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第1話 ざまぁ鉄仮面推参!


 王族男性の中には、理不尽りふじんな婚約破棄や白い結婚宣言で平然と女性を傷つける者が少なからず存在する。


 そんな悪辣あくらつな王族の男たちに『ざまぁ』な罰を与えて回る仮面姿の謎の麗人れいじんが、リネンツェ国の王都を騒がせていた──。


◇◇◇◇◇


 リネンツェ国の王都のとあるパーティー会場で、華やかな社交界が開かれていた。


 主催者は王弟おうていの子息クラウド。

 その婚約者であるバリエ商会の令嬢シンシアも参加していたが──。

 

「シンシア。お前との婚約を破棄する」


「クラウド様!?」


 シンシアは驚きを隠せなかった。

 クラウドの婚約破棄宣言があまりにも突然だったからだ。


「どうして、どうしてそんなことをおっしゃるの? 数年前、クラウド様の方から婚約して欲しいと言って下さったのに」


「あの頃はバリエ商会の王族相手の商売が好調だったからな。だが業績は悪化の一途を辿たどっていると聞く。貧乏商家の娘になり下がったお前になど用はない」


「……わたくしの実家の財力が目当ての婚約だったということですか?」


「お前などと婚約する理由が他にあるか? だがもう見切ることにした。ゆえに婚約は破棄だ」


「そんな……。あんまりだわ……」


 シンシアは膝から崩れ落ちた。


 社交界の参加者たちは心配そうに見つめてはいるものの、何も言えずに黙っている。


 止めたところで、傲慢ごうまんなクラウドに逆恨みされるだけだと分かっているからだ。

 そして父親である王弟が相当な権力者であることも。


「婚約破棄……。なんて惨めなの……」


 シンシアは両手を床に突くと肩を震わせて泣き始めた。

 められた絨毯じゅうたんに落ちた涙が点々と小さなみを作っていく。


「──そうだわ。もしかしたら来て下さるかも」


 シンシアが涙声で言った。


「誰が来るというのだ?」


「ざまぁ鉄仮面てっかめん様がですわ」


「ふふん」


 クラウドが鼻で笑った。


「ざまぁ鉄仮面の噂は聞いている。幾度いくどとなく王都に現れては王族に狼藉ろうぜきを働いていらしいな。だが都合よくこの社交界に現れるはずがあるまい」


 クラウドはそう言うと白いクロスの敷かれた円卓の一つに近づき、ワイングラスを手を伸ばそうとした。


 そのとき──。




ひと~つ♪ 人目ひとめはばからず令嬢に婚約破棄を突き付ける~♪ ひとでなし~♪」




 どこからともなく女性の声が聞こえてきた。


「む!?」


 その印象的な声に、思わずクラウドは手を止めていた。




ふた~つ♪ 婦人ふじんをみだりに傷つける~♪ 不埒ふらちやから~♪」




 再び声が響いた。

 リズムに乗せた歌うような声だ。

 しかも数に合わせたいんまれているらしい。


かぞうた? でも一体、どこから聞こえて……」


 シンシアは耳をませた。




よっ~つ♪ しろい結婚にしようなどと初夜になってから言い始める~♪ もの~♪」




 既に会場にいる全員の注意が数え歌に向けられている。


「どこから響いてくるんだ?」


「誰が歌っているのかしら?」


 声の出所を突き止めるべく、みんながあたりを見回していると──。


「ああっ! 上に誰かいるぞ!」


「シャンデリアに人が乗っているわ!」


 何人かが会場中央あたりのシャンデリアに乗っている人影を指さした。


 人影はシャンデリアをるす鎖に片手で掴まっている。

 その手が放された。


 シュタッ!


