最終話 ざまぁ鉄仮面は産休を取ることになりましたわ
ドンドンドンドン
「リュカが私と会っているのを浮気と勘違いしてざまぁ鉄仮面になっただなんて、面白すぎるわよ! あはははははは!」
旅装のような雰囲気のローブ姿の美しい女性が、テーブルを叩きながら爆笑している。
その向かい側の席で、マルティナは小さくなってうつむいていた。
(は、恥ずかしすぎるわ)
顔が熱い。
火照った顔は真っ赤になっているに違いない。
「どうかお静かに」
リュカがマルティナの隣の席からたしなめるように言った。
「でもおかしくって」
「部屋の外にまで聞こえてしまいます。ヴァネッサ姉上」
そう。
カフェで二度リュカと一緒にいるのを目撃したあの美しい女性の正体。
それはリュカの姉のヴァネッサだった。
姉弟だと知ってから近くでヴァネッサを見てみると、金色のきれいな髪や青い瞳、それに長身なことなどリュカと良く似ている。
ここは王宮内の二階にあるリュカの居室だ。
キャンドルを灯した四人掛けのテーブルを三人で囲んでいる。
ヴァネッサは人目につかない夜を待って部屋に忍び込んできた。
身体能力強化魔法の使い手であるヴァネッサにとって、濠を渡って王居に侵入することも王宮の上の階に跳び上がることも難しいことではなかった。
ざまぁ鉄仮面になったときのマルティナと同じだ。
そして市街地に現れたざまぁ鉄仮面の正体もヴァネッサだった。
真相はこうだ。
リュカはヴァネッサからの手紙で、会う場所に指定されたカフェに向かった。
そのときにマルティナの部屋から鉄仮面と衣装の入ったバスケットかごを持って行った。
引き出しに入れてあった数え歌を書いた用紙も一緒にだ。
最初からヴァネッサにざまぁ鉄仮面を演じてもらうつもりだった訳ではなく、処分してもらうためだったらしい。
マルティナの身を案じてのことだ。
リュカは噂で聞くざまぁ鉄仮面の特徴や出現した時間帯にマルティナがいないことなどから、いち早くその正体に気付いていたのだという。
ざまぁ鉄仮面に賞金が掛けられたと聞いていよいよマルティナの身が危ないと思ったリュカは、諸国をさすらっているヴァネッサに遠い旅先で捨ててもらえば安全だと考えて証拠の品一式を入れたバスケットかごを持ってカフェに行った。
カフェでヴァネッサに再会して事情を小声で説明していると、店の外が騒がしくなった。
ガウリッツがマルティナを問い詰め始めたからだ。
ざまぁ鉄仮面がマルティナだと気付かれてしまったことを察したリュカは焦ったが、ヴァネッサに言われたそうだ。
「私がざまぁ鉄仮面になるから大丈夫よ」と。
リュカは表口から店を出たが、ヴァネッサはバスケットかごを持って手洗いに行った。
素早くざまぁ鉄仮面の衣装を身に着けると、人目に注意して手洗いの窓から店の裏側に出て、さらにカフェにいたと思われないよう迂回して向かいの青果店の屋根に飛び乗った。
そしてざまぁ鉄仮面として登場し、ガウリッツに『ざまぁ』を喰らわせた。
その後は目立たない場所で変装を解いて元の服装に着替え、時間を潰して夜になってから王居のこの部屋へとやってきたのだという。
「いくらリュカがシスコン気味でも、姉の私と浮気は出来ないわよ。ぷくくくく」
ヴァネッサが目尻の涙を手の甲で拭っている。
(助けてもらった立場ではあるけれど、そこまで笑わなくたっていいじゃない)
マルティナは少しカチンときた。
「そんなに笑わないで下さいませ。諸国を旅していると聞いていたヴァネッサ義姉様がリネンツェ王都のカフェにいるなんて思いもしませんでしたわ。お会いするのは今日が初めてですし」
半年前にカフェで初めて見たヴァネッサは、リュカが浮気相手に選んでもおかしくないくらい美しい女性としか思えなかった。
「それにリュカ様がヴァネッサ義姉様に会ったことを隠したりしなければ、すぐに誤解は解けましたのに」
マルティナは隣のリュカに少し恨めし気な視線を送った。
