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第3話 ざまぁ鉄仮面ではなかった頃、王子に見初められた


 リネンツェ国の辺境の田舎貴族の娘として生まれたマルティナには特徴が二つあった。


 一つ目は並みの男以上に背が高いこと。

 二つ目は身体能力強化の魔法を使えることだ。


 魔法を使える人間はほんの一握りで重宝されることが多い。

 だがマルティナは身体能力強化の魔法を使えることを隠していた。


 ただでさえ背が高いことがコンプレックスなのに、その体を魔法で強化できるなどとは知られたくなかったからだ。


 それでも背が高いというだけで敬遠されて、20歳を過ぎても嫁ぎ先は決まらなかった。


 そして3年前──。


 23歳のとき、リネンツェ国の王族の令息とお見合いをすることになった。

 王族と言っても現王家とは遠縁で、しかもあまり評判の良くない人物とだ。


 気は進まなかったものの、婚期を逃し掛けていたマルティナは田舎から王都にやってきてお見合いにのぞんだ。


 しかし、相手の王族の男は実に嫌なうすわらいを浮かべて──。


「ククク。本当にデカい女だな。可愛くない。お前などと結婚はごめんだ」


 酷いことを言われて、お見合いは速攻で終了した。


 マルティナは気晴らしをするために王都の市街地を歩いた。


(腹立つわー。引き返して身体能力強化魔法でボコボコにしてやろうかしら)


 身体能力強化魔法を使えば力も速度も飛躍的に向上する。

 更には武術の達人のように高度な技を使いこなせるようになる上に、動体視力も強化されて相手の攻撃を簡単にかわすことが可能になる。

 相手が大の男だろうと部下を従えていようと敵ではない。


(ダメダメ。相手は仮にも王族。大問題になりかねないもの。あら?)


 なんとか思い止まったが、ぼんやりと歩いているうちに人気のない路地裏に来てしまっていた。


 そして少し先の行き止まりに10人ほどの男がいた。

 1人を他の男たちが壁際に追い詰めているようで、よろしくない雰囲気だ。


「ん? 誰か来たのか?」


 いかにもごろつきといった風体の男たちが振り返った。


「取り込み中だ。怪我したくなかったら消えな。デカい姉ちゃん」


 ごろつきの言葉がマルティナの心を刺した。

 そしてごろつきたちの薄ら嗤う顔が、あの王族の男に重なって見えた。


「──今日の私は抜群に機嫌が悪いの。運がなかったのよ。あなたたちは」


 身体強化魔法を体内に発動させてごろつきを地面に這わせるまでに、4.44秒しか掛からなかった。


「ふう。あなた、大丈夫?」


 壁際に追い詰められていた男に訊ねた。


 その男が近づいてきた。

 チェニック姿で帽子を被った服装は庶民的だ。

 マルティナより長身で何歳か年下に見える。


「助かりました。お礼を言わせて下さい」


「お気になさらず」


(ごろつきを倒したのって、人助け2%、憂さ晴らし98%くらいだし)


「あの、その」


 若い男はなにやらオドオドした様子だ。


(助けてもらったとはいえ、わたくしに怯えるのも無理はないわね。大勢のごろつきを秒殺するのを目の当たりにしてしまったんだもの)


 そう思っていると──。


「つかぬことをお聞きしますが、あなたは独身でしょうか?」


 訳の分からない質問をされた。


(お前みたいな凶暴女が結婚している訳がないと言いたいのかしら。はぁ。やだやだ)


「ええ。独身ですわ。怪我などはしていらっしゃらないみたいですので、これで──」


「待って」


 きびすを返したとき、手首を掴まれた。


「まだ何か? えっ?」


 怪訝に思って訊ねると、若い男はマルティナの両手を包むように握った。


 そして、顔を赤らめながら──。


「あなたは私の待ち望んでいた女性だ。どうか結婚して下さい」


 泡を吹いて倒れているごろつきたちの只中で、突然プロポーズされた。


「はいいぃぃぃぃ!?」


 マルティナは思わず絶叫した。


「あ、あの。全く知らない方に、いきなり結婚して欲しいなどと申されましても」


「これは失礼。私の名はリュカ。お忍びでこのような格好をしていますが、実はリネンツェ国の第5王子です」


「なんですってぇぇぇ!?」


 マルティナは再び絶叫した。


(遠縁の王族に拒絶されたばかりなのに、現国王の息子である王子がわたくしにプロポーズ!? 嘘でしょ!?)


