第十話:歪んだ魔力痕
未定風の渓谷をさらに進むセロとイーヴァ。そこに残されていたのは、異質な力の痕跡だった。
霧の薄れた中和地帯を後にしたセロとイーヴァは、さらに渓谷の奥へと足を踏み入れていた。
道なき道を進むごとに、木々の形が歪み、地形そのものがねじれ始める。魔法の力が正常に働かないこの場所では、魔法陣を描くだけでも神経をすり減らす。
イーヴァが足を止め、膝をついた。
「……これは、魔力痕。ここで、高密度の魔力が暴発した形跡があるわ」
セロはその地面を見下ろす。地割れの中に、赤黒く焦げた痕がいくつも広がっていた。
「まるで……戦場みたいだ」
イーヴァは周囲を見渡しながら、声を潜める。
「これの調査のために、私もここに来ているの」
セロは眉をひそめた。
「この痕跡……一体誰がこんなことを?」
答えはない。ただ、そこにあるのは“人類でも魔族でもない”魔力の性質。
焦げた痕から感じられる魔力の流れは、既知の属性に属さず、なにか異なる「理」によって形づくられていた。
その瞬間、背後で音がした。
セロが振り向いたとき、何かが走り去る影を見た。
人のようで、人ではない。霧と一体化するように、森の奥へと消えていく。
「待てっ!」
セロが追おうとするが、イーヴァが手を伸ばして止めた。
「ここでは、視覚も聴覚も当てにならない。あれが幻か本物か、今の私たちには判断できないわ」
セロは拳を握りしめたが、イーヴァの瞳が冷静に自分を見つめているのを見て、一歩を引いた。
「……だったら、戻ろう。これ以上は危険だ」
イーヴァは頷く。
その去り際、セロはもう一度焦げた地面を見つめた。
そこに確かに、“誰か”が存在した痕跡。
けれど、それが何を意味するのか、まだセロには理解できなかった。
霧の奥に潜む異変は、まだ形を持たぬまま、静かに息づいています。次回、渓谷の出口でセロたちを待つものとは――。