「ごめんね。下手に期待を持たせるようなことは避けたくて。今日もその繊細な問題について私と姉上の二人で話したかったから、マルティナには秘密で会う約束をしていたんだ」
「下手に期待を持たせる? 繊細な問題? 何のことですの?」
半年前に二人が会っていた時点ではマルティナはざまぁ鉄仮面ではなかった。
ざまぁ鉄仮面の証拠品の処分のことではなさそうだ。
「あなたの体のことよ」
「わたくしの体のこと?」
ヴァネッサはうなずくと隣の席に腕を伸ばした。
そこには彼女が羽織っていたマントが掛けられている他に、ざまぁ鉄仮面の衣装などを入れたバスケットかごが置かれており、さらにその上には荷袋が乗せてある。
ヴァネッサは荷袋から取り出した小箱をテーブルに置くと、マルティナたちに向けて開いた。
そのオルゴールのような小箱の中には、手の平にすっぽり収まりそうなサイズの球体の宝玉が納められていた。
宝玉の中に虹のような不思議な光が見える。
「これは?」
「魔宝玉よ。分かる?」
「はい。見るのは初めてですが、聞いたことはあります」
魔力を込めた宝玉のことだ。
魔法の使い手自体が少ないため、その魔力を込めた魔宝玉は大変な貴重品とされている。
箱の内部はクッションのようになっており、中身が傷がつかないようしっかり保護できる造りになっていのもそのためのようだ。
「この魔宝玉には、一体どんな魔力が込められているのでしょう?」
「回復魔法の魔力よ。あなたの不妊の体質を治療するためのね」
「えっ」
マルティナは口を押さえて息を呑んだ。
「遠い異国の凄腕の回復魔法使いに魔力を込めてもらったのよ。結構なお金を積んでね」
「──もしかして半年前にリュカ様が義姉様に渡していた金貨袋のお金ですか?」
リュカとヴァネッサがうなずいた。
半年前、医師の診断で妊娠が望めないと知ってマルティナは絶望に打ちひしがれていた。
その様子を案じたリュカは、藁にも縋る思いでヴァネッサに相談の手紙を送った。
その切実な手紙を読んで心を打たれたヴァネッサはリネンツェ国に戻ることにした。
再会の段取りを書いた手紙をリュカに送ってからだ。
二人は一緒に訪れたことなる王都のカフェで再会した。
ヴァネッサは、以前に訪れた異国で凄腕の回復魔法使いの噂を聞いたことがあるから訪ねてみるとリュカに言った。
手紙で概要を伝えられていたリュカは、まずマルティナの検査結果の診断書をヴァネッサに預けたそうだ。
それから異国に行くための路銀や回復魔法使いへの依頼料を入れた金貨袋を渡した。
マルティナはそれを浮気と勘違いしてしまった。
リュカが解決の糸口が見えたことや久しぶりにヴァネッサに会えて上機嫌だったこと、それを隠したことが勘違いに拍車を掛けた。
リュカが何も言おうとしなかった理由は、下手にマルティナに期待を持たせて治療が不可能だった場合、かえって精神面に悪影響を与えるかもしれないと考えたからだ。
だから話し合いの場を持つことも含めて秘密にしていた。
そのためにマルティナはざまぁ鉄仮面になってしまったが──。
一方のヴァネッサは異国に赴き、回復魔法使いの所在を探り当てて面会した。
回復魔法使いは診断書を見ると顔色を曇らせ、治療は無理だと言ったらしい。
だがマルティナが身体能力強化魔法の使い手であることを伝えると、なんとかなるかもしれないと乗り気になったそうだ。
同じ身体能力強化魔法の使い手であるヴァネッサは協力を惜しまなかった。
そうやって試行錯誤を繰り返した末に、不妊の体質を治療する魔力を込めた魔宝玉を完成させたのだという。
「──という訳よ。でも私はあなたと同じ体質ではないから、100%不妊を治療できるとは断言できない。だけど副作用の心配はないと言って良いと思うわ。その回復魔法使いも細心の注意を払ってくれたし、私の体で実験済みだから」
「わたくしのために、ヴァネッサ義姉様はそこまで──」
居たたまれない気持ちになった。
下手をすればヴァネッサの体は副作用で蝕まれていたかもしれない。