「あなたのお名前も、お伺いしてよろしいでしょうか?」


「マ、マルティナ」


「素敵なお名前だ。さて。まずは私の身元をマルティナ殿に証明せねば。王居までご足労願えますか?」


「よ、よろしくてよ」


(こいつの嘘を暴いてやるんだから。何か悪巧みをしていたとしても、身体能力強化魔法を使えば切り抜けるのは簡単だし)


 そう思って一緒に市街地を抜けて王居前までやってきた。


 するとリュカは衛兵たちに敬礼されながらあっさりと王居に入り、マルティナを手招きした。


 そして王宮の豪奢ごうしゃな一室に案内され──。


「正装に着替えて父たちを呼んで参ります。しばらくお待ちください」


 そんなことを言われた。


 ほどなく、煌びやかな服装に着替えたリュカと、何人もの高貴そうな人たちが部屋に入ってきた。


 その中の初老の男性がうやうやしく礼をした。


「愚息を助けて下さったと聞きました。心から感謝いたします」


「ということはリュカ様のお父上? あなた様は、まさか──」


「一応、リネンツェ国の王などをやっております」


「こっ、国王陛下!?」


 マルティナが驚愕していると、豪華な料理が運ばれてきて食事会が始まった。


 国王陛下。

 リュカの兄である第1から第4王子。

 王子の夫人たち。


 王族なのに全く傲慢なところがない気さくな優しい人たちで、マルティナと結婚したいというリュカの希望も本人たちの意思を尊重すると言っていた。


 だが田舎貴族の娘に過ぎないマルティナは、ただただ固まっていた。


「マルティナ様はちょっと居心地が悪そうだわ。リュカ様と二人でお散歩でもされてきたら?」


 夫人の一人に勧められ、リュカと二人で王宮を出て王居の濠に囲まれた庭園を歩いた。


 そうしていると少し落ち着いてきた。


「はあ。まさかリュカ様が本当に王子だったなんて」


「驚かせて申し訳ない」


「いえ」


 最初に会ったとき、お忍びの格好でなければすぐに信じたことだろう。

 問題はそのことよりも──。


「わたくしは辺境の田舎貴族の娘に過ぎません。それに長身で可愛くないと言われ続けてきました。年齢も20歳のリュカ様より3つも上。それでも、その。本当に結婚をご希望されるのですか?」


「もちろん本気です」


「ごろつきたちを叩きのめすのを目の当たりにしても?」


「それが決め手です。私の正体に気付いて誘拐しようとしていたごろつき者たちを倒して下さった姿に、思わず見とれてしまいました」


「……それはまたどうして?」


(リュカ王子を助けようと必死だったわけでもなく、ただ腹が立って叩きのめしただけなのに)


 マルティナは訝しんだ。


「ごろつきたちを倒したあの手並み。マルティナ殿は身体強化魔法の使い手と見受けますが」


「その通りですわ。よくお分かりになりましたね」


「やはり姉上と同じだ」


「姉上? リュカ様のお姉様も、身体強化魔法の使い手でいらっしゃいますの?」


「その通りです。魔法の使い手自体が少ないのに、物凄い偶然ですね」


「ええ」


「身体強化魔法が使えること。そして、その。気にしていらっしゃるかもしれませんが、長身であること。そしてごろつきを容赦なく叩きのめすところ。ヴァネッサ姉上に似ている」


