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第4話 ざまぁ鉄仮面になった理由とその後の葛藤

 

 マルティナは王居で暮らし始めた頃は不安で仕方なかった。


(田舎貴族のわたくしが洗練された王都の、しかもこんなにも壮麗な王居で暮らすことになるなんて)


 だが夫になったリュカは優しかった。


「分からないことがあったらなんでも聞いて」


 戸惑うことも多かったマルティナをしっかりと気遣ってくれた。


 第五王子として王居の外の城で政務に励むリュカはいつもマルティナと一緒という訳にはいかなかったが、兄の夫人たちに面倒を見てくれるように頼んでくれてもいた。


 義姉にあたる王子夫人たちも穏やかで優しい人たちで、すぐに打ちとけることができた。


 お茶会などに誘ってもらって話していると、だんだんと王居の様子が分かってきた。


 リュカの兄である第一から第四王子は全員が優しい愛妻家で、第二夫人は持たないと決めているのだという。


 どうやら女性を大事にする父王の影響を受けているらしかった。

 リュカの母は第二夫人だが、第一夫人が亡くなってだいぶ経ってから迎えられたらしい。

 そして第二夫人も亡くなってからは独り身を貫いていた。


 王族の男には女性を物のように取り換えたり傷つけても何とも思わないような者が少なくないが、リネンツェ国の王室は違っていた。


 リュカも愛妻家だった。

 王子としての忙しい政務の中、時間を見つけてはマルティナを市街地のお忍びに誘ってくれた。

 紳士的にエスコートされながら都会の洗練された街を巡るのは実に楽しいひと時だった


(リュカもわたくし以外の夫人や愛妾を置くつもりなどまるでないみたい。嬉しいわ)


 ときどき姉ヴァネッサから届く手紙を嬉しそうに見ているくらいで女性の影は全くない。


 リュカとの結婚生活は幸せそのものだった。


 王居では義姉たちの子の甥や姪もたちも暮らしていたが、ときに夫婦でその子たちを可愛がりながら、自分たちの子供が出来る日をたのしみにしていた。

 

 ところが──。


 3年経って26歳になっても、妊娠の兆候はなかった。


 さすがに心配になりリュカとともに医師の検査を受けてみた。

 するとマルティナが妊娠することは望めない体質だと判明した。

 治療法も確立されていないのだという。


(そんなことって……)


 マルティナは絶望に打ちひしがれた。

 塞ぎ込んでベッドで泣く日々が続いた。

 誰の顔も見たくなくなり、寝室はリュカと別々になった。


 それでもリュカは優しかった。


「無理に子供は望まないよ。マルティナさえ元気でいてくれるなら、私はそれでいいんだ」


 そう言って慰めてくれた。

 だがマルティナを気遣ってのことだ。

 子供好きのリュカはずっと子を望んでいた。

 心苦しさから、マルティナは鬱々とした日々を過ごした。


 そんなある日、リュカがこっそりと王居から出掛けて行くのを目撃した。

 何か胸騒ぎがして、気付かれないように後を付けてみた。


 リュカは市街地のカフェに入っていった。

 窓から中を見てみると、リュカが美しい女性と一緒に席に着いているのを見つけた。

 そしてなんと、かなりの額の入った金貨袋を渡していた。

 それが済むと嬉しそうな表情で話を続けた。


 マルティナは見ているのが苦しくなり、逃げるように王居に戻った。


 しばらくしてリュカが帰ってくると恐る恐る訊ねてみた。


「……あの。今日誰かに会ったりされましたか?」


「……誰にも会ってないよ」


 リュカは白を切った。

 それなのにとても嬉しそうだった。


 あの美しい女性は愛人。

 渡していた金貨袋は愛人への報酬。

 そうとしか思えなかった。


『私は生涯マルティナ殿だけを愛することを誓います。ですからどうか、私と結婚してください』


『無理に子供は望まないよ。マルティナさえ元気でいてくれるなら、私はそれでいいんだ』


(そう言ってくれていたのに、妻が身籠みごもれない体であることに苦しんでいるときに、愛人に走るなんて!)


