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01 機械人との出会い

 俺がキャプテン・マルコと初めて会ったのは、捕虜として空挺に乗せられ、そのメインデッキの柱にくくりつけられた時だった。

 縛り付けられた俺達の周りを大股でやけにゆっくりと歩き、だらしなくニヤついた顔で捕虜を舐めまわすように見ると、何がおかしいのか声を押し殺してクツクツと笑い出した。そのまま声を上げて大笑いするのかと思うと、急に真顔になり、「キャプテン・マルコだ」とだけ言って踵を返してどこかへ行ってしまった。

 俺の他にも数人の捕虜がいて、みな歯の根が嚙み合わずにカチカチと音を立てていた。後ろ手に縛られた手のひらをギュッと結んで全身に力をいれ、震える身体を必死に堪えていたが、何人かは恐怖に耐えられず失禁する者がいた。

 キャプテン・マルコは二メートル近い大柄な体躯に、筋骨隆々の上腕は子どもの太ももよりも大きいのではないかと思われた。赤髪の縮れ毛が無造作に伸び、顔面の半分は体細胞機械化症候群(オートメイルシンドローム)(通称:機械人)に犯されて金属化し、反対の顔面には強い光彩を放つ瞳が獲物を狙う肉食動物の様にギラついていた。腰には機械保全調整銃(スパナレンチ・ガン)重力方位磁石(グラビティ・コンパス)大型蓄電池弾(ハイパーバッテリー・ボム)を携え、いかにも機械人らしい風貌が捕虜達の恐怖を増長したのだ。

 オートメイルシンドロームは原因不明の奇病であり、末期症状では全身が金属化して常に電流を浴びなくては生命活動が維持できなくなると噂される恐ろしい病だと聞かされていた。感染性があり、接触した際に互いの体に流れる微電流が伝染の原因と考えられているが、はっきりとした発病の特定には至っていない。

 あいにくキャプテン・マルコは非電導性の手袋をしていたので、直ぐには俺たちを機械人にさせるつもりはないようだと分かった。しかし、いつか捕虜としての価値がなくなれば用済みとなり、感染させられるのだろう。そして機械人となった挙句全身が金属化し、ばらされて闇市に売られていくに違いない。考えただけで寒気のする自分の将来に、暗澹たる気持ちを隠せない。しかし、この想像は直ぐに裏切られる。


 俺の他に捕虜は四人いた。みな戦争で両親を亡くした孤児であり、少年兵として戦争に駆り出されていた仲間だった。フーゴが一番の年長で十八歳。俺達のまとめ役になっている。次いで俺が捕虜の中では年齢が上だ。といっても十五歳で、いくらも世間を知らないガキであることは自覚している。シーナは一四歳で俺と同学年の女子だ。彼女は救護要員として働いていた。一二歳のフィルとジッタはキャプテン・マルコにビビッてお漏らしをした最年少コンビだ。外面はあどけないが、彼らも戦場では銃を握っていた。

 縛られた俺達は、しばらくしても暴れることがないと判断されたのか、縄を解かれた。一人一人どこかに連れ去られ、俺も四番目に「来いよ」というぶっきら棒な物言いの男に連れて行かれた。

 空挺の内部は異様に広く、幾つもの曲がり角を過ぎた先で、ある部屋に通された。清潔なシーツを敷いたベッドに、簡素なデスクと空っぽの本棚。部屋の隅には間仕切りのされたユニットバスもある。俺は自分が覚悟していた捕虜の扱いとは随分とかけ離れていることに面食らっていると、案内してきた男は「じゃあな。飯時には呼びに来る」とだけ言って俺が呼び止める間もなく去っていった。