 リュカが姉のことを語り出した。


 聞くところによると、リュカの兄たちは王の第一夫人の子とのことだった。

 ヴァネッサとリュカの二人だけが第二夫人の子なのだという。


 第二夫人の母は早くに亡くなってしまったそうだが、三歳年上のヴァネッサは弟のリュカを随分と可愛がってくれたそうだ。


 ヴァネッサに連れられて、お忍びで王居の外にもたびたび繰り出していたらしい。


 すると美しいヴァネッサは、たちの悪い男たちから幾度となくナンパされていたそうだ。


 最初はヴァネッサも丁重に誘いを断ろうとする。

 だが断られた相手は逆上してヴァネッサが長身であることを揶揄やゆする。


 ヴァネッサはその度に、身体強化魔法を使って相手を叩き伏せたのだという。

 倒れた男たちの中で凛とたたずむヴァネッサの姿はとてつもなつ優美だったらしい。


「少年時代に見たヴァネッサ姉上の優美な姿が私の理想像。だからマルティナ殿に一目惚れしてしまったのでしょう」


「……………………」


(正直ドン引きだわ。リュカ王子って、重度のシスコンなのかしら)


「………あの。ヴァネッサ様はさきほどはいらっしゃらなかったようですが」


「はい。二年前に、ある国の王子の元に嫁ぎました」


「そうでしたの」


「もっとも結婚初夜に『こうもデカいと美しくても食指が動かぬ。夜伽は他の女に任せよう。お前とは白い結婚で』などと言われ、王子を身体能力強化魔法で叩きのめして姿をくらましたのですが」


「……それって国際問題では?」


表沙汰おもてざたになれば」


 だが結婚相手の王子も妻にのされたと知られたら沽券こけんにかかわるという判断からか、ヴァネッサと仲睦なかむつまじく暮らしていると外には触れ回っているらしい。


 リネンツェの国王もそれを信じているそうだ。


 ヴァネッサは本当は諸国を旅して回っているが、リュカにだけはときどき手紙を送ってくれるらしい。

 それでリュカは姉の現状を把握しているとのことだった。


(ヤバめの姉弟ね。この結婚、やめたほうが良さそうだわ)


 そう思っていると、王居の庭園を走り回っている子供たちが駆け寄って来た。


「リュカ様。遊んで」


「甥や姪たちです。ちょっと失礼」


 リュカはマルティナから離れて子供たちとはしゃぎ始めた。


 微笑ましい光景を眺めているうちに、リュカへの印象が良いものに変わって行った。


(リュカ王子は、案外いいお父さんになりそう)


 やがて子供たちが笑顔で駆け去って行くと、リュカが戻ってきた。


「お待たせして申し訳ない」


「いいえ、とんでもない」


「では改めまして」


 リュカが姿勢を正した。


「マルティナ殿に魅かれたきっかけは、姉に似ていたからです。ですが私は姉ではなくマルティナ殿自身に魅かれているのです。どうか、結婚して下さい」


「──少し考えさせて下さいませ」


 マルティナは返事を保留にして一度故郷に帰った。


 シスコン気味であることなど、リュカに対する不安が無いわけではない。

 それでも長身で可愛くないと言われ続けたマルティナにとってプロポーズは嬉しいものだった。

 それに子供たちと楽しそうに遊ぶリュカの姿を思い出すと頬がゆるんでしまう。


 だんだんと結婚に気持ちが傾きかけた頃、リュカがわざわざ隣の国まで訪ねてきてくれた。


 そして、再びプロポーズされた。


「私は生涯マルティナ殿だけを愛することを誓います。ですからどうか、私と結婚してください」


 リュカの言葉は、マルティナの心を満たした。


「ええ。不束者ふつつかものですが、宜しくお願い致します」


 こうしてリネンツェ国の第5王子夫人となったマルティナは、王居でリュカと暮らし始めた。


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