第七話:番いの守護獣
霧の奥に待ち受けていたのは、怒りに囚われた二体の守護獣。
セロは剣を下ろし、“壊さない選択”を拳に込めて立ち向かう──。
カルナの渓谷のさらに奥。
そこには、創界の生態系においても特異な存在とされる、番いの守護獣が巣を構えていた。
セロとイーヴァは霧を抜けた後、その存在を探るように進んでいた。
「気をつけて。ここから先は、理では測れない力が満ちてる」
イーヴァの声は鋭く、それでいてどこか張り詰めていた。
そして、目の前に広がる大地が、揺れた。
巨大な咆哮が響き、樹木がうねる。
番いの守護獣──双頭の獣が姿を現した。
だが、そのうち一頭は深く傷つき、立つのもやっとのようだった。
もう一頭はその分、狂ったように怒りを振りまいている。
「こんな……ここまで荒れてるなんて聞いてない」
イーヴァは驚きを隠せなかった。
守護獣が牙を剥いた次の瞬間、地を割るような衝撃波が襲った。
セロは反射的に跳躍し、体をひねって避ける。
その動きは、肉体強化によるものだった。
セロは腰に下げていた剣を抜き、一瞬構えを取った。
だが、相手が怒りに満ちた“番い”であること、その怒りの源が明らかに人間にあることを悟ったとき──
「……違う、これは……斬るべきじゃない」
セロは剣を鞘に戻した。
その直後、襲い来る爪を肉体強化による拳で迎え撃つ。
「落ち着け、俺は……戦いたいわけじゃ……っ」
だが、言葉は届かず、次の瞬間にはさらなる爪が迫る。
イーヴァが魔法で結界を展開し、セロを守る。
「考えるのは後!動いて!」
セロは歯を食いしばり、地を蹴った。
瞬時に脚に魔力を集中させ、速度を上げる。リゼルの教え──体を極限まで使う訓練──が今、生きる。
(体は……動く。今度こそ、迷わず……)
ただ壊すのではない。守るための拳。
その意志が宿る拳で、守護獣の足を打ち抜く。
反撃をためらっていたもう一頭が、セロに向かって吠えた。
その声は怒りではなかった──悲鳴だった。
イーヴァが気づく。
「……片方が傷つけられたのは、人の仕業ね。きっと……誰かがこの地に干渉してる」
セロは静かに守護獣の前に立った。
「俺たちは、お前たちの縄張りを侵すつもりはない。
……だが、もし仲間を傷つけたのが“俺たちの側”だというのなら……謝る」
守護獣は、その場に座り込むようにうなだれた。
暴走は終わり、霧が静かに晴れていく。
セロは気づく。力とは、ただ戦うだけじゃない。
“止める”ことに使えるのだと。
その背中に、イーヴァが優しく呟いた。
「少しは、戦士らしくなってきたじゃない」
セロは微かに笑いながらも、心のどこかで不安を抱いていた。
──この守護獣をここまで追い込んだ“誰か”がいる。
……その頃、村の近く。森の奥で、黒衣の人物たちがひそやかに語り合っていた──
戦うとは、相手を打ち倒すことではなく、対話の可能性を信じること。
セロの拳が選んだのは、力を抑える勇気だった。
だがその背後では、“何か”が静かに動き始めている──。