 四畳半程度の狭い部屋だが、俺は生まれて初めて個室で過ごすことや、ここまで衛生環境の良い場所に戸惑いを隠せなかった。それに加えて、去っていった男は部屋に鍵をかけなかった。俺の頭は酷く混乱し、恐るおそるドアノブを捻るとすんなり開いた。物陰から敵地を睨むように警戒して部屋の外を観察したが、長い外回りの廊下には同じようなドアが八つほど並んでいた。もしかするとフーゴやシーナ、フィルとジッタ達もこの並びの部屋に通されたかもしれない。俺はそう思って、抜き足差し足で隣の部屋のドアまで近づくと、音を立てないようにドアノブを捻った。ゆっくりとドアを押し、「フーゴー、いるかー?」と小声で尋ねた。しかし中にいたのは見慣れない背中の人物で、腰まである髪の長さから女とも思えた。しかし、シーナはショートカットで明らかに違う。「いっ」と驚いて俺はドアを閉めようとしたが、その人物は既に振り向いていた。

「ん、誰だ」

 俺は急いでドアを閉めると、もといた部屋に戻ろうとしたが、つるつるとした床に足を取られて尻餅をついた。ドアが開けられると、綺麗な面立ちの人物がこちらを不思議そうな表情で見ており、近づいてきた。

「見ない顔だな。もしかして、さっきの戦闘で拾ってきた奴か? まあいい。俺はジルってんだ。よろしくな、少年」といってジルと名乗った人物は俺に手を差し伸べてきた。その手を握り返すと、そのまま引き上げられて立たされた。俺よりもジルはずっと身長が高く、年齢も上に見えた。そして長髪で整った顔立ちや、透き通るような白い肌をしているが、声の調子や体格から男だと分った。

「リヒトだ、よろしく。お前も捕虜なのか?」俺はジルが思いのほか無害な人物に思えたので思い切って聞いてみた。もしかしたら同じ立場で、ここに連れてこられたばかりなのかもしれないと。

「ホリョ? ああ、そういえば俺もここに来たときはそんな風におもっていたな」ポカンとした顔から、急に昔を懐かしむような顔でジルは言った。ジルはどこかイングランド王国の貴族を思わせるような格好をしており、振る舞いに気品があった。

「それにしても酷い身なりだな。臭いもすごいぞ。直にフィエスタが始まるから、シャワーでも浴びて来い。部屋に新品の服もあったろ?」ジルはそう言って俺の背中を押して、部屋に戻されてしまった。

 俺は「フィエスタ?」と聞き返したが、「まあ、宴だよ。行けば分かる」とだけ言ってジルはドアを閉めた。しばらく呆然としていたが、ジルの体から漂っていた気品ある香水の匂いを思い出し、急に自分の体臭やら汚れた着衣のみすぼらしさが恥ずかしくなった。最後に身体を拭いたのはいつだろう。水を浴びること自体はここ数ヶ月していない。

 簡素だが水量も温度も申し分ないシャワーで幾日分の汚れを落とした。ススやドロ、アカがない交ぜになった茶色い液体が透明になっていく。気分は良かったが、芯の部分では不可解な気持ちは拭えない。

 昨日まで戦場にいた。水しぶきを浴びながら痩せぎすの身体を見下ろす。いくつもの擦り傷。剥げてなくなった足の爪。右脇腹には癒えきらない銃痕。突然戦場での記憶が湧き上がった。逃げ惑う住民に兵士が銃弾を浴びせ、阿鼻叫喚がそこらじゅうで聞こえ、肉の焼ける臭気と血の臭気が混ざった生き地獄。俺は目を硬くつむって、歯を食いしばった。気を緩めると湧き上がる記憶を振り払うように俺は身体を無心で洗った。黄ばんで裾の擦り切れた服を捨て、白く眩しい新品のシャツに袖を通した。なんだかごわついて、カサカサと肌を擦るものだからやけにむず痒い。ズボンや靴も新品が用意されていて、俺は躊躇いつつもそれらを身に着けた。