「気にしないで。あなたは義理とはいえ妹なんだから。それに可愛い弟の頼みだったんだもの」
ヴァネッサがリュカに視線を移した。
「姉上がそこまでしてくれていたとは。感謝する」
リュカが頭を下げた。
「それでも私は、その魔宝玉を使えとマルティナに強要する気はない」
「リュカ様?」
意外な言葉に驚いて隣のリュカを見た。
「私はマルティナが沈んでいるのを見るのが耐えられなかっただけだ。君が心を病むことなく過ごせるようになってくれたのならそれでいい。無理に子供を産めと言う気は毛頭ない」
リュカも見つめてきた。
その優しい眼差しに、思わず胸が熱くなった。
「ふふ。リュカにとって一番大事な女性は、とっくに私ではなくあなたになっていたのね。少し寂しいわ」
ヴァネッサの言葉を聞いた瞬間、リュカの姿が滲んだ。
涙があふれていることに気付いたとき、リュカに抱き寄せられた。
「リュカ様。リュカ様」
その胸に顔をうずめて、声を殺しながら泣いた。
◇
「わたくしはリュカ様との子が欲しいです」
泣き止んだマルティナは決意を告げた。
「私もだよ。出来ることならだけど」
リュカも同じ気持ちだと確認できた。
「ヴァネッサ義姉様。魔宝玉の使い方を教えて頂けますか?」
「ええ。もちろん」
向かいの席から感慨深そうに見つめていたヴァネッサがうなずいた。
「では、まず魔宝玉を両手で握って」
「こうでしょうか?」
マルティナは祈るように魔宝玉を両手で包んだ。
「そう。その状態で身体能力強化魔法を発動させてみて」
言われた通り身体能力強化魔法を発動させた。
すると手に隠れている魔宝玉が光り輝いた。
眩しさに思わず目を閉じた。
だが心地いい癒しの魔力が体に広がって行く。
「マルティナ。大丈夫か?」
リュカの声で目を開けた。
魔宝玉はもう光っていない。
手を開いて片手に乗せてもそうだった。
「そうやって魔宝玉が光を放たなくなるまで身体能力強化魔法を使い続けるの」
光が消えたのは正しい使用法ということらしい。
「一日一度、毎日それをやるようにして。力の源はあなたの身体能力強化魔法だから、魔宝玉は半永久的に使えるわよ」
宝玉の奥には虹のような光が残っている。
それを確認して魔宝玉を小箱に戻した。
「使ったときのあなたの様子を見ていた限り、きっと不妊の治療に効果があると思うわ」
ヴァネッサが少し安心したように言った。
「私もそう思います。ヴァネッサ姉様。本当にありがとうございました」
心からの礼を告げた。
「どういたしまして。さてと。そろそろお暇しようかしらね」
ヴァネッサが席を立ち、隣の椅子の背に掛けてあったマントを羽織った。
「泊まってはいかれないのですか?」
マルティナも腰を上げて訊ねた。
まだまだ話したいことがある。
名残惜しい。
「私は表向きは嫁ぎ先の王子と暮らしてることになっているから、ここに泊まる訳にはいかないわよ」
「里帰りということにされては?」
リュカも立ち上がって引き止めようとした。
「父上たちへの説明が面倒だもの。気付かれる前に退散するわ。それに──」
荷袋を背負ったヴァネッサが悪戯っぽい表情をした。
「あなたたちの妊活を邪魔するのも悪いしね」
「義姉様」
「姉上」
同時に声を上げたリュカと顔を見合わせた。
少し顔を赤らめている。
きっとマルティナも同じだろう。
「ふふ。それから、これ、もらって行くから」
ヴァネッサがバスケットかごを手に取った。
「姉上が旅先で処分して下さるのですね?」
「いいえ。使わせてもらうわ。ざまぁ鉄仮面になって質の悪い王族の男を『ざまぁ』な目に遭わせるのって、楽しいもの」
「なっ! 危険です! 姉上!」
「止めても無駄よ」
ヴァネッサがバスケットかごを持ったままベランダに出た。
「また手紙を出すわ。あなたたちの様子も手紙で教えて頂戴。甥や姪についての知らせを楽しみにしているわね」
ヴァネッサがそう言って微笑んだとき夜風が吹いて、靡いたカーテンで姿が見えなくなった。