 人影が会場に降り立ち、姿があらわになった。


 鉄の仮面を被っている。

 頭の上部から鼻のあたりまでが隠れる流麗りゅうれいなフォルムの鉄仮面だ。

 その鉄仮面のひたいにはリネンツェ語で『ざまぁ』を意味する文字が刻印されている。




いつ~つ♪ 因果応報いんがおうほうって其奴そやつらに『ざまぁ』と~♪ えるようにするためならどこにでも駆け付けますわ~♪」




 鉄仮面の下から見えている唇が動くと、これまで聞こえていたのと同じ声で数え歌が響いた。


「そのお姿に今の数え歌。あなた様は、まさか……」


 シンシアが床に座ったまま呟くと──。


「ざまぁ鉄仮面! 推参すいさん!」


 鉄仮面の人物が名乗りを上げた。


 どよめきが沸き起こる。


「あれがざまぁ鉄仮面か!?」


「噂には聞いていたけれど、なんて勇壮ゆうそうなお姿」


 ざまぁ鉄仮面は軍服を思わせる衣装を着ている。

 肩章かたしょうのついた青いジャケット。

 白いズボンと長いブーツ。


「背は高いが女性のようだな」


「ええ。うるわしいわ」


 ざまぁ鉄仮面は並みの男性以上の身長がある。

 それでいて体やあごのラインは女性のものだ。

 見る者に凛々(りり)しい麗人れいじんといった印象を与えている。


 だがクラウドは、眉間にしわを寄せてざまぁ鉄仮面をにらんでいた。


「この社交界にざまぁ鉄仮面などを招待した覚えは無い。招かれざる客が何の用だ?」


「分かりきったことを。ざまぁ鉄仮面が現れる理由は一つですわ。クス」


 ざまぁ鉄仮面は白い手袋をつけた手の片方を口元にやって笑うと、シンシアに歩み寄った。


「あっ」


 そして指先でシンシアの涙をそっと払い、手を取って助け起こした。


「シンシア嬢。わたくしは女性を傷つける悪辣あくらつな王族の男に『ざまぁ』を下すべくさんじました。『ざまぁ』をご所望しょもうで?」


 シンシアは魅入みいられたようにほおを赤らめていたが、やがて力強くうなずいた。


「ええ。お願い致しますわ」


「承知」


 ざまぁ鉄仮面もうなずくと、クラウドと向き合う位置に移動した。


「王弟子息クラウド。バリエ商会令嬢シンシアへの理不尽な婚約破棄、許しがたし。神妙しんみょうに『ざまぁ』を頂戴ちょうだいなさい!」


 ざまぁ鉄仮面がぴしゃりと言い放った。


小癪こしゃくな! おい、警護兵!」


 クラウドの呼びかけに応じて、10名ほどの警護兵が会場の壁際から駆け寄ってきた。


「侵入者だ。捕らえよ」


「はっ。ただちに。さあ、来るんだ」


 警護兵の一人が、ざまぁ鉄仮面の肩に手を掛けようとしたが──。


「うおっ!?」


 投げ飛ばされて背中から床に落ちた。


「手出し無用。『ざまぁ』の対象はクラウドのみですもの」


 ざまぁ鉄仮面は警護兵を見下ろしながらさとすように言った。


「こ、このっ!」


 警護兵が床に背をつけたまま腰の警棒を引き抜こうとした。


「やむを得ませんわね」


 ざまぁ鉄仮面はしゃがむのと同時にこぶしを打ち下ろした。

 鳩尾みぞおちを打たれた警護兵の手足が大きく跳ねて、絶息ぜっそくした。


「くっ! ざまぁ鉄仮面は強いという噂だ! 油断するな!」


 他の警護兵たちが警棒を構える。

 一方のざまぁ鉄仮面は何も持っていないが、動揺する素振そぶりも見せずゆっくりと立ち上がった。


「確かに腕は立つようだが、この人数相手に丸腰では手も足も出まい。大人しく投降しろ!」


「それはできない相談ですわ」


「歯向かうか!? なら、くらえっ! ぐあっ!」


 打ち掛かった警護兵が蹴り飛ばされ、床に倒れて動かなくなった。

 ざまぁ鉄仮面の蹴りの威力がそれだけ凄まじいということだ。

 さきほど放った打ち下ろしの拳と同じく、一撃で相手を沈めている。


「手荒な真似は好みませんが、『ざまぁ』遂行すいこう障壁しょうへきは実力で排除致しますわ」


