠ってのがあってな。なんと学費は半額になるんだ。そこらの公立に行くより、断然安いんだ」
「すげー。でも、学力も高いんだろ」
「高い! でも、実は裏口なのだよ」
「もしかして、入試も合格点の半分で良かったとか?」
「…………」
「まじかー」
「都市伝説な」
「まじかー」
「佐々木のところはバイトOKなのかよ」
「原則禁止だけど、申請すればOKなんだ」
「へー。佐々木は、何か買いたいものでもあるの?」
「あたしも家に入れてるよ。うち、シングルマザーだし、中学生の弟もいるし」
「そっかー、たいへんだなー」
「別に、慣れてるから」
「そっかー、そうだよなー」
また客が来た。
米のレトルトパックと、ホットコーナーのからあげを買って行った。
「なあ佐々木ー。米ってだいぶん高くなったじゃん」
「高くなったな」
「でも、うちのコンビニの米のレトルトパックって、値段据え置きじゃん」
「そうだな」
「なんか、特殊な入手ルートでもあるのかな?」
「いや、ねーだろ」
「レトルトパックの米も備蓄米なのかなー」
「違うんじゃねー」
「わたしたちが、レトルトパックの米の値札高くして張り替えて、その分とってもいいかな」
「犯罪だからなー」
「犯罪ねー」
「ああ、犯罪で思い出したけど、あたしたち、週に一度しかバイトで顔あわせねーじゃん」
「そうだよなー。何気に気が合うのになー。ここの店、和気あいあいをモットーに、必ず週に一度以上、バイト全員が組むようにシフト作る方針なんだろ。他の人とは、二三回同じなのに、あからさまにわたしたち、シフト合うの、週一にされてるよな」
「なんかさ、お前のところお嬢様学校じゃん。あたしのところ、どっちかというと、不良校って言われてるじゃん。二人一緒にして、何かあったら困るって、あたしが犯罪でも起こしたらまずいって、思われてるみたいだぜ」
「…………」
「中原?」
「なんだよそれ、あの店長、あんなニコニコ顔して、実は腹ぐっろいな」
「はは。まあ、不良校なのは事実だし。あたし、髪、茶色っぽいだろ。失踪したおやじ、外国人だったみてーで、これ、地毛なんだけど。やっぱり染めてるって思われるんだよな」
「……わたし、佐々木がいい子なの、知ってっから!」
「うっ、いい子って、いきなりなんだよ」
「この前、大通駅で、どっかのばあさんおぶって階段上ってただろ」
「なっ、お前、いたのかよ」
「それに、子どもが商品見つけられねー時、声かけてっだろ」
「ううっ」
「佐々木、なんであの学校行ったんだ?」
「奨学金……。入試でトップ成績だったら、授業料8割も免除っていうことだったから」
「うんうん、そういうことだろそういうことだろ。佐々木はそういうやつだ」
「中原も、いいやつだな」
「おう。もっと褒めろ。わたしの家は仏壇屋。そしてわたしはお釈迦様だ」
「さすがにそこまでは行かねーけどな……」
「お、そろそろ上がる時間だ」
「今日はここまでだな。また来週よろしくな」
「うん。週一度、コンビニバイトで逢う二人だからな」