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第2話 ざまぁ鉄仮面の憂鬱


 マルティナは夜の市街地を進んだ。


 夜更けと言うにはまだまだ早い時間だ。

 石畳いしだたみの道や両側の店舗に人の数は少なくない。


(特別注目されている様子はないわね)


 ときどきマルティナをちらりと見る者もいるが、女性にしては上背うわぜいがあると思っているだけだろう。


 今は26歳という年齢相応のシックな婦人服にハットを被った服装で歩いている。

 目立たない場所に普通の女性の服を隠しておいて、そこで着替えた。

 鉄仮面や軍服調の衣装は、腕にげたふたつきバスケットかごの中だ。


「ざまぁ鉄仮面の活躍は痛快だな」


「悪辣な王族の男たちを懲らしめているんですものね」


 犬の散歩中の夫婦の会話が耳に届いた。

 ざまぁ鉄仮面の噂はこのリネンツェ王国の王都を騒がせ続けている。

 どこで誰が話していてもおかしくはない。


「あっ、こら。どうもすみません」


「構いませんわ。可愛いワンちゃんですね」


 じゃれつこうとしてきた犬を軽く撫でて、また歩き出した。


「それにしても、ざまぁ鉄仮面は何者なのだろうな」


「気になるわねぇ」


 遠ざかって行く夫婦の声を背中で聞いた。


(無理もないわ。わたくしがざまぁ鉄仮面であることは誰も知らないもの)


 ざまぁ鉄仮面の正体どころか素顔でさえも誰も知らない。

 持っている鉄仮面を見られでもしない限り気付かれることはい。


 ハットを深めに被って顔を見えにくくしてはいるが、それはお忍び用の格好だからだ。


 何事もなく市街地を抜けるとほりに囲まれた広大な敷地が見えてきた。


 王居おうきょ


 悠久の歴史を誇るリネンツェ国には数えきれないほどの王族がいるが、王居は国王やその家族など限られた一族が暮らしている場所だ。


 濠に掛けられた橋には篝火かがりびかれ、槍を構えた衛兵がずらりと並んでいる。


 その手前までやってきた。


「ご婦人。王居には関係者以外立ち入り禁止です」


 衛兵にさえぎられたので、ハットの前側を上げて顔を見せた。


「あっ。マルティナ夫人でしたか。これは失礼しました」


「いえいえ。王居警備のお仕事、ご苦労様ですわ」


「お気遣い痛み入ります。あの、お一人で大丈夫でしたか?」


「見ての通りお忍びの格好でしたのでこれといって問題もなく。ところで、何かありまして?」


 普段なら夜になると衛兵の人数が少なくなるが、普段よりだいぶ多い。


「実はつい先程、早馬はやうまの知らせがありました。王弟殿下の御子息クラウド様主催の社交界会場に、ざまぁ鉄仮面が現れたと」


「まあ怖い」


 わざとらしくならないよう気を付けて怖がっているふりをした。


「ですので警戒態勢を強めております。さあ、早く中へ」


「ええ」


 橋を渡って門を潜ったとき、こちらに近づいてくる人の姿が見えた。


「マルティナ夫人の帰りが遅いことを心配なさって、何度も様子を見に来ておられましたよ」


 付き添っていた衛兵が頬をゆるませた。


「お帰り。マルティナ」


 近くまでやってきた夫のリュカが微笑んだ。

 3つ年下の23歳。

 長身のマルティナよりさらに背は高いが、骨太な体格ではなく線は細い。


 その細身の体にまとったきらびやかなタキシードが様になっている。

 滑らかな金色の髪と青い瞳には高貴な印象が漂ってもいる。

 それもそのはずで、リネンツェ国の第5王子だ。


「リュカ様。ただいま戻りました」


 頭から取ったハットを腹の前にやって挨拶をした。


「無事で何よりだ。帰りが遅かったから心配したよ」


 リュカは端正な顔に安堵あんどしたような笑みを浮かべている。


 衛兵と別れて、二人で王居の敷地中央の王宮へと向かった。


「王居の外に行っていたのだよね? 女性一人での夜歩きは物騒だよ」


「心配ご無用ですわ。わたくしには身体強化魔法がありますもの」


「それでも、もしもということもある」


「気を付けますわ。ざまぁ鉄仮面が出たという知らせもありましたものね」


 ざまぁ鉄仮面であることはリュカにも秘密にしている。


「……そうだね」


 リュカが物憂げな表情を見せた。


「さあ。夕食にしようか」


 王宮に入るとリュカが気を取り直したように言った。

 夕食の時間はとっくに過ぎている。

 それでも一緒に食べようと待っていてくれたらしい。


 リュカはいつも優しい。

 周りも理想の夫だと言う。

 確かにその通りだった。


 ある時期までは──。


「ごめんなさい。少し疲れてしまったので、先に休ませて頂きますわ」


 逃げるように自分の部屋に戻った。

 寝室はリュカと別々になって久しい。

 鉄仮面と衣装を入れたバスケットかごを部屋の隅に置いた。


(リュカはざまぁ鉄仮面のことを聞いて不安そうな表情をしていたわね)


 無理もない。

 いくら愛妻家を装っていようと、これまで『ざまぁ』な罰を与えてきた女性を傷つける悪辣な王族の男たちと本当は変わらないからだ。


「いずれ、リュカにも『ざまぁ』を」


 そう呟いて寝台に横になった。


 マルティナは天井を見つめながら、過去のことに想いを馳せ始めた。


 コンプレックスのこと。

 それを受け止めてくれるリュカに出会ったときのこと。

 幸せな結婚生活を送っていた頃のこと。


 そして、マルティナをざまぁ鉄仮面へと変えたあの出来事に──。

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