第十一話:霧の奥の傷跡
カルナの渓谷をさらに進んだセロとイーヴァ。そこで見つけたのは、ただの異常ではない、強大な力の痕跡だった。
霧がいくぶん薄れた区域に足を踏み入れると、地面に刻まれた巨大な爪痕が目に入った。
「……これは何の跡だ?」
セロがその深さを確かめようとしゃがみ込む。岩盤すらも削られていることに気づき、思わず息を呑む。
イーヴァもその横に膝をつき、指で土をすくいながら言った。
「この深さ、破壊の方向……ただの魔獣じゃない。魔族級の力、それも、意図を持った何か」
「魔族の仕業か?」
「断定はできない。けれど、これの調査のために私もここに派遣されたの。カルナの渓谷は、創界の内と外が交錯する境界……だからこそ、あらゆる異変が集まりやすい」
セロは無意識に周囲を見渡した。
「……誰かに見られてる気がする」
イーヴァは頷いた。「その勘、今は信じていい。霧の中では、思考と直感の境界が曖昧になる。だからこそ、直感の方が正確な時がある」
そのとき、ふいに木々の間を風が駆け抜けた。
一瞬、誰かの影が横切ったように見えた。
「今の……」
イーヴァはすぐに立ち上がり、魔力を練り始める。「応戦の準備を。まだ接触はないけれど……もう“気配”だけでは済まないかもしれない」
セロも身構える。
だが、それ以上の動きはなかった。
代わりに、空から一枚の羽が、静かに降ってきた。
それは黒く、まるで影を凝縮したかのように、光を吸い込む羽根だった。
セロはそれを拾い上げ、しばらく見つめたあと、ポケットにしまった。
「何が来ても、もう逃げない」
彼の瞳には、確かな意志が宿っていた。
黒い羽根、巨大な爪痕──それは、この地に存在する“何か”の痕跡だった。
次回、セロとイーヴァは村へと戻り、今回の異変について報告を試みる。