 ざまぁ鉄仮面は警護兵たちに向かって右腕を突き出し、手の平を上に向けた状態で手招きした。


「おつぎ!」


「図に乗るな! ぐはっ!」


 次に踏み込んだ警護兵も一蹴ひとけりでうずくまった。


「取り囲め! 一斉に掛かるぞ!」


 三方から警護兵が打ち掛かったが、その三人も蹴り、裏拳うらけん肘打ひじうちを受けて警棒が届く前に倒れた。


「ひっ、ひるむな!」


 残った警護兵が波状攻撃を仕掛ける。

 だがざまぁ鉄仮面は流れるような動きでかわし続けた。

 どこか舞踊ぶようを思わせるような優雅で華麗な動きだ。


 しかもその最中に力強い攻撃を繰り出していく。

 蝶のように舞い、蜂のように刺す。


 いつの間にか、警護兵全員が床に転がっていた。


「しばらく大人しくしていて下さる? クラウドに伝えたいことがあるだけですわ」


 ざまぁ鉄仮面が固まって動けずにいるクラウドに近づいた。


「どうしてバリエ商会の業績が低調になったのか、お分かり?」


「な、何?」


 クラウドは意外な質問に虚を突かれたようだ。


「その理由は、あなたがシンシア嬢と婚約したからですわ」


「ええっ!?」


 クラウドではなく、少し離れた場所にいるシンシアが驚きの声を上げた。


「わたくしがクラウド様と婚約したことで、バリエ商会の業績が落ち込んだ? どうして?」


「クラウドが何年も前から競馬に夢中だからですわ。ギャンブル依存症といってもいいほどに」


「そ、それは」


 クラウドの目が泳いだ。


「お家の財産をつぎ込んでいることは王族たちの間では公然の秘密」


「うぅ」


 クラウドがうめいて押し黙った。


「そんな男が夫となればバリエ商会の財産にも手を出してギャンブルにつぎ込むのは自明の理。そうなるのを見越して客先の王族たちが顧客離れしていったことが、バリエ商会の業績悪化の原因ですのよ」


「まあ」


 シンシアが目を丸くしている。


「ゆえに婚約破棄はむしろ望むべきこと。バリエ商会の業績もきっと上向きますわ。どうか気を落とされませんように」


 ざまぁ鉄仮面は優しい声でシンシアにささやいた。


「は、はい」


 シンシアはぎこちないながらも笑顔を浮かべた。

 ざまぁ鉄仮面の唇も笑っている。

 しかし、その笑みはクラウドを見据えた瞬間に消えた。


「とはいえ、社交界のような場で人目も憚らずに婚約破棄を突き付けるなど女性の心を踏みにじる行為。ゆえに因果応報を以って貴殿きでんのギャンブル癖を晒した! これは『ざまぁ』! 情け無用!」


 ざまぁ鉄仮面は毅然きぜんと言い放った。


「……クラウド様、ギャンブル依存症ですって」


「……婚約者が不在になったとはいえ、うちの娘を嫁がせたいとは思えんな」


 参加者たちがひそひそと話しながらクラウドに冷ややかな視線を向け始めた。


「ぐむむ」


 クラウドが歯ぎしりした。


「貴様。俺の父が王弟と知っての狼藉か?」


「そんな脅しなどでもなくってよ。あら、やだ。下品で失礼。クス」


「ぐぬう! おのれぇ! ざまぁ鉄仮面!」


 クラウドがテーブルに置かれたワインびんを握った。


 ガシャーン!


 テーブルの端に瓶を叩きつけ、割れてとがった先をざまぁ鉄仮面へと向ける。


「こ、殺してやるぞ!」


「きゃああ!」


「いやぁ!」


 あちこちから女性の悲鳴が上がる。


 それでもざまぁ鉄仮面は全く動揺していない。


「そんなものではわたくしを倒せませんわ」


「抜かせ! これで一突ひとつきに──」


 クラウドが言い終わるより早く、ざまぁ鉄仮面が動いた。


 パリン!


 瓶はクラウドの握っている首の部分だけを残して無くなっていた。

 ざまぁ鉄仮面が素早く踏み込んで右手の手刀しゅとうで切り飛ばしたからだ。


「そ、そんな、まさか」


すきありですわ!」


 ゴツッ!