風が止んでカーテンが戻ったとき、もうヴァネッサの姿は無かった。
リュカと二人でベランダに出た。
「また旅立ってしまったか」
「風のような女性ですわね」
しばらくの間、二人で夜空を眺めていた。
「くしゅん」
少しだけ寒さを感じたとき、くしゃみが出た。
「少し冷えるね。もう中に戻ろう」
「ええ」
リュカの居室に戻った。
「夜も更けてきたね。君の部屋まで送るよ」
「いいえ」
マルティナは首を横に振った。
「今日から、またリュカ様と同じ部屋で休ませて頂きますわ」
少しはにかみがら言った。
◇◇◇◇◇
マルティナはリュカにエスコートされながら王居の庭を歩いていた。
リュカは躓きそうな小石が無いかなど目を光らせている。
「気を付けてね、マルティナ」
「リュカ様。心配し過ぎですわ。いくらわたくしが身重とはいえ」
魔宝玉の効果は覿面で、使い始めて二か月も経たないうちに妊娠したことが分かった。
それから約半年。
だいぶお腹の膨らみが目立つようになってきた。
リュカは前にも増して優しい。
(幸せだわ。リュカと離縁なんてしなくて、本当に良かった)
心からそう思った。
「そういえばヴァネッサ姉上から手紙が届いたんだ」
不妊の体質を治療できたのはヴァネッサが魔宝玉のおかげだ。
感謝してもしきれない。
「義姉様はなんと?」
「前に手紙で伝えたマルティナのおめでたを喜んでくれていたよ」
「嬉しいですわ。それに手紙が届いたということは、義姉様はご無事ということですわね」
「うん。手紙を出してくれた時点ではね」
リュカの表情が曇った。
ヴァネッサの身を案じているのだろう。
「ふふ。相変わらず仲のおよろしいご夫婦ですこと」
話しているうちに目的地のガゼボに着いた。
お茶の準備をしてくれていた第一から第四王子の夫人たちが目を細めている。
「マルティナ様。さあ、席へどうぞ」
「ありがとうございます」
出産経験を持つ夫人たちも妊娠中のマルティナを優しく労わってくれる。
「リュカ様。あとはお任せ下さい」
「はい。では義姉上方。マルティナを宜しくお願いします」
女子会であることはリュカも承知している。
席に腰を下ろしたマルティナの肩にそっと触れると踵を返した。
「姉上か。ヴァネッサ姉上は大丈夫かな」
リュカが王宮に向かって歩きながらぼそりと呟いた。
「ヴァネッサ様も嫁ぎ先で幸せに暮らしているでしょうに」
「さすがに心配し過ぎではないかしら」
夫人たちが苦笑している。
(リュカ様をシスコンだと思っているのかもしれないけれど、そうじゃないのよね。心配するだけの十分な理由があるのよ。言えないけれど)
マルティナも苦笑した。
ヴァネッサが嫁ぎ先の王子を叩きのめして諸国を旅していることは秘密だ。
そして今では、それ以上に口が裂けても言えないことがある。
「それよりマルティナ夫人。体調はいかがですの?」
「おかげさまで順調ですわ」
マルティナの子供のことに話題が移り、会話に華を咲かせた。
それがひと段落したとき──。
「そうそう。またざまぁ鉄仮面が出たそうですわね」
夫人の一人が思い出したように言った。
だが今はこの通り産休中だ。
そのざまぁ鉄仮面は、マルティナではない。
「しかもリネンツェ国とは別の国に出現するようになったとか」
「ええ。いくつもの国の質の悪い王族の殿方に、『ざまぁ』を喰らわせて活躍なさっているのよね」
「この前とうとう、女グセの悪いことで有名なかの国の国王に『ざまぁ』を喰らわせたそうですわよ」
「まあ! 一国の王に!」
ヴァネッサのざまぁ鉄仮面としての活躍はマルティナの比ではない。
(リュカ様が心配するのも無理はないわね。ご無事だといいのだけど)
マルティナは空を見つめながら、遠い国にいるであろうヴァネッサのことを思った。
===== THE END ====
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なにとぞよしなに。