 どす黒い憎悪が込み上げてきた。

 それがマルティナの鬱々としていた気分を吹き飛ばした。


「なんだか元気になりましたわ」


 リュカの前では怒りを隠して平静を装った。


(浮気の決定的な証拠を掴んだら、離縁を突き付けるわ)


 その決意を胸に秘めながら──。


 寝室はリュカと別々のまま、落ち込む以前の生活を続けた。


 すると以前は他人事だと聞き流していたことが許せなくなっていた。


 王居で暮らしていると、その外で暮らしている王族の男たちが理不尽に女性を傷つけたという噂が耳に入ってくる。


 それを用紙に書いてまとめていると、数え歌になった。

 女性を傷つける王族の男たちに然るべき報復の『ざまぁ』を。

 数え歌に五番目を書き足した。


 それからすぐに『ざまぁ』と刻印した鉄仮面を用意した。


(これを身に着けてざまぁ鉄仮面になるわ。身体能力強化魔法の使い手であるわたくしにしか出来ないことなのだから、わたくしがやらなければ)


 こうしてざまぁ鉄仮面となったマルティナは、悪辣な王族の男たちに『ざまぁ』な罰を与えて回るようになった。


 そのたびに数え歌を口ずさんだ。

 ただし、自分のやるせない気持ちを綴った三番目は歌えなかった。


 ざまぁ鉄仮面となって半年近くが経過した今も、それは変わっていない──。


◇◇◇◇◇


 コンコン


 不意にドアを叩く音がして、マルティナは我に返った。


「マルティナ。起きているかい?」


 リュカの声だ。


 ベッドからドアの前に移動した。


「少し話がしたいんだ。いいかな?」


 マルティナはそっとドアに触れながらも、言葉は発しなかった。


「寝ているならいいんだ。ゆっくり休んで」


 足音が遠ざかって行く。


(今は話すことなんて無いもの)


 マルティナは目を閉じてドアに額を付けた。


 リュカには浮気の明確な証拠掴んだとき、ざまぁ鉄仮面であることを伝えるつもりでいる。


 そして恐れおののくリュカに、『ざまぁ』な罰を下して離縁を突き付ける。


 そのことだけがマルティナを突き動かしている、はずなのに──。


(その瞬間を想像すると胸が痛むわ。望んでいることのはずなのに、なぜなの?)


 リュカは裏切って愛人を作っていた。

 だからそうするしかない。


 けれど半年前の一度きりでその後はリュカがあの愛人と会っている気配はなく、どこか安心している自分もいる。


(でも、本当に浮気の証拠を掴んでしまったら──)


 そのことが恐い。

 気持ちがまとまらない。


(いけない。それよりも、今日はもうひと『ざまぁ』見届けないと)