 鉄仮面の頭突ずつきが炸裂さくれつした。


「ざまぁ鉄仮面は……化け物……か……」


 クラウドが体をゆらゆらと揺らしながら、仰向けに倒れた。


 その額には鏡に映したような逆向きの『ざまぁ』の文字がくっきりと浮かんでいた。

 鉄仮面の刻印が頭突きによって押し付けられたからだ。


 滑稽な姿だった。


「『ざまぁ』、完了」


 ざまぁ鉄仮面はクラウドを見下ろしながらクールに呟いた。


「さてと。クラウドはともかく、警護兵の方たちには申し訳ないことをしてしまいましたわ」


 ざまぁ鉄仮面は倒れている警護兵の一人に近づいて上体を起こした。

 後ろから両肩を押さえながら背中を片膝で押してかつを入れる。


「……う……ん……」


 すると警護兵が息を吹き返した。

 まだ茫然ぼうぜんと座り込んではいるが大事はなさそうだ。


 他の警護兵たちにも次々と活を入れていく。

 やがて倒された警護兵全員が目を覚ました。


「これでよし。クラウドは放置しますが、しばらくすれば奴も目を覚ますことでしょう」


 それを聞いた参加者たちが安堵あんどした様子を見せた。


「ざまぁ鉄仮面様ご自身は、お怪我はありませんか!?」


 シンシアがざまぁ鉄仮面に駆け寄った。


「心配無用ですわ。それにわたくしはざまぁ鉄仮面。『ざまぁ』を成すために体を張るのは当然のこと」


「なんてお見事なお覚悟。本当に、本当にありがとうございました!」


「礼には及びませんわ。それよりシンシア嬢」


 ざまぁ鉄仮面は右手を高く上げた。


「お手を拝借はいしゃく。さあ、行きますわよ」


「えっ? こ、こうでしょうか?」


 シンシアもおそるおそる右手を上げる。


「「ざまぁ♪」」


 パチン!


 二人同時に『ざまぁ』と言いながらハイタッチ。


 それを見ていた社交界の参加者たちが歓声を上げた。


「まさに『ざまぁ』だな」


「それにしても、ざまぁ鉄仮面様のお強いこと」


「噂にたがわぬ腕の持ち主よな」


とうといですわ」


「ざまぁ鉄仮面様、万歳ばんざいですわね」


 興奮した様子でざまぁ鉄仮面を称えている。


 シンシアも胸の前で両手を握り合わせて目を輝かせた。


「素敵なざまぁ鉄仮面様。ああ。あなた様のことをもっと知りたいですわ。よろしければその仮面を取って素顔を見せては頂けないでしょうか?」


「それは叶いません。クラウド以外にも『ざまぁ』を下すべき悪辣あくらつな王族の男は数多くおりますもの。『ざまぁ』し続けるために、わたくしの素顔を晒して正体を知られるわけには参りませんわ」


 ざまぁ鉄仮面は首を横に振った。


「そう、ですわよね」


 シンシアは無念そうにドレスのすそをきゅっと握った。


「さて。これにて失礼いたします」


 ざまぁ鉄仮面がきびすを返した。


「あの。では立ち去られる前に、せめて数え歌の三つ目を教えてくださいませ。さきほど歌っていらしたときには飛ばしてしまっておられたので」


「……ありません」


「えっ? なぜ?」


「……三は語呂ごろのいい歌を思いつかなかっただけですわ」


 だがシンシアに背を向けたままのざまぁ鉄仮面は、言葉とは裏腹にどことなく意味ありげな様子だった。


「おい! ざまぁ鉄仮面はあそこだ!」


 会場に多数の警護兵が駆け込んできた。


「シンシア嬢。おさらば」


 ざまぁ鉄仮面は警護兵のいる入口とは逆の方向に走った。

 テーブルや参加者の間をって会場を駆け抜ける。

 そしてバルコニーに出ると──。


 バッ!


 舞うような跳躍力で柵を超えてんだ。

 まるで夜空に浮かぶ満月へと吸い込まれて行くかのように。

 それは優美で幻想的な光景だった。

 

「お、追うぞ!」


 見とれていた警護兵たちが動き始めた。


「ざまぁ鉄仮面様。どうかご無事で」


 シンシアはざまぁ鉄仮面が消えて行った市街地の方角に向かって呟いた。



 マルティナは建物から建物へと飛び移りながら屋根の上を走った。

 身体強化魔法によって走力も跳躍力も格段に向上している。


 追手はとっくにいており、社交界の会場からもだいぶ離れている。

 高い塔に飛び移ると足を止めた。

 

(魔力も体力も限界にはまだ遠いけれど、なんだが心が疲れている気がするわ) 


 マルティナは物憂げに被っていた鉄仮面を外した。

 脇に抱えて黒髪を夜風に晒す。


 そして──。




みっ~つ♪ 身籠みごもれない妻から愛人に走る~♪ 身勝手みがってな夫~♪」




 あおく輝く円い月を見つめながら、数え歌の三つ目を口ずさんだ。


 マルティナの胸に秘めた、やるせない思いを吐き出すかのように──。


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