 俺をこの部屋に連れてきた男が迎えに来た。「飯だ」と言ってドアを開けると、入り口の近くにジルがいた。俺は警戒しつつ足早に部屋を出た。なるべく不遜な態度をとらない方がいいだろうと思ったからだ。

「ヒュー。馬子にも衣装だな。ってリヒトが捕虜だって意味じゃないぞ」とジルは陽気な調子で言った。

「お前らいつ話したんだ。言っとくがここに捕虜なんて概念はないからな。俺はスミスだ、ついて来い」俺を案内してきた男は名乗り、無愛想に言うと振り向いて歩いていった。ジルは俺に目配せして肩をすくませると「冗談が通じないやつなんだよ」と小声で囁いた。俺は小さく頷いてスミスの後を追いかけると、ジルは「仲良くやろうぜ」と後ろで口笛を吹きながらついて来た。ジルはやけに陽気だった。

 俺はこれからどこに連れて行かれるのか、それだけが心配だった。身なりを綺麗にさせたのは、機械人にさせて商人に売り渡すためかもしれない。スミスは捕虜という概念はないと言ったが、それはつまり捕虜ではなく「奴隷」ということだろうか。奴隷は国によって売買取引されており、成人しない健康な男子なら高く売れると聞いたことがある。俺は疑心暗鬼で被害的な考えを持ちやすく、そのことでいつもフーゴには怒られていた。ただ、フーゴはこんな俺の性格を長所だとも言っていた。怒られたり褒められたり、俺は憮然としていたのを思い出す。

 スミスはいくつもの角を曲がり、広いスペースにでると両開きの凝った意匠を施したドアを開けた。隙間から漏れ出した喧騒が耳にうるさく、ドアが完全に開かれると俺は目を点にした。だだ広いホールに、いくつものテーブルが無造作に並べられ、ざっと一〇〇人くらいが賑々しく立食していた。テーブルには肉や魚料理が無数に並べられ、ほくほくと湯気を立てているし、ホールの隅には酒樽がいくつも積み上げられている。俺はジルに促されると、ホールの中央まで進んだ。その時、視界にキャプテン・マルコをとらえ、俺はこれ以上ない程緊張して背筋を伸ばした。

 キャプテン・マルコは一段高くなっている壇上にいて、闘牛の角を思わせる巨大な背もたれの椅子に座っていた。その隣には金髪で碧眼のまるでフランス人形のような美しい容姿の婦人が微笑して座っており、時々キャプテン・マルコに酌をしていた。さらにその周りには三人ほどの個性的な男達が険しい顔つきで杯を傾けている。その三人はキャプテン・マルコ同様に、覇気の様なすざましいオーラを放ち、みな例外なく身体の一部が金属化した機械人だった。

 大きな割れんばかりの拍手を打って、全員の注目を集めたのはキャプテン・マルコ。洗面器のようにでかい杯を片手に堂々と立ち上がり、ホール中の喧騒が一斉に静まり返る。それだけ空挺のキャプテンというやつはクルーから信頼され人望ある存在であり、指導力がなくてはなれないのだと感心した。

「新しく五人の仲間を迎えた。なので今日はフィエスタだ。存分に飲み、腹がはち切れるほど食い、喉がかすれるほど歌い、涙が枯れるほど笑おう」

 キャプテン・マルコの言葉に、クルー達はドッと割れんばかりの歓声をあげ、杯をぶつけ合うと豪快に飲み干していく。皿に盛られた料理は北欧、とくにノルウェーやデンマーク、スイスに特徴的なサーモンや羊肉の燻製、じゃがいもと根野菜の彩り豊かなスープなどが豪勢に並んでいた。それらは驚くほど一瞬でクルー達の胃袋に入っていった。新しい皿が幾たびも運ばれてきたが、それも瞬く間に消えていった。