 マルティナはドアを離れると、鉄仮面と軍服調の衣装を入れたバスケットかごを取った。


 窓から顔を出してあたりに人がいないことを確かめると飛び降りた。


 落下しながら身体強化魔法を発動させたので、高い場所から王宮の庭園に降り立っても足の衝撃はほどんどなかった。


 そのまま素早く濠の縁まで走って跳んだ。

 水の上に突き出た小さな岩を足場にして、さらに跳んで対岸に着地する。

 ここに衛兵がいないことは確認済みだ。


「身勝手な白い結婚など野放しにしてたまるものですか」


 マルティナはそう呟くと、目的地に向かって走り出した。



 王の従弟の子にあたる王族アランの屋敷の最上階の一室にて──。


 天蓋付てんがいきの豪奢ごうしゃなベッドの前で、アランと騎士の娘リーサが向かい合っていた。


「リーサ。私たちは今日結婚して初夜を迎えたわけだが」


「はい。アラン様」


「だが私には愛する人がいる。君を愛することはできない。白い結婚にしよう」


「ええ。望むところですわ」


 リーサがあっけらかんと応じると、アランがあんぐりと口を開いた。


「あら? わたくしが泣きじゃくって愛してくださいとでも懇願すると思っておいりまして?」


「い、いや。ま、まあ。その」


「ご心配なく。ソニアというお手付きのメイドがお気に入りであることは承知しておりますわ」


「な、なぜそれを──」


「ふふ。動揺しきっていらっしゃいますわね。窓の外をご覧あそばせ」


 窓に視線を向けたアランがびくりとした。


 鉄仮面を被った何者かがのぞいていたからだ。



よっ~つ♪ しろい結婚にしようなどと初夜になってから言い始める~♪ もの~♪」



いつ~つ♪、因果応報いんがおうほうって其奴そやつらに『ざまぁ』と~♪、えるようにするためならどこにでも駆け付けますわ~♪」



 その鉄仮面が数え歌を口ずさんだ。


「よくぞいらして下さいました。ざまぁ鉄仮面様」


 リーサは窓を開けてざまぁ鉄仮面と向き合った。


「数日前にわたくしのところに現れてアラン様の女性関係について教えて下さったおかげで、白い結婚と言われても動揺せずに済みましたわ。むしろアラン様のほうが動揺なさっています。一泡吹かせることができましたわ」


「何よりですわ。ではリーサ嬢。お手を拝借」


「ええ」


「「ざまぁ!」」


 パチン!


 リーサとざまぁ鉄仮面が開けた窓を挟んでハイタッチを交わした。


「ざまぁ鉄仮面様。改めてお礼を申し上げます」


「なんの。結婚初夜に白い結婚宣言をするような悪趣味な男なんて見過ごせませんもの」


「て、鉄仮面を被って初夜のねやを覗く方が悪趣味だろう!」


 アランが引きつった顔で言った。


「問答無用。そんなことより、もしリーサ嬢に対して酷い仕打ちをするようなことがあれば、わたくしは更なる『ざまぁ』を下しに訪れることでしょう。ゆめゆめ忘れるなかれ」


「ひいっ」


 アランが腰を抜かしてへたりこんだ。


 それを見届けると、ざまぁ鉄仮面がリーサに視線を戻した。


「リーサ嬢。どうか身勝手な王族の男になど負けないで」


「はい。先日会ったときも言いましたが、わたくしは決して泣き寝入りはしません」


「その意気です。ではおさらば」


 ざまぁ鉄仮面が窓辺から跳び去った。


「ざまぁ鉄仮面様。素敵」


 リーサは窓枠に手を掛けて遠ざかって行くざまぁ鉄仮面の後姿を見つめた。


「だけどもし普通に初夜の儀式になったとしたら、それを見届けるおつもりだったのかしら」


 リーサが頬を赤らめた。


「ざ、ざまぁ鉄仮面恐るべし」


 アランは腰を抜かしたままだ。



「『ざまぁ』、完了」


 マルティナは夜空の下、アランの屋敷を見つめながら呟いた。


 今は跳び移った別の家の屋根の上にいる。


(さてと。王居に帰りましょうか)


 屋根の上を走ってさらに別の家に飛び移る。

 それを繰り返しているうちに、ふと思い出したことがあった。


 リュカの姉のヴァネッサのことだ。

 彼女も嫁ぎ先の王子から白い結婚と言われたのだという。


(身体能力強化魔法で即座に叩きのめしたらしいけど)


 そして姿をくらまし、その後は諸国を放浪しているらしい。


 時々手紙が届くが、リュカからの手紙もどうにかして受け取れているらしい。

 結婚の報告も手紙でしたと聞いた。

 ヴァネッサから結婚を祝う手紙が届いたとリュカが喜んでいたのを思い出す。


 マルティナはこれまで一度もヴァネッサに会ったことがない。

 リュカも長らく会えていないそうだ。


(憧れのヴァネッサ義姉様ねえさまがたしなめて下さったなら、リュカは浮気なんてしなかったのかしら)


 なんとなくそんなことを思った。

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