第三話:黒い羽音
辺境の村での穏やかな日常が、突如として崩れ去る。
空に舞う黒い羽。それは、破壊の前触れだった。
午後、村の空が突如として暗くなった。
空を埋め尽くすように現れたのは、黒翼鳥と呼ばれる不吉の象徴。その中に一つだけ、仮面をつけた人物が浮かんでいた。
「な、なんだ……あれは……?」
セロとユンは騒ぎを聞いて広場へ駆けつけると、人々が恐怖に包まれていた。
仮面の男は何も語らず、ただ手をかざすと黒翼鳥たちが村へ降下を始めた。
鋭い爪とくちばしが屋根を引き裂き、家屋が崩れ、人々が逃げ惑う。
老人が背負われ、子供が叫び、犬が吠えながら逃げていく。
畑は一瞬で荒れ果て、物資庫が炎上する。
人々の叫びと煙が交錯する中、村の北端では小さな工房が倒壊し、中にいた鍛冶師が腕を負傷して動けなくなっていた。
セロは震える手で魔法陣を描こうとするが、術式が不安定で弾かれてしまう。
「くそっ……動け、動けよ……!」
「セロ、危ない!!」
ユンの叫びとともに、一羽の黒翼鳥がセロに突進する。
その瞬間、凄まじい風が爆ぜた。
「これ以上、好きにはさせない」
声と同時に、空を裂くような閃光が舞い、黒翼鳥の群れが吹き飛ばされた。
現れたのは、長い銀髪をなびかせた女性。全身に風と光を纏った彼女は、村人ではない。
創界の守護騎士──イーヴァだった。
その凛とした姿に、セロもユンも息を呑んだ。
イーヴァは静かに前へ進み出ると、仮面の男に向かって名乗る。
「創界守護騎士団 第七階層管轄所属──イーヴァ・レイグラム。緊急要請により、この地に介入する」
その名に、周囲の村人がどよめく。
「レイグラム……? まさか、“白雷のジル”の孫か……?」
仮面の男は一瞬表情を動かすが、何も言わず微笑んだだけだった。
イーヴァは淡々と剣を構える。
「私の祖父が命をかけて守った土地を、これ以上穢させるわけにはいかないの」
仮面の男はわずかに笑い、低い声で応じた。
「まだ……その時ではない」
そう言い残し、男は黒い羽を巻き起こして空へと消えていった。
風が静まり、村に静寂が戻る。
セロは、拳を強く握りしめた。
あの圧倒的な力。
それでも、心のどこかに火が灯った気がした。
「……あんなふうに、なりたい」
黒翼鳥の襲撃によって、セロの目の前に現れた「本物の力」。
それは憧れか、それとも超えるべき壁か──彼の決意が揺れ始める