「俺はバーンズってんだ。ドライセン中隊。よろしく頼むぜ」

「俺はフィリップ。ヴィンセント中隊所属だ」

「カーンだ。お前もバークリー中隊だな。航空隊(エア・ニユット)はキッついぞぉ」

 俺の周囲には入れ替わり立ち代り、クルー達がやってきて挨拶をしていった。歓迎の言葉もあれば、脅しやからかいのそれもあった。俺は半笑いの引きつった表情で全員と握手し、「よろしく」と返していた。捕虜として捉えられたと思っていたが、キャプテン・マルコは「仲間」だと言った。本当だろうか。俺にはクルー達の笑った顔が、仮面をつけたピエロのようで怖かった。馬鹿にされているようにも思えたし、嘲笑っているようにも見えた。俺は戦争で仲間を騙し、騙され、大人の思惑に振り回されて友を殺めたことすらある。誰もが敵で、仲間すら信じられなかった。

 俺は周囲を見渡すと、シーナが同い年くらいの女の子達に囲まれて楽しそうに笑っていた。彼女にはどんなところでも適応できる柔軟さがあった。ジッタとフィルはお調子者の本領を発揮して、タコ踊りやハラ踊りといった馬鹿馬鹿しい芸を披露してクルー達を笑わせていた。どうもあいつらは酒を飲まされ、いつも以上に馬鹿なことをやっていた。ふとフーゴを見ると、彼は俯いて暗い表情をしている。そんなフーゴの様子にクルー達は何か感じるのか、軽く言葉を掛けて去っていく者が殆んどだった。フーゴも俺達が置かれた状況に戸惑っているのだろうと俺は思った。


「おい、新人。キャプテンにあいさつだ。俺も付いてってやるからさ」何が楽しいのか、ジルはニヤついた表情で俺の肩を抱いて言った。付いてきてくれるのはありがたいが、俺はなるべくキャプテン・マルコには近づきたくなかった。いつ機械人にされるかわかったものじゃない。彼の機嫌を損ねれば一貫の終わりだ。ただ、ジルの言ったことも無下には出来ないので、渋々俺は従った。

 俺はひどく怯えていたはずだ。緊張して足がすくんでいた。必死に踏ん張って、歯を食い縛って堪えた。目の前にいるキャプテン・マルコは、第一印象と変わらずに恐ろしい風貌だった。彼は椅子に座っているのだが俺と同じくらいの目線で、金属化していない方の目できつく前方を睨んでいた。俺達はしばらく無言で顔を向け合っていた。ああ、これはまずいな、と俺は思った。きっと機嫌を損ねたに違いない。しかし、キャプテン・マルコは思いもよらぬことを口にした。

「怒りに満ち、疑心を宿した素晴らしい目をしている。良い戦士の素質だ。バークリー、しっかり鍛えてやれ」

「イエス、サー」と隣にいたバークリー中隊長が言った。

「ノルマンディ義賊兵団イレブンバック大隊はリヒト・シュタインを正式に隊員として迎える。ただし、ここではすべてが自由だ。人種、宗教、過去に縛られず、自由に生きる権利がお前にはある。共に戦おう」

 俺は胸の奥底にある黒く爛れて腐りかけた、理不尽な大人と戦争によって与えられた、自分の中で膨れ上がった恐怖と疑心の塊がしぼんでいくのを感じた。何ものにも縛られない自由に生きる権利、という言葉に胸が昂ぶりこみ上げるものがあった。

 するとどうだろう、今まであれほど恐怖を感じていたキャプテン・マルコがちっとも恐ろしく見えなくなった。悠然と泰然と構える頼もしいキャプテンとして映り変わった。


 後から思えば俺は自分の怒りや疑心をキャプテン・マルコに投影していたのだ。しかし、怒りと疑心は俺の本質だ。フーゴは疑り深い俺の性格を長所だと言い、キャプテン・マルコは良い戦士の資質だと言った。

 初日の夜はそんなことを考えて、清潔すぎるシーツに違和感を感じつつ枕の位置を何度も変えて眠りについた。

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