第2章: 見えない秩序
ユウキはその人物に引き寄せられるまま、兵士の目を逃れて歩き始めた。少し歩くと、周囲の景色がますます異様なものに感じられてきた。街中の掲示板には、「ヤードポンド法遵守」と書かれたポスターが無数に貼られており、歩道にも金属でできた標識が立ち並んでいた。それらはすべて、メートルやセンチメートルではなく、インチやフィートといった単位で道を案内している。
「ここがヤードポンド法の支配する世界か…」
ユウキは呟きながらも、頭を整理していた。目の前に立つ人物は、最初に彼に話しかけた人物だが、顔はどこか見覚えがあった。長髪の中年男性、黒いコートに身を包み、どこか冷徹な目をしている。彼の姿には、不安と共に何か大きな秘密を抱えているような雰囲気があった。
「お前、名前はなんていうんだ?」
ユウキが尋ねると、男性は少し黙ってから答えた。
「俺の名前はアーカン。君と同じように、転生者だ。」
ユウキは思わずその言葉に驚く。転生者、つまり自分と同じようにこの世界に来た者がいるということだ。
「転生者…?」
「そうだ。だが、君とは違う。俺は、転生してきた時からこの世界にあわせて生きてきた。君のように、元の世界にいる記憶がない。」
アーカンは淡々とそう語り、立ち止まった。
「君が最初に使った単位、ミリやメートルが違法だということ、知っていたか?」
ユウキは言葉を失った。確かに、最初の発言からその事実に直面したときはただただ戸惑っていたが、アーカンの話を聞くことでその違法性の意味がようやく理解できてきた。
「ヤードポンド法だけが、この世界を支えている。全ての単位系は、それぞれが支配し、秩序を保っているんだ。メートルやキログラムなどの単位は、この世界の秩序を崩しかねない…それが、この世界の恐ろしいところだ。」
アーカンは強調して言った。ユウキの頭の中では、まだその意味が完全には掴めていなかったが、とにかくこの世界でメートルを使うことは、世界を混乱に導く行為だということは理解できた。
「じゃあ、俺はどうしたらいいんだ? もう、メートルもキログラムも使えないのか?」
ユウキは焦りを感じて言った。あらゆる計測でメートルやセンチメートルを使い慣れてきた自分にとって、ヤードポンド法だけの世界ではどうしても不安が募る。
アーカンはその反応を見て少し微笑み、こう言った。
「焦るな、ユウキ。君がこの世界に転生したことには意味がある。君には、チートスキルがあるんだ。」
ユウキは目を見開いた。
「チートスキル? そんなものが?」
「そう。君の記憶がまだ完全ではないから、実感が湧かないかもしれないが、君には他の転生者とは違う力が与えられている。それを上手く使えば、この世界で生き抜くことができる。」
ユウキはさらに驚く。「その力って、どうやって使うんだ?」
アーカンはユウキを静かに見つめ、そして軽く頷いた。
「まずは、君に最初のレッスンを施す。君の力を引き出すには、少しトレーニングが必要だ。」
その言葉にユウキは気を引き締めた。
「レッスン? どうすればいいんだ?」
「まずは君の周りの環境をよく観察してみろ。この世界には、いくつもの異なる単位系を使っている勢力がある。その勢力と接触することで、君の力が目覚める。だが、注意しろ。ユニタリア単位取締隊をはじめとする秩序を守る者たちが常に君を監視している。」
ユウキは深く息をついて、頭の中を整理する。その時、遠くから大きな音が聞こえてきた。まるで何かが壊れたような音。それに合わせて、街のあちこちに掲げられた「ヤードポンド法遵守」のポスターが揺れる。
「何かあったのか?」
ユウキは思わず尋ねた。
アーカンは一歩後ろに下がり、手でユウキを引き寄せる。
「まずは君がどれだけの力を持っているかを知るために、あの場所に向かう必要がある。だが、まだ準備が整っていない。君の力は、単位を操る能力だ。どんな単位でも、自由に扱える力を持つ。しかし、最初はその力がまだ不安定だ。」
「単位を操る能力…?」
ユウキはその言葉をかみしめるように繰り返し、アーカンに続いて歩き始めた。目の前に広がるのは、普通の街並みではなく、どこか規模の大きな施設だ。その施設の中には、この世界で重要な意味を持つものが集められているという。
ユウキは不安と期待を胸に、その場所へと足を踏み入れていった。